『Rel』

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WW3 バビロニア共和国 - イスリス

2017/10/16 (Mon) 21:01:29

  中東、メディナット・シオン

 
嘗てイスラエルと呼ばれていた其の国は、
旧世紀に英国の統治下にあったパレスチナに大量のユダヤ人が移民して建国された……が、
現地パレスチナ人との衝突が頻発。其れも其の筈。
ユダヤの教義に於いてはユダヤ人こそが神に選ばれた約束の民であり、
異邦人を殺す事も騙す事も搾取する事も罪にはならない。どころか神への奉仕として善行の扱いである。
ユダヤ人が高利貸として成功したのも当然ならば、他民族と衝突が絶えないのも当然。
寧ろ、ユダヤ以外を畜獣と見做し、国際法を猿の戯言と蔑む連中と衝突が起こらない訳がないし、
人類混乱期の民族浄化合戦に巻き込まれない訳もなかった。
旧世紀の建国直後に中東戦争で勝利しパレスチナ人を追い出し、大量の難民を周辺国に押し付けたイスラエルは、
其の憎悪のツケをイスラム原理主義集団に払わされる破目になった。
敗北……そして占領。イスラエルは即刻解体されるも、
其処で大統領マイケル・ウィルソンが介入。
イスラム原理主義集団を追い散らしてユダヤ人が祖国を奪還、
メディナット・シオンとして新生した……
そう、イスラエルという名を捨てたのだ。

……旧約聖書のヤコブは天使と格闘し、
「イスラエル=神に勝つ者」という名を得、あらゆる者に勝利するだろうと言われた。
ヤコブの子孫を称するユダヤ教徒の国としての、そんな由来のある国名を捨てた。
有り得ない。
マイケル・ウィルソンがイスラム原理主義集団を追い出した後に戻って来たのが、
本当に元のユダヤ人達だけであれば……ではあるが。



「……ふぅ」

外套に身を包んだ小柄な男は、
目の前に延々と広がる砂漠に眩暈を起こしながらも、
黙々と靴跡を残しながら目的地のオアシスを目指して歩み続ける。
炎天下ではあるが空気は乾燥しており湿度はない。
汗も何もすぐに乾いてしまう為、最初は暑苦しいとさえ思っていた外套さえ脱ぐ気にはなれない。
全身が日陰に入る事による快適さの方が遥かに勝る。

メディナット・シオン北東部に広がる砂漠は、
旧世紀に於いてシリア国の領土であり、輸送の要所でもあったが、これをイスラエルが奪取。
嘗てから犬猿も啻ならずの交戦関係にあったシリアに大攻勢。
シリアを実質崩壊にまで追いやった……までは良かったが、
其の背後をイスラム原理主義集団に攻撃されて敢え無く敗戦という締まらない結果に終わった。
イスラエルがメディナット・シオンになってからも旧シリア領はメディナット・シオン領として存続し、
度々攻撃を仕掛けて来るイスラム原理主義集団との小競り合いが日常化する危険地帯となっていた。

「漸く、辿り着いたか」

待望のオアシスを見遣る男。
遺跡の直ぐ近くにあるオアシス……というより、
オアシス目当てで人が集まり、建物が作られ、其れが遺跡と化したという代物。
堀に満たされた水面を囲うようにナツメヤシが林立し、充分な日陰を提供してくれている。
だが男は水には目もくれなかった。
其処に屯している集団の誰もがそうしているように。
此処で漸く外套のフードを脱ぐ。
小柄な男ではなく、少年だった。
ぼさぼさの黒髪だがアラブ系ではなく、コーカソイド。
子供らしからぬ帯剣を咎める大人はいない。
今は第三次世界大戦の真っ最中であり、
強力な能力者が絡む戦場に於いて年齢など物差しの一つに過ぎない。
少年も、此処に集まった大勢と同じ傭兵家業であり、
メディナット・シオンに雇われ、シリア砂漠の戦闘に参加すべく集合したのだ。

やがて少年は一人の男と対峙する。

「お前がリーダーか?」

少年の問いに、男は莞爾とする。
片目に眼帯を付けた痩躯の男の笑顔に応えてやろうと、
少年が頬を緩めた瞬間、其の顔面に眼帯男の裏拳が減り込んだ。

「ひでぶっ!?」

鼻血を盛大に噴き出す少年。
グロッキーになって体勢を崩したところ、今度は頭を抱え込まれてDDT。

「あべしっ!?」

ひっくり返った鳩尾にエルボー、叩き落としてフットスタンプ

「たわらばっ!?」

理不尽な連撃を喰らった少年は遺跡の石畳に這い蹲り呻吟。
少年を見下し、黙って一連の暴行を終えた眼帯男が沈黙を破る。

「遅刻してきた分際でなぁにが「お前がリーダーか?(キリッ)」だっちゅーねん。
 何様の積りかってンです、この小僧わ?」

捲し立てる眼帯男っていうかリーダーっていうかチンピラ。

「てめ、何しやがるっ!?」

少年の反抗をチンピラの怒声が遮る。

「はい其処ォー! 口答え厳禁! 中二病なカッターシャツ!
 鞄潰すなオン・ザ・眉毛~!」

何言ってんだコイツ頭大丈夫なの? 変なヤクでもキメてんのか? ヤベえ奴じゃね?
意味不明なチンピラの叫びに、何か恐怖を感じて後退る少年。
其の脳裏を過ぎっていた感情は、クリオネの捕食やプラナリアの再生を初めて見た時の、
こんな生き物がこの世に実在するなんて……というアレなのだが、
其れを知ってか知らずか、チンピラは沈黙した少年を見下し悦に入った笑みを浮かべる。
「身の程が分かったか雑魚め(くわっ!)」という感じの。

「私は極東ニホンの鉛雨街を統べる支配者『ネークェリーハ・ボーデン』……
 此度の傭兵団を指揮します。
 詰まり貴方達は悉く私の下僕に過ぎんのです。
 身の程を弁え、言動には気を付ける事ですね」

眼帯男ことリーダーことチンピラことネークェリーハの名を聞き、
周囲の傭兵達が一気に騒めく。少年とて例外ではない。

「鉛雨街だと!?」
「あいつが噂の鉛雨王の子か……」
「非能力者側についたのか」

「ふっ……こんな中東にも私の名声が知れ渡っていましたか。
 嗚呼、恐ろしい。天の星々さえも羨む私の溢れんばかりの才覚が恐ろしい……!」

恍惚とした表情で涎垂らしながらイっちゃってるネークェリーハ。
鉛雨街とは日本国の旧ヤマノテ放置区。
人類混乱期でスラム化してからというものの、食い詰め物共や闇組織の坩堝と化し、
銃弾の雨霰が降る無法地帯として鉛雨街という名を付けられ、
遂にはサイタマへの首都移転にまで事態を発展させた札付きのサファリパークである。
異常なまでの優れた身体能力者や、結晶能力者が多数輩出される事でも有名であり、
鉛雨街に犇めく組織の中でも特に巨大な組織を仕切る『リー・ボーデン』も、
そんな鉛雨街の顔役として世界中で名を知られている。
因みにネークェリーハの知名度といえば……
あ、そういえば其の超有名なリー・ボーデンさんに息子がいるっぽいよ。ネ何とかさんだっけ?
……そんな感じだ。

「そんな超☆有☆名!な、ネークェリーハ・ボーデン様主演のォ、
 ブロックバスター映画のモブとして出演できる栄光を噛み締めなさーい!」

「けっ! 監督はウーヴェ・ボール18世か? Z級映画として喜ばれそうだなオイ」

内心の空吐きを隠しもせずに悪態をつく少年。

「……さっきから何だオマイわ?
 おう小僧。お前ぇ名前なんつーんです?」

「『アリオスト・シューレン』だ。
 言っとくが、あんたが鉛雨街のボンボンだろーが俺には関係ないぞ。
 指示が的確じゃないと判断したら勝手にやらせて貰うからな」

堂々としたものである。
ネークェリーハは「あ゛~ん?」とか言いながら、
口を逆三角形にして、眉間を狭めた変顔でアリオスト少年にガン垂れながら其の周囲を回り始める。
「あー」とか「おー」とか「えー」とか五十音順のあ行以外の語彙が脳内から滅却されたかのように唸りながら、
其のキモ面を色々とアングル変えたり微調整しながらアリオスト少年を威嚇してみせる。
まるっきりチンピラっていうか野犬である。

「……何だよ」

保健所に連絡して捕獲して貰おうかなどと割りかし本気で考えたところ、
アリオストの顔面目掛けて唐突にネークェリーハの痰飛ばし。

「食らうか、バカ!」

どうせそんな事だろうと予想していたアリオストは、
華麗に上体を横へ捻じって痰を回避する。
だが其の為にネークェリーハ側に突き出す格好となった右肩の服をネークェリーハの左手が掴む。
同時にネークェリーハがアリオストの足元を狙うよう右足でのローキック。
自然と右肩を引っ張られ、より体勢を崩したところに足狙いかと、
アリオストが股を大きく開いて踏ん張ると、
其れこそが目当てだと言わんばかりに、ネークェリーハの蹴りは地に、そして入れ替わるよう左足がアリオストへの金的にシフト。

「(……っの野郎!)」

アリオストは目の端でネークェリーハの左足が自分の股間を叩き潰そうとしている間に、
右足が確りと地を踏み、更に自由な右手が自分の左肩に組み付こうとしている事を確認。
金的の成否に関わらずアリオストを投げ飛ばそうと目論んでいる。

「調子こいてんな、オッサン!」

抜刀一閃。
ネークェリーハの右足狙い。
アホっぽいチンピラのネークェリーハも、
流石にじゃれ合いで体の欠損を許す程、分別が無い訳でも無く、
両手を離して大地へ、金的に向かった左足を曲げて刀に、右足も投げ出して刀に……
両足による白刃取り。剣を手放して全体重を込めた肘鉄をアリオストが見舞う直前に、
横へ転がるようにして離脱。互いに距離を取って睨み合い。

「ちィ、礼儀知らずのコゾーの分際で、
 少しは……ほんっの少しは使えるようですねェ……」

鉛雨街。やはり世界から注目されるだけはある。
こんな量産型チンピラみたいなしょーもない男でも、
少年兵として戦地を転々としていたアリオストが自身と同等の力を感じ取っていた。

「っていうかオッサンって何ですか!?
 私はこれでもまだ……」

「三十路だろ、とっくにオッサンだっつーの!」

「何……だと……!?」

地球平面説を頑なに信じてた田吾作が、アポロ13号に同乗し、
宇宙に浮かぶ青い宝石を目の当たりにしたかの如き驚愕顔のネークェリーハ。

「馬鹿な……私ゃまだ25……!
 いやいや、其れより、そんな事より30でオッサンとか有り得んでしょ!?」

コイツ年を気にしてるなと直感したアリオスト少年の胸中に暗い愉悦の感情が到来。
相手への不快感もあって、自制心やら良識やらを考慮する間もなく口を開いていた。

「ふふ、認めたくないのは解るけどな。
 もう立派なオッサンだぜ。まだ若い積りだったの? 現実逃避すんなよ。
 其れとも三十路間近で一足先にボケちまったか?
 ダッセー! ぷーくすくすニヤニヤぷーくすくす!
 おっと、お~~っとォ~!
 頼むから鯖読むような無様な真似だけはよしてくれよな?
 若さに縋る未練たらしいオッサン程、見るに堪えないモンはねぇぜ?
 っていうか臭うんですけど~?
 三十路の加齢臭がプンプン漂って来るぜ? アークッサー!
 ちょっと、どうにかしてくンねぇ?
 鼻が曲がっちまって俺のイケメンフェイスが台無しになっちまうだろ。
 ッったく! これだから三十路のオッサンは迷惑だっつーんだよなぁ!
 ん? まだ25だっけ? まー大差ねーよ。
 あ、もしかしてオッサン……
 17歳教団みてーなカルト御用達の年齢ジェネレーターとかで自己満してる?
 アイタタタタタタタ、マジちょーーーウケるんですけど~? プーーゲラゲラ!
 ん? ん? 何? 何何? 何オッサン赤くなってんの?
 保護色? 此処赤くねーけど?
 もしかしてシャアザクの真似? 3倍速になったりすんの?
 老衰3倍速? ハゲ散らかしちゃう?
 其れともオッサンがオッサンって呼ばれて何か不都合あったっスか?
 ねぇ、今どんな気持ち? どんな気持ち?
 何黙りこくっちゃってんの? 返事返事~!
 ヲーーーーーウィっ!
 加齢臭キっつい未来の三十路オッサン反応してコーーーーーウィっ!」

 
上機嫌にくっちゃべってたアリオスト少年はふと気付く。
此処に集まった傭兵達の視線から殺意。
うん、大体皆三十路越えだね。

Re: WW3 バビロニア共和国 - イスリス

2018/01/08 (Mon) 22:17:06

テントの中で、主の前に平伏す黒衣の兵は、
今し方、結晶封入の双眼鏡で確認した光景を仔細に報告し終えていた。
主……クーフィーヤ(アラブ圏の男性用頭巾)を被った美男子は、
好機の到来を認め、静かに口元を緩める。

「ほぅ……メディナット・シオンの傭兵達が仲間割れ?
 はっはっは、どれ程の手練が集まったかと思えば、とんだ烏合の衆らしいな。
 異端者が異端者と殺し合ってくれる分には大いに結構。
 共倒れになってくれれば最高だが……
 其処までアッラー(神)の御手を煩わせる訳にもいかない」

美男子が右手で髪を掻き上げる。其の目に獰猛な輝きが宿る。
其れは敵意、憎悪を余す所なく詰め込みながらも、決して理性と知性を失っていない。
故に……其れ故に、彼の狂信を克明に物語っていた。

「出陣だ! 姉上の本隊を待つまでもない。
 醜悪な異教徒の走狗共をアッラーの名の下に掃討せよ!」

号令の直後、大地に激震が奔る。
空を飛翔するガンガル(人型機動兵器)群が、地を駆けるフウイヌム(騎乗用異形)と其れに跨る騎兵達が
神の敵を滅ぼす聖戦士としての使命に燃えてオアシス目指して殺到していった。






「スイマセン調子こいてました許して下さい御願いします」

傭兵達が輪になって取り囲む一本のナツメヤシの樹には、
フルボッコにされたアリオスト少年が胴の辺りからロープでぐるぐる巻きにされて括り付けられていた。

「ざまぁ! 小童ざまぁ!」

リンチにちゃっかり加わってたネークェリーハ。
フラストレーションを溜めるだけ溜めての解放を味わった為か、
狂喜乱舞のあまり涙まで浮かべている。もしかしたら嬉ションまでしているかも知れない。

「次はどうしてくれましょうかねぇ?
 ケツ穴に爆竹でも突っ込んで……
 いやいや、顔から便器にダイブさせるのも捨て難い」

傭兵集団ともあろう者達が幾ら自陣とはいえ戦場で仲間割れの乱痴気騒ぎ。
そんなナメた態度で生き残れる程、戦場は温くねぇぞという、偉大な先達の諫言が聞こえた者はいない。
斯様な真摯な気持ちを持てないからこそ、こうやって馬鹿をやって馬鹿な目に遭う。

「んでもって全裸で市中引き回しの上、獄門……
 ……っ!?」

ネークェリーハが何かを感じ取ったかのように、
其れまでの上機嫌さをかなぐり捨て、屈みながら疾走。
先程まで彼がいた箇所で、何事かと目を瞬かせていたトンマな傭兵達は、次の瞬間に蒸散。
何が起きたのかも解らず呆然としていた傭兵は流石に少ない。
戦場慣れしていなければ、そもそも傭兵などやってはいやしないのだ。
即座に敵襲を認めて散開。同時に索敵。間を置かずして攻撃の正体を確認。
其れは上空の雲から飛来するビーム砲……
複数の人間を一瞬で蒸発させてしまう圧倒的な出力は個人レベルの武装ではない。
脳内で敵戦力を計算しながら、其の辺の傭兵から武器を引っ手繰るネークェリーハに、
拘束されたままのアリオスト少年が叫び訴える。

「おい縄解けぇ!
 戦力は一人でも……」

だが……ってゆーかやはり。圧倒的やはり。
ネークェリーハの反応は、感に堪えぬといった含み笑いからの破顔一笑と嘲弄であった。

「プゲラ、ダッセー!
 ねぇお前何しに此処来たの? 死にに来たんですね解りますよぉ?
 だからお前は其処で適当に死んどきなさい!
 死体は野良エネミーが喰いやすいよう細切れにしといてやりますからご安心を!
 ぷーくすくすニヤニヤぷーくすくす! 悔しいですか? ねぇ? 悔しいですかぁ?」

見ればネークェリーハの手にアリオストの武器や荷物……
傭兵がロクデナシのゴロツキである事は解り切っているが、
此処まで盗人根性が染み付いているのも珍しい。
この非常時に子供相手に何やってんだコイツ。

「てんめぇええ!」

「ひーふー……けっ、シケてやがる。
 おっとぉ、これは何だぁ……?
 アリオストFC会員誌ぃ? ケツを拭く紙にもなりゃしねぇな?」

空から降り注ぐ無数のビームを危なげなく回避しつつアリオストを煽る。
どうやらアリオストが目の前で蒸発する様を楽しみたいらしい。
心底ゲスな性根のチンピラだが、流石に鉛雨街の実力者なだけはあって、
アリオストの周囲をちょろちょろし挑発しつつも周囲から武器を調達……
やがて良い得物が手に入ったのか、漸く空の雲……其の背後に隠れた敵へと向き直る。

「おらおら、出て来なさいクズ共がぁ!
 このネークェリーハ・ボーデン様がちょっくら遊んでやルぁ!!」

ネークェリーハが空の彼方に向かって携帯式の対空砲を発射。
常人では雲の奥深くに隠れた相手など見えやしないのだが、
眼帯で隠しているネークェリーハの右目は機械の其れに置き換わっており、
望遠、サーモグラフィー、魔力感知に至るまで対応……
肉眼では到底捉えられない遠距離の標的を既に補足していた。

撃ち込まれた対空砲の一撃を、
隠れても無駄だと悟った敵が迎撃。
ビームサーベルで雲を切り裂くと共に急降下……放たれた弾頭を一刀の下に切り伏せ、
爆炎を背後にして反撃を牽制しながらネークェリーハへと一直線に迫る。

「其れがどうしたよォ!?」

爆発で目が眩み、迎撃出来なくなるネークェリーハではない。
光量調整された彼の眼は、敵の姿をハッキリと捕捉していた。
現れたのは白と青の塗装を施された人型巨大ロボット。
機動兵器ガンガルの中でも特に強力高性能な機体の一つとされるものだ。
慮外の反撃にも即座に対応。
半ば墜落するような形で弾頭を回避。地面スレスレでビームサーベルを一閃。
ガンガルの巨体から繰り出されたとは思えない程の精密な斬撃は、
地表スレスレの所で正確に放たれ、オアシスのナツメヤシや石柱が一気に切り倒される。
だが、其の刃はネークェリーハの命にまでは届かなかった。
アリオストは、バク転でビームサーベルを軽やかにやり過ごしたネークェリーハの表情に目を剥く。
……宙に浮いた状態でニヤニヤとアリオストを眺めていた。
少年の目の前に迫るビームサーベルはアリオストの胸部直撃コース……
この期に及んでアリオストが粉砕される所を鑑賞したいらしい。

「っっざけんじゃねぇクソジジイぃいい!!」

キレたアリオスト少年が罵声と鼻息とを噴出。
アドレナリン・ホルモン大量分泌。綺麗に額へ浮かび上がる怒りの十字ピクピク血管。
火事場の馬鹿力は、腹筋だけで背後のナツメヤシを圧し折る事に成功。
樹に押し倒されるような形で地に伏せビームサーベルを回避。
舌打ちしながらもネークェリーハはガンガルに向けて手榴弾をアンダースロー。
伸びきったガンガルの腕の付け根を狙った攻撃は、併し寸前の跳躍でもって避けられる。
体勢を立て直した傭兵達の集中砲火も何のその。
其の背に現われた光の翼が機動兵器の巨体を滑らかに空へと引き上げ、ただ一発の被弾さえも許しはしなかった。
光の粒子を翼状に撒き散らしながら、目にも留まらぬ速さで空を飛ぶ人型巨大ロボットは、
やがて飛び立ち現われた飛行能力持ちの傭兵達との戦闘に突入するも、
段違いの空中格闘性能で以って、ほぼ一方的に傭兵達をあしらっていく。

《俺がガンガルだ、俺がガンガルだ……》

「むっ……この敏捷性は……
 成程、奴が……」

スピーカーから夢遊病者っぽいパイロットの呟きを漏らしながら、
機動兵器ガンガルは機銃を掃射しつつ空高く上昇、
地上の傭兵達から距離を取って広く視野を確保……傭兵達全体の動きを把握。
無防備な傭兵達がいなくなったと見て、
今度は傭兵達が持ち込んだ戦闘車両やパワードアームの内、
起動準備が整っていないものを優先的に攻撃し始める。

「おい下僕共ォ!
 奴はバビロニアのクルド人少年兵です!
 バビロニアのガンガル対策は頭に入ってるでしょーが、あのガキは特に要注意ですよぉ!」
「あの『クルジスのガキ』か!」

ネークェリーハ達には良く知られた相手らしいが、アリオストには何が何やら。
必死こいてロープを外し、倒れたナツメヤシから這い出たアリオストが叫ぶ。

「何なんだ、あのデケぇロボットはぁ!?
 幾ら俺が強ぇーからって、あんなのは反則! 正々堂々降りて掛かって来……うひぃ!?」

いつの間にやら……空のガンガルに翻弄されている間に、
オアシスの南東からフウイヌムに乗った武装集団が突撃。他のガンガル達も続々到着。
何処から掃射されたのかも解らない弾丸を傍に受け、死に物狂いで全力疾走のアリオスト。驚異のダバダバ走り。
情けない声を上げながら、ネークェリーハ達が身を隠している遺跡の陰へと転がり込む。

「はァ? 小僧……お前、敵が何かも解ってなかったんですか!?」

「え……いや、S-TAとかいう能力者テロ集団じゃなかったのか?」

「其れと、もう一つあるでしょーが!!
 バビロニア共和国だ! バービーローニーアー!!」

新生国連軍に颯爽と現れた期待の星ナシャ・パベーダ部隊によって、
S-TAは欧州から撤退、アジア西端のオスマン・ルキアも奪還された。
新生国連軍が目指す次の標的は、中東の何処かに設置されたS-TA転送基地なのだが……
此処に来てバビロニア共和国が新生国連軍を牽制。
異教徒の軍勢がこれ以上バビロニアに迫るならば宣戦布告と看做すと脅したのだ。

後にサウジアラビアを中心に纏まり、
イスラム教国家連邦である『イスラム共栄圏』として成立する事になるイスラム過激派は、
現在、アフリカ北部からユーラシア南部までの広範囲に点在する小規模武装集団として認知されている。
其の中にあってイスラム過激派が国家の簒奪まで成し得た旧イラク……バビロニア共和国は特別であった。
能力者を神の敵として弾圧し処刑。改宗した者は尖兵とする。
当然、S-TAとは敵対関係であり、新生国連軍と同じ共闘路線も極一部で期待されていた。
そう、極一部だ。
人種戦争を起こしたS-TAを相手取る為、
宗教戦争を起こしたイスラム過激派と手を組むなど画餅にも劣る。
バビロニア共和国に赴いた新生国連軍の交渉人は、
護衛諸共、生きながらにしてライオンの餌となり交渉決裂、大決裂。
そうして此処に新生国連軍&S-TA&バビロニアの三つ巴が繰り広げられる事となったのだ。

「こいつらは『ガルマ・フセイン』が指揮する部隊ですね。
 本隊を待たずして突撃とは、舐められたものですがぁ……
 ふふン、ツいてますよ。 バビロニア突撃機動軍の戦力を削るチャンスです」

「本隊?」

「ガルマ坊やの部隊なんぞよりも、もっと恐ろしいのがいるって事ですよ。
 『キシリア・フセイン』の『あの兵器』が来る前に速攻で畳んでやれぃ!!」

巨大ロボットであるガンガルとの交戦でも余裕を崩さないネークェリーハ。
伊達で傭兵達の頭として選ばれた訳もなし。
鉛雨街で年がら年中繰り広げられる抗争を生き延びた生存能力、組織を率いて敵対組織を屈服させる指揮能力……
アリオストや他の傭兵達には無い、暴君の才覚を見抜いての登用であった。

Re: WW3 バビロニア共和国 - イスリス

2018/03/21 (Wed) 23:12:35

  旧イラク領、バビロニア共和国。

 
アッラーアクバル(アッラーは偉大なり)。
アッラーとはイスラム圏に於ける偉大なる唯一絶対の神を指す言葉だが、
其の名は第一聖典アル=クルアーンで羅列された、偉大なる神を讃える99もの名の一つに過ぎない。
そして其の99の名は……人間が口にする事を許されたものであり、
最も偉大なる名は、卑しく穢れた人間風情が罷り間違っても口にする事が無いよう人間に知らされてはいないという。
地に頭を擦り付け己の身の程を弁え誠心誠意を以って神に仕える。
其の純真さ敬虔さこそ宗教にとって何よりも大事であり……最大の問題点でもある。
先の99の名にせよ、アッラーこそが最も偉大なる名として他に99の名があるという解釈や、
99以上ある解釈、他の最も偉大なる名を示した解釈もある。
複数の異なる解釈の真実に晒された、純真で敬虔な信徒達がどうなるのか……
其の一例が此処にあった。

「よし、包囲はするな。所詮傭兵……逃げられると思わせておけば容易く瓦解していく。
 ふふふ……ムシュリキーン共は恐怖に恐れ戦いているだろう」

バビロニア共和国を独裁しているフセイン一族の一員であり、
軍の大佐である美青年ガルマ・フセインが、ザクロジュースを片手に指揮を執る。
このように彼等はムシュリキーン(並び立てる者)を相手に日夜戦っている。
……もう誰が何を言っても仕様の無い事だが、
そもそもムスリムの本来的な『敵』ムシュリキーンとは『並べ立てる者』の意であり、
即ち『神と並べて偶像を拝む者』の事を指す。
『多神教徒』や『異教徒』などという意味は元々無かった。
そもそもイスラム教とユダヤ教の根は同じ。
ユダヤ教からキリストの教えが生まれた610年後、イスラム教が派生した。
詰まり其の神話は似ているどころではない。
イスラムの第一聖典アル=クルアーンは正しく旧約聖書のリメイクなのだ。
異なるのは『真の救い主』。
キリスト教は開祖イエス・キリストこそが救世主。
イスラム教は開祖ムハンマドこそが最後にして最大の預言者。
其れ以前は前座。イーサー(イエス)も偉大だけど前座。
未だに一預言者に過ぎないイーサーを崇拝する連中や、
明確なる最高の預言者ムハンマドの言葉を信じずマフディー(メシア)到来を望む連中も異端に過ぎない。
教義を守る為に先鋭化し、あれも敵。これも敵と拡大解釈を続け、
遂には特撮ヒーローや黄色い鼠までをも偶像崇拝と見做すに至り、
神と預言者以外の外来物には、
崇拝どころか憧れの念を抱く事さえもタブー即断即決即死刑とするイスラム馬鹿集団が誕生していた。
はじめ聖典アル=クルアーンが説いていたのは自己責任。
不信者は放っておけ。ツケは死後の裁きにより支払う事になるだろう……
其の辿り着いた境地が、この現在だというのだから報われない。

 
其れはエンパイリアンが『流れ』故に教義を変質させ別物と化したのと全く同じ。

 
では、この地域の三つ巴を成す最後の一つである新生国連軍は?

 
「中々上手くやっているようですね」

「姉上!」

余裕に崩した佇まいを直し、深沈と座すガルマ。
彼が尊敬・敬愛する姉であり軍人の模範と信ずる女傑が悠然と其の場に現われていた。
全身にフィットした紫色のボディースーツは顔の鼻までを覆い、白色のヘジャブを被っている為、
肌を露出させているのは目元のみとなる。
ガルマと同じく異教徒に対する憎悪を孕んだ鋭い眼光は、
併し若さと熱意を含むガルマの其れとは異なり、
見る者を……たとえ肉親であっても震え上がらせる冷徹さに満ち満ちている。
彼女こそがバビロニア突撃機動軍の司令であり、フセイン一族の長女キシリア・フセインであった。

「馬鹿な傭兵達が仲間割れしておりましてね。
 これは千載一遇の好機と……」

「併し拙速でした。
 御覧なさい。オアシスです」

キシリアの言葉を受け、すぐさまガルマが双眼鏡で戦地を確認……
するとオアシスの周囲に集まる傭兵達の姿があった。
イスラームの教えにも水で手を清めるという習慣があるにはあるが、
この状況で水垢離かなどと考える筈もなし。
傭兵達が魔法やらで炎々と燃え盛る灼熱の業火を放ち、
蒸散したオアシスの水が大量の水蒸気と化して周囲に広がっていくではないか。

「……これを想定していたとでもいうのか」

バビロニアの軍用フウイヌム『シェズ』の標準装備である口腔レーザー砲は、
結局のところ、収束された光に過ぎない。
水蒸気で拡散されてしまえば人体を害する程の威力は残らない。
流石にガンガル級の出力さえあれば話は別だが、傭兵達にとっては其れで十分。

「おらおら! 小童ぁ~!
 少しは使える所を見せてみンさい!」

「くそ……この場を切り抜けたら憶えてやがれよ……!」

哀れ。
この年から将来の三下ネタキャラ枠の素地を遺憾なく発揮し、
炎を纏った剣を振り回してオアシスを水蒸気で満たすアリオスト少年。
だが流石に場数を踏んだ傭兵。金の為に戮力協心。一糸乱れぬ展開。
水蒸気を目隠し兼防壁として一方的にバビロニア先鋒を次々と駆逐。
空で飛び回っていたガンガルも苦戦を強いられ一機、また一機と撃墜されていく。
櫛の歯が欠けていくようにバビロニア軍の被害は広がるばかり。

「あ、姉上……申し訳ありません」

双眼鏡を持った手をだらりと垂らし、
蝶番が錆びた扉が鳴らす小気味の悪い擬音がしそうな感じで振り返るガルマ・フセイン。
だがキシリア・フセインは今尚冷静。
恐怖に怯えるでもなく、悲嘆に沈むでもなく、憤怒に猛るでもなく、
只管に冷えた視線で戦場を睥睨している。

「敵の傭兵共が我々の心理も視野に入れて作戦を立てたのでしょう。
 仲間割れも恐らくは偽装……!」

考え過ぎですキシリアさん。

「併し……それだけの大物でもあるという事。
 今、此処で奴等を仕留める事が出来れば問題ありません」

キシリアが手にした通信機に短く呟く。

「総員、出撃せよ」

同時に強風。
否、ガルマ達の上空を何かが超高速で飛び去っていった。
強烈な砂煙と風切り音を其の場に残し、推進剤の眩い閃光がオアシスに向かって点となって行くのを見て、
ごくりと生唾を飲み込みながらガルマがキシリアに問い掛ける。

「……姉上は、あの技術を……いや、『ノビノ博士』を何処で?
 私はあのようなもの……見た事も聞いた事も……」

ガルマが言葉を紡ぎ終えるより早く、
キシリアが立てた人差し指を彼の口へと向けて沈黙を促す。

「ふっ、知る必要などありません。
 アッラーのお恵みを疑ってはなりません。
 重要なのは、ノビノ博士が完成させた『かの兵器』が異教徒共を殲滅し、
 制空権を……空をイスラムのものとしてくれる。其れだけですよ。
 ……そう、あれらこそが我々の空の守護天使。
 名付けて……」

WW3 英国壊滅後 - イスリス

2017/01/08 (Sun) 15:00:29

  XX月 XX日


カリプソの手掛かりは無し。

アデルから来客の紹介があった。
ユズノハとかいうフザケタ格好の女達だ。
頭に変な猫耳みたいな飾りなんか付けている。
こんな男に媚びたような格好をして平然としているなんて、
女の風上にもおけないし、お近付きにもなりたくない。
でも火星の遺産に重要な役割を果たすとかで、
アデルは南極遺跡の中枢に住み着かせると頭のおかしい事をホザく。
あんな脳味噌に行く栄養を乳に吸い取られてるようなアホっぽい女を、
S-TAの機密に触れさせるとか訳が解らない。
新しい奴隷にJHNの詳細な情報を喋らせたが、
カリプソは『JHNの機能』については嘘をついていなかったようだ。

非能力者のメディアはほぼ前支配者の脅威一色だ。
1時間もしない内に英国壊滅は流石に刺激が強過ぎたらしい。

アメリカのDNN(デウス・ニュース・ネットワーク)が前支配者とは異なる放送。
ハボローネ条約機構のオムロギ共和国で完成した軌道エレベーターが火星との運航を開始。
ソマリアの暴徒やイスラム過激派、S-TAによる攻撃を警戒すべきとアメリカが軍事支援を提案。
前支配者に関する言及は無し。

EUがイギリスことベルトンに人道的支援を行う用意があると発表。

ALG保護領とハボローネ条約機構がS-TAに和平の提案。
領土がS-TAに近いだけあって、前支配者投下の結果に怯えているのだろう。
だがアデルが和平など飲む訳ない。

宗太郎が韓国から玲佳を連れて戻って来た。
不在中、本田グループ乗っ取りの為に誑かした娘との間に子供が出来ていたというのに、
知らせてやっても実に淡白な反応しか返さなかった。
玲佳などに心酔する気が知れない。

法王庁がS-TAに停戦勧告。
ラ・ルー・ヌース法王自らが声明を発表し、S-TA内部でも動揺が広がっている。
だが解釈次第ではS-TAを鼓舞するものになるとしてアデルが演説を予定。
ミラルカの部下のグレナレフがアデルに何か口添えしてたみたいだけど。
超韓民国の臨時政府が発足。
宗太郎が言うには、既にS-TAの傀儡との事。
ソウル大学の地下研究所調査と、転送基地の設置も宗太郎が担当する。
不確かな情報だが、火星開拓団のロシア代表レオナルドが、S-TAを称賛。
地球の諸国家など見捨てて火星と国交を樹立しようと提案しているとか。
アデルも満更ではなさそうだし、もし本当ならS-TA最初の友好国は火星になりそうだ。
まぁ、火星が独立できるかどうかは別としてね。
細川財団がドイツ祖国遺産協会(アーネンエルベ)に、火星から発掘された遺産30点を寄贈。
エンパイアの遺産だとは思うが所詮、非エンパイリアン人類には遺産の使い方など解らないだろう。
だが捨て置くのも難だ。回収を進言してみよう。

Re: WW3 英国壊滅後 - イスリス

2017/01/08 (Sun) 15:02:58

  XX月 XX日


カリプソの手掛かりは無し。

アデルとオルトノアが密談。
何を話しているかは大体予想がつく。
あの我が物顔でS-TAに居座っているユズノハの事に違いない。
『レイジアの間』と名付けられた部屋からは出てこないが、
私は非能力者側のスパイを疑っている。何をしているか解ったものではない。
奴隷の男達を使って探りを入れてみよう。

アデルが法王の声明を、能力者を激励し非能力者による弾圧行為を非難するものだとする見解を発表。
そして法王庁を能力者の同士として尊重し友好使節団を派遣するとか言い出した。
どういう訳か演壇に子供を大量に並ばせたけど、何の意味があったのかしら?

ベルトンがEUの支援を拒否。
私財で全ての国民を救えると豪語。
思っていたよりもディノラシオール家というのは蓄財に精を出していたらしい。
折を見てオーディア家同様、こいつらも手札に加えてやろう。

アメリカ合衆国が対S-TAの精鋭部隊『フィアサムクリッター』について言及。
ベルトンへの攻撃から転送施設について見破っている節があるような発言もしていた。
大々的に発表する辺り、囮か何かだろうと宗太郎は分析していた。
宗太郎は多少なりとも使えそうだし、其の内に私の下僕にしてやっても良い。

旧イギリスの皇族2人が存命を確認される。
オーストラリアにいたレオポルド・ウー・ブリタニアと、
カナダにいたシュナイダー・エル・ブリタニアの2人だ。

霊魂研究部の連中がこそこそとゴミ捨てしているとかで、
バルハトロスが霊魂学部のゴミ漁りを密かに提案して来た。
馬鹿馬鹿しい。この私の研究にオルトノアなんかのゴミなど必要ない。
やっぱりバルハトロスというのは馬鹿な男だ。
私が誘惑してやる程の価値は今のところ見出せない。

細川財団の細川春栄会長と、魔法学院のグレイス・ゲットリック学院長が会談。
S-TAが古代火星文明の遺産を使っている事を見抜いているような発言あり。
「S-TAの用いる未知の兵器群を解析し対策を講じる」とした。
非エンパイリアン人類が、エンパイリアンに……この白薔薇の女王に歯向かおうというのか?
身の程知らずめ。思い知らせてやる。

フランスの能力者部隊が中々に厄介な連中らしい。
S-TAの西欧方面基地と化したギリシャを手古摺らせていると聞く。
宗太郎の言っていたヴァルカレスタとかいうヤツか。
だが素行はかなり問題があるようで、長続きはしないだろうとの事だ。

ヴァンフレムが前支配者暴走事件の責任を取って日本で謹慎。
私の奴隷を同行させてヴァンフレムの動向も探っておくとしよう。
霊魂研究所はオルトノアと、新しく副所長になったゼペートレイネという奴が仕切るらしい。
だがコイツ、何かイルフィーダのトンマと同じタイプのスメルがぷんぷんするわね。
調べてみたらオムマアー機関でクローン研究をやっていたらしく、霊魂学者ではない。
韓国の時みたいに、霊魂研究の被験者をクローンで創ろうという事か?

バルハトロスは私をハブって自分達だけで霊魂学部のゴミを調べに行ったらしい。
そして何の成果も得られずに帰って来て憤慨してる。だせぇ。

リゼルハンクグループ会長カノンラッグが、
オルトノアと連絡を取っていると奴隷から報告あり。
リゼルハンクの高津という科学者は中々使えそうだと目を付けていたのに、
オルトノアのヤツ、手を出しに来るんじゃないでしょうね。

Re: WW3 英国壊滅後 - イスリス

2017/01/08 (Sun) 15:05:27

  XX月 XX日


カリプソの手掛かりは無し。

ユズノハを探らせた奴隷がとっ掴まって私の事をゲロった臭い。いずれ始末しておこう。
アデルが動く前に急いで証拠を捏造してイルフィーダのせいにしておく。
あいつは軽く脅せばハイハイ言う事を聞くから便利だ。

火星の法王庁が非能力者陣営に対して停戦とS-TAとの和平を呼びかける。
多分、アデル辺りが流した非能力者による私刑の写真を大量に提示して、
非能力者側の非を最大限に強調した感じの構成になっていた。

トードストール王国のアリシア女王も法王庁と同様の声明を発表。
この国は『Hope』到来直後から能力者に親身だったとして人気が高く、
S-TA内でもトードストールは特別視する者が多い。アデルも軽々と攻撃は出来ないだろう。

ドルヴァーンが離反した。
やはりトードストールの影響力か?

クリス欧州委員長の罷免は当面保留。
イギリス壊滅の混乱を回避するためとかで首が繋がったらしい。
何でだかアデルが悔しそうな顔してやがった。

ヴァンフレムと一緒に日本に送った奴隷から報告あり。
『炎を使う黒い狼の子供』に襲われてるので助けて下さい……だと。
まぬけ、タヒね。予めJHNで記憶を操作してやったので、脳味噌見られても私に繋がる情報は出ないはず。

アデルが最優先暗殺対象として、
新生国連軍の白水東雲とかいう男を名指しした。
何でもフリーの能力者達を纏めて神出鬼没な遊撃隊みたいなものを組織したそうだ。
ディレイトと桐真、S-TA最強の暗殺者と呼ばれる2人が刺客として放たれた。

アデルがALG保護領とハボローネ条約機構に対して攻撃を指示。
まぁ、こうなると思った。

ALGには私のウムデレベを使用する計画となった。
どうもオーディアの奴等がプレゼンしていたらしい。余計な真似を。
併し、私の天才ぶりをボンクラ共に見せ付けてやるのも一興か。

リヴァンケがハボローネ攻撃を買って出た。
南アフリカの転送基地を使って侵入し、現地の能力者を扇動するのだという。
既に準備は整っているとかで明日にも出発する。
これから私とボンクラ共の格の違いを見せてやろうというのに、間の悪い事。
だが、直接アフリカまで向かうような事か?
リヴァンケを下僕にする程度は容易だろうが、どうにも動きが読めない。

ギリシャを制圧しているS-TA軍が非能力者軍の侵攻に苦戦を強いられている。
ニコライというロシア人が指揮する能力者部隊が合流してから流れが変わったとして、
S-TA右将軍にして西ヨーロッパ方面軍総司令官のゼノキラが直々に出向く事になった。
ロシアの更なる援軍を阻止すべくウムデレベの御鉢が回って来た。
……ロシア北西部周辺を私が攻撃する……やっとロヴァニエミの本家を私の手で潰せそうだ。
ただ、ミラルカの奴が気掛かりだ。アイツは私の事をどうにも好いていない。
自分も東欧を見捨ててS-TAに来たクセに、私やオルトノアがちょっと遊び始めると直ぐに小言を言い出す。
アイツの部下のグレナレフも、私を探っている節がある。面倒な連中だ。

前支配者についてヴェインスニーク家から質問状が届いた。
珍しい。目的意識がない豚だと思ってたんだけれど。
……もしかして、こいつらトルじゃなくて前支配者を求めてる一族なのか?
前支配者についてはS-TAのヘプドマスとオグドアス以上にしか知られてないし、
はぐらかしておいた方が無難か。

Re: WW3 英国壊滅後 - イスリス

2017/01/08 (Sun) 15:07:07

  XX月 XX日


カリプソという男が霊魂研究部の極秘プロジェクトに参加しているという報告が来る。
あのクソガキ、やっぱり知ってやがった。
極秘プロジェクトというと件のARとかいうやつだろうか。道理で謎だらけだった訳だ。
このまま霊魂研究部に殴り込みしに行きたくなるが、
どうせもうカリプソがいたという痕跡も残してはいないだろう。
其れに問題は一層厄介なものになった。
オルトノアが私の暗躍をカリプソから聞いているかも知れない。
カリプソ程度の末端なら密かに消すのも楽だったろうが、
流石にオルトノアを暗殺するのは難しい。
オルトノアは何処まで知っているのか。此処を見極めねばならない。

この前べしゃった奴隷を処分した。
オーディアの武器である『世界樹の種』を使ったが、存外便利だ。
これがマヌケのオーディア共の玩具だなんて勿体ない。
私が真に素晴らしい生体兵器として完成させてやろう。

イルフィーダはS-TAの客人を徒に刺激した角で、こってりと油を搾られた。
アデルもオルトノアも厳重にユズノハを扱っている。私を蚊帳の外にして……気に入らない。

日本国総理大臣かつらい良明が、
S-TA難民を日本で救済し無条件無制限の生活保護を約束し、職業訓練を受けさせると発表。
……S-TA難民って何? 職業訓練? どゆ事? 何かアデルがブチキレてる。

アデルが日本国に宣戦布告した。相当キツい表現で皆殺しを宣告。
手始めにオルトノアの新兵器が秋葉原に投下された。かつらいの発表から2時間も経ってないんですけど。
秋葉原といえば確か魔法学院が近くにあったはず。くそ、先を越されたわ。
グレイスとかいうアホ助はもう死んだのだろうか。

秋葉原の現状は実に興味深い。
オルトノアが用いたのは特殊なウイルスだったのか、秋葉原の市民を無差別かつ瞬く間にエネミーにしていった。
前支配者のアウェルヌスがエネミーを一瞬で創ったと言っていたが、このウイルスも相当なものだ。
もしかしたら前支配者の力を再現したものかもしれない。

日本国の総理大臣かつらい良明を含む連立与党の大半が行方不明で、
国政がパニック状態との報道あり。幾らなんでも脆過ぎ。

リヴァンケが南アフリカ転送基地へ出発。
どうにも読めないヤツだが、奴隷達に調査させた結果、
あいつは密かに『ルーラー』とかいうものと『レシュイル』という男を探しているそうだ。
いずれも憶えがない。何かの符丁のようなものかも知れない。
もしこれがトル・フュールや其れに関わるものだとしたら、リヴァンケは始末しなければならない。

日本国の総理大臣御一行様が国防機密書類を持ってS-TAとの接触を図った角で緊急逮捕。
一体、何がどうなってるの?

日本国の連立与党の残りが臨時内閣を名乗って秋葉原を隔離封鎖する事を決定。
まだ生き残りが大勢いるだろうに、思い切った事を。
アデルは非能力者達の醜い本性が現れているとして喜んでいる。

日本国で能力者が秋葉原の住人を次々救出したという報道あり。
一般人と思しき2人の能力者という話だが映像は出回っていない。
アデルは憤慨して、非能力者に与する能力者は特に惨たらしく殺せと指示を出した。
何だかんだでオルトノアの日本攻撃は大した戦果も無し。ざまぁ。

オーストラリア東部、ロシア北西部周辺、南米にウムデレベを投下。
攻撃目標は、ケアンズ、モスクワ、ロヴァニエミ、プンタアレーナス。
私の人生を操ろうとしたレム家の低能共め。自分の罪深さを思い知ってから地獄に堕ちろ。

ロヴァニエミに攻撃成功。
流石に此処を攻撃してくるとは誰も思っていなかったでしょうね。
笑いが止まらない。さようなら、私の悪しき汚物の過去レム家。
レム家といえば最近『青い薔薇を使う天才』なんてのが取り沙汰されてたっけ。
天才は私だけで充分だったわね。
青薔薇だか何だか知らないけどさっさとウムデレベの養分になって頂戴。

有り得ない。
ロシアの転送基地が潰された。ウムデレベでモスクワを攻撃出来ない。
ドルヴァーンとディレイト……あの裏切り者共、男の分際で私を邪魔するなんて絶対に許さないわ。
男の無様さと惨めさを骨髄にまで思い知らせてから凄惨、身の毛も弥立つ最期をくれてやる。

Re: WW3 英国壊滅後 - イスリス

2017/02/13 (Mon) 07:03:10

  ハボローネ条約機構、アジンガ帝国。

 
ハボローネ条約機構……
中東から流入して来たイスラム過激派に対抗すべく、
ボモディモ共和国とナミビア共和国が中心となって結成した国家連合体である。
とはいえアフリカは広大だ。
ボモディモやナミビアのような協調性を持った国家ばかりだったのならば、
旧世紀の白人支配にも多少はマシな抵抗が出来たというものだ。
はした金で容易く売国奴となる貧民、
暴力と殺戮と美食の宴に酔う支配層、
肌の色どころか生まれた家で命の価値を決める差別主義者、
結局、マトモな連携を取れぬまま、じわじわとイスラム過激派が南下していくのを眺めるばかり。
其の生殺しの感覚は、このアフリカの地の民にとっては、酷く馴染み深い物だった。
激しく照り付ける太陽の光で生きながらにして蕩け、
乾いた大地に吸い込まれ奈落に落ち行く、其の感覚。

《諸君らは知っているはずだ!》

ハボローネ条約機構最大の問題児とされる失敗国家アジンガ帝国。
アフリカに並み居る暴君・暗君どもをブッちぎりで超越した最強のキ印……
女王『ガウア』の治める脳死判定国家の真っ只中で其の演説は行われていた。

《我等の大地は怠惰なる者に生存の権利を許す程、寛大ではないと!
 今、手に武器を取って戦わない者に明日など訪れはしないのだと!》

拡声器から流れるのは流暢なウンブンドゥ語。
一拍子於いてから内容をキンブンドゥ語、キコンゴ語に翻訳されたものが順次に流される。
公用語であるポルトガル語はそれらの後だ。
粗相をした村人の一家はおろか村の全員を連座で惨たらしく処刑。
滝のように流れる血のシャワーを恍惚と浴びる様はアフリカのバートリー。
齢80を迎えて尚お盛ん且つ異常の極みとでもいうべき性欲は、
カマキリの雌を彷彿とさせる連日のイケメン虐殺ックスで解消。
こんな事をしていては国など成り立つ訳もない……
……というのは滅亡の脅威を知らない人間の弁だ。
女王ガウアの振る舞いを黙認する程……民衆は彼女以上に『外』を恐れていた。
破竹の勢いで南下していき次々とアフリカ諸国を制圧していったイスラム狂信者達を恐れていた。
支配地の人間達にイスラム法への服従を誓わせ、
歯向かえば娯楽か何かのようにヴァリエーション豊かな処刑方で、苦しみ苦しみ苦しんだ末に殺される。
服従すればしたで、次は聖戦士として教育・苛烈な訓練……最終的には仲間殺しが課せられる。
イスラム狂信者の所業は、アフリカのほぼ全土を震え上がらせていた。
其処に来て女王ガウアはイスラム狂信者の攻撃にも果敢に立ち向かい、
策略を以て帝国に勝利を齎したのだから、其の才覚は本物であったと言わざるを得ない。
後はもう少しマトモな人格をしていれば円満解決だったのだが、其れは論じても仕様の無い事だ。
結局、民はイスラム狂信者よりはマシという理由で女王ガウアの支配を受け入れていた。
……今日、この日までは。

《確かにガウア女王は天才だった。
 だが要は、彼女に頼らない程の力があれば良い話だったのだ。
 そして我々は既に、其の力を得ているっ!》

往来の真っ只中に廃材やらを使って即興で建てられた演壇の上で、
扇動者が拡声器を持ったまま右腕を真横へ振るうと、
其の傍らで一歩退いて並んでいたローブ姿の一団が前に出る。

《彼等こそは、白き翼を備えし天よりの使者『インヨニ・イェズル』!
 諸君らの故郷を暴帝ガウアの圧政から取り戻す為に助力してくれる!
 彼等の力は諸君らも見ての通り。
 ガウアの誇る忠実な手先である秘密警察ミカシを一蹴だっ!》

見ての通り。
演壇の下は阿鼻叫喚。
オイルをたっぷり入れたタイヤを首に嵌められた上で着火され、
火達磨状態でのた打ち回りながら民衆にダメ押しのリンチをされている秘密警察ミカシの面々が、
一人、また一人と今までの憎悪を存分に晴らす生贄として肉の塊に加工されていった。
同情する者など誰もいない。
正に彼等が今まで民衆にやってきた事を、そのまま返されただけなのだから。

インヨニ・イェズル……
天国の鳥を意味する名の一団は、
つい先程まで此処で見せしめの処刑に精を出していた秘密警察ミカシを瞬く間に制圧……
しかも奇襲などではなく堂々と姿を現した上で、真正面から数に勝るミカシを畳んでしまった。
其れも当然といえば当然の結果だ。
……彼等は今は名を伏せられた組織の一員。
後に『流れ』の最先端の、更に一部は頂点の一角にすら君臨する精鋭達である。

《さあ、武器を手に取れ!
 ガウアはS-TAとの和平交渉材料として生贄を選定中と偽り、いつものお楽しみタイムを満喫中だ!。
 奴の悪政を打破できるのは今を於いて他にない!》

演壇に立つ扇動者……仮面の男リヴァンケの声は、
民衆達の、解放への熱狂を帯びた雄叫びに飲み込まれた。

Re: WW3 英国壊滅後 - イスリス

2017/03/11 (Sat) 07:54:16

 同刻
  ハボローネ条約機構、オムロギ共和国、
  南アフリカ軌道エレベーター『キリニャガ』。

 
火星との航宙機往来が開通したばかりのハボローネ宇宙ステーション『ンガイ』と、
この南アフリカ軌道エレベーター『キリニャガ』の成立要因として、
アメリカ合衆国を代表とする国家の著名な結晶研究機関による大規模な支援が大きな割合を占めていた。
アメリカの結晶兵器開発集団ジュブナイルA、
日本の魔法学院、トードストール王国のドクターM研究所。
エーテル先進国とされる三国の支援なくして、この軌道エレベーターも宇宙ステーションも無かったといえる。
エレベーター基幹部である宙港内の混雑は当然のものだ。
何しろ南アフリカと海を挟んだ南極にS-TAという、非常に好戦的な武装集団が興ってしまったのだ。
しかもS-TAは、様々なものを遠距離に召喚する。
人類混乱期から出現しだしたエネミーという敵性生物を街中へと多数召喚したり、
何処からともなく瞬間移動するようにミサイルなどを放ってくる。
何の前触れも無く突如として領空内に出現したミサイルを、
迎撃する事も出来ずに食らって甚大な被害を被る……そんな国家が次々と出ているのだ。
このハボローネも時期そうなるかも知れない。
もしかしたら地球全域がS-TAの攻撃範囲なのかも知れない。
となれば火星の脱出に人々が走るのは自然な流れでもある。
実際、其れは正しかった。
S-TAを支配する覇王アデルは、
和平を求めたハボローネ条約機構に対し、寧ろ攻撃を指示したばかりなのだから。
だが現在の実情はというと違う。
S-TAによる攻撃は攻撃でも、直接的な武力ではなく、
元々アフリカ内にいた革命的反政府勢力への援助、扇動……其れだけ。
S-TA幹部でありアフリカ攻撃を買って出たリヴァンケの目的は、
アデルが求める人種戦争染みた野蛮なところになど無かった。

ケニア山の頂に設置された軌道エレベーターは、
其の下部のホールからでもアフリカの雄大な景色を一望できた。
其れはS-TAの光景にも似ていた。
アフリカでありながら氷河を戴くケニア山一帯は、
正に……彼の所属する極寒の南極国家に良く似ている。

「……では『ルーラー』の反応を確認できたのですね」

「はい。前支配者の力を検知したものと思われます。
 併し予想通り、前支配者が半ば能力を制限されていた状態だった為、
 直接出て来る事も、『裁定者の鉄槌』を下す事も無く、
 『神の目』を前支配者に集中させて情報収集するのみに留めた様子です」

「充分です。
 不完全とはいえ前支配者の復活でルーラーは反応した……
 これからマハコラが遺産を次々と復元させるにつれて、
 ルーラーの動きも顕著になっていくでしょう」

周囲の喧騒も何処吹く風。宙港ターミナル内のカフェで寛いでいるのは、
このアフリカの騒動を生み出している……
少なくとも同時刻にアジンガ帝国でアジテーションしている張本人である筈のS-TA幹部リヴァンケであった。
だが其の姿はというと全身を修行僧のローブですっぽりと覆った上で軽く変装までしている。
そんな彼の背後の席に座って背中合わせの状態で会話しているのは、
S-TAの何処にも所属しておらず、存在も知られていない男……リヴァンケの個人的な部下であるリガルエ・アルトギーユだ。
……そう、リヴァンケの目的は……このアフリカまで態々出向いた目的は、
アフリカ攻撃などではなく、其れを口実にアフリカ軌道エレベーターに乗る事だった。
S-TAの誰にも知られる事無く一時的に地球を脱し、火星へと出向く必要が彼にはあった。

「ですが一番手っ取り早いのは、やはり前支配者ですか。
 前支配者の制御を外してやるだけで、ルーラーを誘き出せる可能性が高い……
 今は所在不明との事でしたね? 捜索は密にお願いします」

「いえ、総帥。
 其れが……前支配者の力に頼らず、ルーラーを引き出せるかも知れません」

「……其れ程の?」

「はい。
 最新の報告によれば、
 件の『遺産』は、やはり『ルーラーの欠片』である可能性が高く、
 エンパイア時代の遺物の中でも最大級の代物と推定されます」

「……結構。
 成程。其れでこそ私が出向く価値があるというもの。
 遺産の知識を継承した者達を中心に部隊を組んでおきましょう。
 此方は貴方に任せますよ。上手くS-TAを誤魔化しておいて下さい」

「はい。
 現在『影武者』がアジンガ帝国で活動中です。
 ハボローネはおろかヨハネスブルグを除く全てのアフリカ国家で、
 大なり小なり武力蜂起が起こっております。
 成果は充分。S-TAも怪しまないでしょうし、『影武者』を見破れる人間もおりますまい」

「……影武者に使わせている、あの『ベヒモスのマガタマ』ですが、
 現状、術者に負担が掛かり過ぎます。くれぐれも長時間の使用は避けさせるように」

「はっ、承知しております」

「完全適合できる人材さえいれば……ふっ、そう簡単には見付かりませんか。
 ……まぁ良いでしょう。
 此方は盛大に……S-TAの目を眩ませる程、賑やかにお願いしますよ」
リガルエは胸の内で一礼すると、静かに席を立って会計へと進んだ。
残ったリヴァンケは携帯端末を取り出すと、ハボローネの大手動画投稿サイトへと接続する。
やがて黒人のウェイターがリヴァンケのテーブルに料理を持って来た。
テーブルの上に、チャパティ、ギゼリ、ティラピア魚のシチューといったオムロギ共和国の伝統料理が次々並べられるが、
ふと、ウェイターの手が止まる。
リヴァンケの持つ携帯端末を覗き見して其の顔を顰め、そそくさと其の場を離れた。

リヴァンケは一顧だにしなかった。
隠すようなものではない。併し一般人からすれば刺激の強い代物だ。
携帯端末に表示されているのはアジンガ帝国の成り行き。
影武者によって扇動された暴徒達によるリアルタイム配信……
贅を尽くした王宮は焼かれ、女王ガウアの首は槍の穂先で高々と掲げられ嘲罵に晒されている
降伏した側近達、親衛隊達はひたすら亀の様に縮こまって暴徒達の打擲に耐えているが、
恐らく彼等が生き残る事は出来ないだろう。
暴徒達が見るからに燃えやすい枯れ木や廃材を集め始めた辺りで、リヴァンケは静かに天を仰いだ。

「……」

リヴァンケには何を引き換えにしてでも叶えねばならない願いがある。
其の為に汚い卑劣な事も数え切れぬ程行ってきたし、これからも行っていく。
S-TAに所属しているのも、其のS-TAをも欺いて行動しているのも、
全ては『楽園』へと至る為。
『彼女』と『彼』と再会する為。
其の為に必要だからこそルーラーなどというものを舞台に引き摺り出そうとしている。
もし、其の存在をS-TAが知ったのならば、リヴァンケの正気を疑うだろう。そして手段を選ばず抹殺しようとするだろう。
其れ程までに危険であり……この世界そのものに影響を与えかねない行動なのだ。
これに比べればアデルがやろうとしている、人種の根絶やしを目的とした戦争ですら児戯にも等しいと断言できる。
詰まるところ、リヴァンケの物差しは殆ど彼以外の全人類にとって理解不能な代物であり、
リヴァンケは其れを理解していながら躊躇せずに世界の危機を招きかねない道を選んだ。
狂人の思想……
その様に断ずるのも容易い。
併しこれは同時に、共同体の大半が許容可能であっても、極少数の許容不可能な人間がいるのと同じ事でもあり、
其の少数の為に大半が変わらねばならない事例は事実として存在している。
其れは社会というものだ。
だが完全ではない。
全体を捻じ曲げようとする個は、全体に対して責任を負わねばならない。
個を捻じ曲げようとする全体は、個に対して責任を負わねばならない。
そこまでやって初めて忠誠・献身を求める事が出来る。
一人は全ての為に……そして全ては一人の為に。
どちらが欠けようが歪な形にしかならない。
どちらが欠けようが都合の良い側の勝手な理屈にしかならない。
そういう視点で見るのであれば……
リヴァンケは……彼は……
「おお~! 地球や! 久々やな~!」

馬鹿でかい声がカフェ内に響き渡る。
周囲の客はおろか厨房から黒人コックまで何事かと出て来るほどの声量に、
流石のリヴァンケもちらりと声の主に視線を向ける。何処の山猿だとばかりの心境で。
其処には赤ん坊を抱く中年の男がいた。
此処では珍しい東洋人。白いポロシャツに白髪の白尽くし。
年は兎も角、見るからにエネルギッシュで壮健な中年である。
其の直ぐ後ろで「声が大き過ぎるよ」とか何とか言って狼狽えている若い男女。恐らく夫婦。
大型のキャリーバッグを持っており、一家で旅行しに来たといった風情。
「……うん、混雑しているけど思ったより治安は良いみたいだね。
 確かアメリカが護衛してくれてるんだっけ?」

続いて入店して来たのは金髪オールバックの白人男性。
先の日本人よりは若めの中年で、小振りのタイにセンスが光る。
其の隣にはゴシックロリータ染みた格好の5歳位の幼女が手を引かれていた。
どうも先の一家の知り合いらしい。

「(……こんな時期に家族連れで……
  間が悪いというか、危機意識に欠けているというか……)」

マウンテン・ケニャ・ティーを一啜り。
リヴァンケとしても思う所が無い訳でも無い。
ハボローネに更なる混乱を齎したのは他でもないリヴァンケ自身だ。
この平和ボケしたような連中に憐憫の情くらいは禁じ得ない。
だがS-TAの存在は知らない訳がないし、
地球そのものが危険であるという認識は持って然るべきものだ。
結局、死なざるを得ないが故に死する者なのだ。
アジンガ帝国もそうだ。
リヴァンケが何をしようがしなかろうが遅かれ早かれ崩壊していた。
其れを自分の都合の良いよう、一足先に早めたに過ぎない。
「(今更、このような下らない物思いに耽るとは……
  私も老いたという事でしょうかね)」
外見の上では20代後半にしか見えないリヴァンケは、
其の実、自分の精神の加齢をそう表現した。
そしてカフェの壁時計を一瞥、もうそろそろエレベーターの準備が整う頃だと、
料理を軽く摘んでから会計を済まし其の場を後にした。
……彼に自覚はないが、
会計へ向かう際にすれ違った先の旅行者集団は、
リヴァンケの胸の内に半ば埋もれた、日々激務に忙殺されている彼にとって甘美に過ぎる記憶を呼び覚ましていた。
家族。
今此処で思い出してしまえば、振り向かずに進むと決めた足さえ動かなくなりそうな記憶を、
再び心の奥底へと追い遣るようにしてエレベーター搭乗ホールへとリヴァンケは向かうのだった。

 

 

 
其の場を後にしたリヴァンケは、
先の家族の会話など聞こえないし、
彼らを出迎えに訪れた人物についても知る事はなかった。

 

 

 
「じゃあ……暫くは故郷でゆっくりさせて貰いましょか」
「ポーランドは初めて行くから楽しみや。
 ハボローネはどうせ4年後にまた来るから、さっさと故郷に案内せぇや」
「……出迎えに遅れてしまったかな。
 地球にようこそ、
 ミスター・ニカイドウ、
 ミスター・シュヴァンクマイエル」
「こりゃおおきに、春栄さん。アンタも相変わらず元気そうやな!
 何か前に会うた頃と全然変わってへんのとちゃうんか?」

Re: WW3 英国壊滅後 - イスリス

2017/07/09 (Sun) 23:45:48

自分と他人は異なる。
肌の色が違う、性別が違う、顔が違う、背丈が違う、生まれが違う、
考えが違う、能力が違う、歩んで来た時代が違う、何もかも違う。
この千差万別の『個性』がある限り『区別』は無くならないし、『差別』も無くならない。
其の当然の理を勘違いしたのか、他に何か理由があったのかは最早解りようもないが、
『Hope』到来による能力者の誕生を期に、元ルーマニア国であるワラキア公国の民は自分達の正体を明かした。
其れは『吸血鬼(ストリゴイイ)』。其れは『人狼(ヴィルコラク)』。其れは『竜人(ズメウ)』。
嘗て……旧世紀の更に古代に『謎の男』から始まった種族『妖怪』即ち『亜人種』の暴露。
全世界が衝撃を受けパニックに陥った。そして巻き起こる排斥運動。
後に妖怪達が徒党を組んで政治政党にまで成長した日本などは極めて稀有な例であろう。
大半の地域では大なり小なり妖怪に対する弾圧が行われたが、
ワラキア程の災禍に見舞われた国もそうはない。
何しろ国家そのものが消滅してしまったのだ。
周辺諸国を意味不明な言い掛かりで支配し始めたロシア大統領ソゴトフの意図もまた不明だが、
飲み込まれてしまったワラキア公国はロシア領ワラキアグラードとなり、
総督ウピルの政策により、ロシアに協力的ではないと見做された元ワラキア国民は容赦なく粛清……
或いは、ビフォーアフターを見せられたら誰もがまず怪しい誇大広告を疑うよーな思想教育を行う矯正施設に収容された。

……そんなロシアへの憎悪が先行したのか、
S-TAに身を移した元ワラキア国民達はロシア打倒をS-TA首相アデルに進言し、
其の先兵としてワラキアグラードに潜入し、総督ウピルを暗殺、密かにワラキアを奪還した。
そしてロシアに対する攻撃を行う為の転送基地の設置にまで成功した。
このワラキア国民達の中心人物であり、元ワラキア公国の忘れ形見であるミラルカの『八姉妹』選出は当然と言えたし、
其の後、長らくS-TAの過激派筆頭として君臨する事になるのも当然と言えた。

Re: WW3 英国壊滅後 - イスリス

2017/07/10 (Mon) 00:17:43

  第三次世界大戦初期

  新生ワラキア公国、首都ブカレスト。
  カーサ・ポポールルイ(国民の館)。


女は宮殿の窓から統一大通りを眺めていた。
……宮殿。
旧世紀の独裁者が建造させた、この大理石製の巨大な宮殿は、
其の実、ただの議事堂に過ぎない。
この、ヨーロッパ各国の宮殿から豪華さだけを抽出し闇鍋にぶち込んだような建造物は、
独裁者が其の権勢を嵩にして造り上げようとしたものだが、
中途半端に造られた段階で、当の独裁者が革命軍に処刑されてしまい、
破壊するか、完成させるかの二択だけが残されてしまったという経緯を持つ。
国民が望んだ施設ではない。
併し破壊し処分するには相応の金が要る。
結局、完成させた方が安上がりだという理由で建造を再開させたのである。
誰も望まず。何の採算性も期待できない。
そんな未来の無い作業を誰が真っ当に続けられるというのか。
結局、手抜き工事とメンテナンスの不備で、宮殿の大半は廃墟として放置されるに至る。

「……ふん」

装甲車両が燃え盛り辺り一帯を照らし出された統一大通りに巨大な影。
熊みたいにずんぐりとした下半身のケンタウロスといってよいフォルムの機動兵器サムカだ。
八姉妹ミラルカによって鹵獲され、非能力者を阻む最後の壁となっていた其れも、
今や大破した全身のパーツから火花を散らし、擱座を余儀なくされる残骸と化していた。
もう非能力者軍を阻むものは何処にも存在しない。
S-TAの支援によって取り戻された新生ワラキア公国は、再三滅ぶ運命にあったのだ。
いや、最初からタヒんでいた。
タヒ体をそうではないと言い張って不死者を気取っていただけで、
其の己らへの過信からか、結晶到来を機に世界へと正体を明かすという過ちを犯すに至る。
エンパイリアンの制御さえも離れて能力者排斥を推し進めた非能力者陣営を前に、
妖怪達が為せる事など高が知れているというのにだ。
新生ワラキア公国はタヒを決定付けられ生まれて来た。

「棺の中の誕生だったな」

棺内分娩とも呼ばれる悍ましい現象は、
妊婦の腐乱タヒ体に溜まったガスが、其の圧力で子宮ごと腐敗した胎児を母体外に排出し、
あたかもタヒ体がタヒ体を生んだかのように見える現象の事を指すが、
このワラキアという国も、国民の館も、正に棺の中の誕生と呼べる有様を呈していた。
タヒしたまま生まれて来た。
ワラキア公国を統べる亜人種の中でも貴族階級にある吸血鬼、
不タヒ種と恐れられる超常種の更に頂点に君臨する、この女……八姉妹ミラルカの言葉には、
己ら不タヒ人に対する或る種の冷笑が込められていた。
不タヒ者を気取りつつも実際にはタヒを克服できず、其れ故ロシアに敗退し故国を奪われた。
……ワラキア公国、国民の館、彼女達。
この失敗トリオがタヒ体として生まれた因子……
旧世紀の東欧圏を冷戦で敗北に追いやった元凶の一つが其処にあった。
『捨て去るべきものを捨て去れなかった』。
問題の改善は切実であった。
なのに問題を孕んだシステムそのもののを必要悪として其の擁護に終始し、
周囲に賛同を強要して反対者は弾圧した。
三者が捨て去らねばならなかったのは根拠なき希望。
……新生ワラキア公国が再び非能力者軍によって敗退の淵に立たされた時、
彼等は漸く、自らがタヒして生まれて来た事を悟った。

《S-TAに告ぐ。
 貴殿らの保有する最終兵器サムカは無力化された。
 これ以上の如何なる抵抗も無意味である。速やかに降伏されたし》

統一大通りの上空はロシア軍の航宙戦艦に埋め尽くされている。
最大の障害であったサムカを撃破し、もう恐れるものはないとばかりに高圧的な態度で降伏を迫るも、
スピーカー越しの声音には僅かな緊張の響きが混ざっている。
S-TA将軍ミラルカの圧倒的な力は、人間の兵士で太刀打ち出来る域にはない。
兵など幾らいても勝負にならない。
ミラルカが一瞥するだけで兵達は精神を侵され、
またタヒ体はミラルカの下僕に成り下がる。
瞬く間に、死を克服したかのような軍勢を築き上げ、ロシアからワラキア領土を奪還・防衛してきた実力は本物だ。

だが伝承に違わず陽光を苦手とする吸血鬼である事に変わりはなく、
払暁を迎えようとする今現在、非能力者側の優位は覆らない。放っておけば勝てるのだ。
ロシア軍がミラルカに対して抱いている恐怖とは、戦況を覆される恐れではなく、
自暴自棄になったミラルカが特攻してくるのではないかという恐れ……ただ其れだけだった。

「……此処までか。
 だが部下の撤退は完了したようだ。
 後は……我々だ」

金髪を翻して振り返る。
目の前にはミラルカ配下の男達が並び、主人に己の戦意の程を訴えかける。
着ている服は煤けて所々に負傷も見られるが、中身は意気軒昂。
タヒを克服してはいないというのに、臆病という病に対する抗体は確かに持っている。
其の佇まいは確かに彼等が誇りに思い名乗っている『不タヒ種』に相応しいと言えるだろう。
不タヒ身のヒュグノア(笑)さんは見習って、どうぞ。

「ミラルカ様、私はまだ戦えます!」

石仮面を被った若い新兵が叫ぶ。

「今は其の気持ちを押しコロせ。
 無謀な決起により端から失敗を約束されてしまった轍を踏むな。
 今死してでも……先を生きよ」

ミラルカが宥めるも、新兵の……石仮面の眼窩から茫々と鈍い光を灯す瞳には、
人類への憎悪と自分への失望が綯い交ぜとなった、苛烈且つ弱々しい……
行き場を失った憤りと悲しみに塗れた感情を湛えたままだ。

「そ、其れでも……っ!
 其れでも私は戦って、一人でも多くの人間をっ……」

猫に破れかぶれの噛み付きを敢行しようという、追い詰められた鼠の心境。
そんな卑賎な情動から出た雑音など聞くにも値しないとばかりにミラルカの叱責が遮る。

「ホザけ。タヒにたいなら勝手に突っ込んで勝手にタヒんでいろ。
 だが、お前はタヒにたい訳じゃないだろう? タヒぬ為に此処に来たのか?
 ただでさえ我らはタヒ体として生まれてきたようなものだ。
 此処でタヒねば本当に『そういう事』になってしまうぞ。
 目的をはき違えるな」

石仮面の新兵も流石に黙り込む。
過激派の中の過激派である彼とて、無意味なタヒなど望みはしない。
何時の日か必ず亜人種の国家を築き上げ、旧人類を駆逐してやると固く心に誓う。

「……ミラルカ様、私は悔しい……!
 祖国奪還を果たしながら、またしてもっ!」

続いて呟くのは若きエリート将校の青年だ。
この中では唯一の「ただの能力者」であり、妖怪の類である不タヒ種ではない。

「フォノウ、其の悔しさが本物ならば命を有効に使える筈だ。
 今の……タヒした状態から見事、未来に復活してみせろ。
 お前は人間だが、其れを成せるならば立派な不死者だ。仲間として誇りに思える」

ミラルカの言葉を心に結ぶエリート将校ことフォノウ。
ホモサピエンスにもホモタレントゥスにもデミヒューマンにも大した関心を持たず、
一刻も早い祖国の平和を求める一心でS-TAに与したフォノウだが、
彼に選択を決断付けた最大の要因は英国壊滅……つまりは前支配者の圧倒的な力だった。
既にS-TAから其れが失われていると知ったのは、本格的に参戦してから。
詰まり乗る船を間違えてしまったのだ。
こうなってはS-TAの速やかな降伏こそが祖国の安定と平和に繋がる。
フォノウにとって祖国を支配しているのが自分達ワラキア民であるかロシア人であるかは問題ではない。
祖国さえ平和なら……平和に出来るのなら何でも良かったのだ。
愚直なまでに祖国のみを愛したフォノウ。
そんな彼もミラルカの下に配属され、戦場を共にしていく内に、新たな衝動を自覚する事になった。
愛する祖国と双璧を成してしまうまで……
今やフォノウにとってミラルカの存在は大きく膨れ上がり、
いつの間にやら彼の脳内に居座っていたのだった。
其れはミラルカが言ったような不タヒ者どうこうという理由ではないのだが、
フォノウは余計な事は口にせず、黙って深く首肯する。
軽口を叩く場所でもないし、何よりフォノウ自身が震える目元と口元を制御するのに精一杯だった。

「……行こう、ミラルカ。
 連中が転送基地に勘付かない内に早く」

側近であるグレナレフが急かす。
もうこれ以上この場に留まったところで何もない。
此処にはタヒしかない。だからせめて……

「ああ……
 私はまた戻って来るぞ、我が祖国。
 其の時こそお前が再び生を得る時となるだろう」

ミラルカは、そう言い残すと仲間達を連れて其の場を後にした。


だからせめて、未来に生の可能性を見出したかったのだ。
タヒの先にもタヒしかないなど認めたくない。
自分達が、祖国が、永遠のタヒしか残されていないなど認められる訳がない。

其れは間違っていない。
破壊の後に創造があるよう、タヒの後に生がある。
タヒ体は糧となり土へと帰り新たな生の土壌となるように。
そして再びのタヒを得るように。

生とタヒという……
創造と破壊という……
平和と戦争という……
喜びと悲しみという……
双子の呪いと祝いから永遠に解放されることなく。
『流れ』即ち『変化』は全てを押し流し混沌へと世界を突き進ませる。

Re: WW3 英国壊滅後 - イスリス

2017/07/10 (Mon) 00:21:51

  ギリシャ北部、ロドピ山脈。
  地下要塞『ハーデース』、指令所。

 
旧世紀から北方からの侵略者を防ぐ砦であったロドピ山脈の地下要塞ハーデースは、
ギリシャ能力者特殊部隊『聖ント』及び指揮官『アテナ』の失踪により、S-TAに占領され、
彼等の南欧拠点として非能力者軍を悩ませていたが、
フランスの能力者部隊『コロキント・ピラート』と、
ロシアの能力者試験部隊『プラウダ』の獅子奮迅の活躍によって
新生国連軍は地下要塞ハーデースの奪還に成功。
今は各国の精鋭達が駐屯して南のS-TA領ギリシャに睨みを利かせていた。

「成功だ」

地下基地の司令室が一斉に湧き上がり歓喜の声が響き渡る。
モニターには茫々と展望を見せるエーゲ海。
苦悶の悲鳴のような金切り声を上げて海中へと没したのは、
エーゲ海域の制海権と制空権を一手に握っていたファスティカトロン級要塞艦エウリュメドーンだ。
ギリシャがS-TAに支配されてからは、非能力者に向けた攻撃を繰り返し、
東方のオスマン・ルキア帝国を降伏させ、中央アジア方面にS-TAが進出する橋頭堡を築き上げた。
が、其れも此処まで。
1km近いメガフロートの如き艦体は大きく2つに裂けて沈み続け、
あぶくのヴェールを翻しながら海底と抱擁して永遠の愛を誓い合い、
其の結晶として子宝に恵まれる事になるだろう。漁礁としてだ。

「流石はプラウダ……」

水中から少数で侵入しエウリュメドーンを無力化する。
言葉で言ってみせるだけなら容易いが、実際行動出来るかと言えば正気の沙汰ではない。
無支援、僅かな人員、貧弱な装備で敵の要塞に潜り込み、
ほぼ現地調達で弾薬を賄い、要塞落としを実現するなど、真っ当な発想な訳がない。
アメリカ合衆国の伝説的な兵士『ヌネーク』でさえも匙でダーツを始めるだろう。
だが其れくらいでもなければ任せられない。
非能力者陣営は、自分達の側についた能力者の真意を測りかねていた。スパイを疑っていた。
ロシアの能力者試験部隊プラウダに其の任務が下された時、
彼等と共に戦場を渡り歩いた新生国連軍の兵士達は即座に不満の声を上げた。
其れほどまでの信頼を勝ち取っていながら、上に立つ者達はプラウダ部隊に対して更なる忠心を求めた。
……S-TAによる謎の攻撃について、
日本の魔法研究機関である魔法学院が調査した結果、
『国内で能力者による手引きが行われ、転送基地のようなものを密かに設置されている』可能性が高いという。
詰まり、国内の能力者達の一部が工作員化しているという事だ。
隣人である能力者がテロリストになっているかも知れない。
其の恐怖はイギリスの壊滅によって最高潮に達していたのだ。
よって其の忠誠心が本物であるかどうかを見極めねばならない。
S-TAに深刻な打撃を与える作戦を、彼等だけで成し遂げられるかどうか、
後方で待機していた新生国連軍には、
寧ろプラウダ部隊が反逆した場合を想定した任務が与えられていた。
そんな前門のエウリュメドーン、後門の新生国連軍といった状況の中、
正にプラウダ部隊は其の赤心を示してみせた。

沈没するエウリュメドーンの真上に、3機の垂直離着陸機。
プラウダ部隊がエウリュメドーン内部で調達した脱出手段であり、
其の内部に、参加した少数精鋭の全員が誰一人欠ける事無く揃って寛いでいた。
彼等一騎当千の猛者共を従える隊長…『ニコライ・テネブラーニン』は、
副長ミハイルが差し出した葉巻を口にしながら基地との通信に応じている。

《御覧の通りですよ、シュネイケ・ナクラト大統領。ユミル・クリプトン中将。
 我が部隊は如何なる敵にも屈さず、
 また如何なる任務も忠実かつ迅速に遂行して見せましょう。
 ご命令とあらば……このままギリシャ首都奪還も果たしてご覧に入れますが?》

「……全く、脱帽だな。
 君達は完璧に……いや、完璧以上に任務を果たしてくれた」

後にアメリカ合衆国大統領になるユミル・クリプトン中将が労う。
能力者運用に異を唱えていた反・能力者主義の強い彼も、
今回のプラウダ部隊の功績は素直に認めざるを得なかった。

《素晴らしい! これならギリシャ奪還は約束されたも同然だ!》
《しかも友軍の損失はゼロだ! 圧倒的ではないか!》
《ふふ……驚きましたかな?
 これが我等に勝利を齎す者達。
 勝利……我等の勝利(ナシャ・パベーダ)です!》

ホログラフで表示された各国の代表達は興奮した様子で、ロシア大統領はドヤ顔、
現アメリカ大統領のシュネイケ・ナクラトも感無量と言った表情で勝利の美酒を味わう。
だが一人、安堵と共に不快感も表情筋に刻み込み、苦汁を啜る者がいた。
欧州委員長クリスである。

《……》

プラウダ部隊が無事であったのは何よりだ。
だが、そんな危険な状況に放り込んだのはそもそも新生国連軍……非能力者達だ。
スパイの存在を恐れる彼等側の言い分も解らない訳ではないが、
だからといって、みすみす死地に赴かせるような任務を与える其の残酷さ、
そして掌を返したかのような厚顔さ、早くも先の運用について話し合う傲慢さ、
其の全てがクリスの癇に障り、このような喜ばしい席でも苛立ちを覚えてしまう。
能力者と非能力者の融和……
アデルは其れを夢物語に過ぎないと一蹴した、
クリスは非能力者を中から変えるべく尽力した積りだが、
此処に来てアデルの言葉が頻繁に脳裏をよぎる。

「(……大丈夫だ。ニコライ君の活躍で能力者は認められる。
  戦争さえ終われば皆が安穏としていられる……!)」

Re: WW3 英国壊滅後 - イスリス

2017/07/10 (Mon) 00:25:09

  ギリシャ北部、ロドピ山脈。
  地下要塞『ハーデース』地上部ゲート前、特設宴会場。

 
要塞に帰還し一通りの歓待を終えた実験部隊プラウダには、ささやかな祝いの席が用意されていた。
一流とまでは言えないもののレーションよりは遥かにマシな料理と、
ロシア大統領よりロシア精鋭部隊としての待遇及び、部隊名『ナシャ・パベーダ』、
そして、特に際立った活躍を果たした者には、
嘗て地中海世界で恐れられたローマの百人隊長『センチュリオン』の称号が与えられた。
能力者に対して過激な弾圧を加えて来たロシアという国に於いて、この扱いは決して軽くはない。
プラウダ部隊の結成は6年以上も前になるが、其の前からも彼等の尋常ではない力はロシア上層部に注目されており、
此度の大戦で漸く御披露目……各国の度肝を抜いてロシアの優位を示してみせた。

だが、クリス欧州委員長が期待したよう融和の一手にもなるであろう其れにさえ、
ニコライ隊長は眉一つ動かしはせず、モニター越しに喜色満面のロシア大統領に敬礼を返したのみ。
……彼には解っているのだろう。融和の道などありはしないと。
国家、言語、人種、性別、部族、髪の色、肌の色、体力、財力、知力、コミュ力、顔面偏差値……
人が人を排斥する理由は幾つも、星の数程もあり、併し其の全てが撲滅される事無く尚健在。
其の差別グループに新入り『異能』が加わっただけに過ぎない。
人類が世界大戦まで起こしてみせた騒乱の末、問題は一切何も解決せずに残る。
世界が変わった。人の力では変えられない。
よって人は常に、世界に適応する側となる。適者生存。適応しなければ生き残れない。
此度の戦争も、軋轢を生み出し衝突する人間が大凡排除されれば自然と治まる。
其れを以てして融和と呼べるのならば、そうなのかも知れない。
諸問題を撲滅するのではなく、所与のものとして受け入れる……
そういった度量……或いは諦観を万民が持ち得るのであればだ。

「ニコライ隊長殿、やはり貴方は本物だ!
 貴方程、戦場を緻密に計算し尽す指揮官はこれまで見た事もない!」

さっきまでプラウダ部隊、今はナシャ・パベーダの一員であるビルクレイダ隊員が、
空っぽになったビールジョッキ片手に快哉を叫ぶ。

「何、君の活躍も大したものだ。
 ペリボイア司令官を救出した際の手腕は素直に脱帽したよ」

「恐縮です!」

地下要塞ハーデースの地上部にあるゲート前に用意された長テーブルには、
調理上手な新生国連軍の兵達が拵えたロシア料理の数々と一部ギリシャ料理が並べられ、
バイキング形式でナシャ・パベーダを持て成していた。
ロシア大統領ソゴトフこそ不在なれど、其の場で祝杯を挙げる面子は錚々たるものだ。

センチュリオンの称号を得た猛者中の猛者。
ロシア最強の戦士ニコライ・テネブラーニン隊長。
ニコライの左腕と呼ばれる知将であり、ロシアを代表する資産家でもある、ミハイル・ルーチェフ副長。
今は亡きイギリスの研究機関『ティル・ナ・ノーグ』の人工超人、レゼフェイ・ヘイドナーン隊員。
鋼の猟犬、ヴィルフレート・ヘルムート・エックハルト隊員。
白銀の戦鬼、ルージェント・ラスパーニュ隊員。
ゲリラ戦のエキスパート、ビルクレイダ・ヘクトケール隊員。
妻と共にロシア軍人となっているゼクラニル・フェズキヤ隊員。
氷雪の猛犬、ウラジミール・アルマゾフ隊員。
その養子である血塗れの狂犬、ルプルーザ・マサクレフ隊員。
我道自在、ユヴァヤ・ギヤン隊員。
破城の剛鎚、ジェスケン・リュクトフ隊員。
……センチュリオンが11名。
技術顧問であり本名不詳の天才マッドサイエンティスト、ドクトル・ベッポ。
其の助手にして神童、フィヴェルト・キリウ。
後はセンチュリオンに届かなかった隊員達が多数。
其れでも周辺国家の兵など歯牙にもかけない程の力量があるのは流石と言ったところだ。

又、ドクトル・ベッポやキリウを支援している、
ロシア研究学園都市ノヴォシビルスキー・アカデムゴロドクの長であるガマユン学長といった、
ナシャ・パベーダ後援者達の姿もちらほらと見て取れた。

「……」

センチュリオンの称号を得た精兵の一人であり、
鋼の猟犬という異名を持つヴィルフレート・ヘルムート・エックハルトは、
直ぐ傍で自慢げに研究内容を語るガマユン学長を無視し、
静かに飲りたいとばかりにブランデーの瓶を片手に其の場を後にした。
溜息ひとつ漏らさず緘黙。
周囲の熱から明らかに浮き、ただ無表情に歩みを進める其の様は、
陰気と言うよりは剣呑な殺気さえ見え隠れさせており、
同じく対人関係が円滑に行えるとは言えないルプルーザよりも尚、近寄り難い空気を醸成している。

会場の中心となっているテーブルから、やや離れた一画、
幌の付いたトラックの荷台に腰掛け、豪快に瓶を呷る。
其れは、胸からせぐり上げて来る何かを無理矢理押し込むような、
爽快さとは無縁の、自暴自棄の其れに近い荒々しくも迷いを感じさせる飲み方だった。

「複雑そうだね、ヴィルフレート君」

盛大にブランデーを噴き出すヴィルフレート。
荷台の荷物の陰から唐突に呟いたニコライ隊長は平然とした顔で、
嘔吐きそうな勢いで咳き込むヴィルフレートに、つと接近。
彼の隣へと腰を下ろした。

「無理もない」

「……ぞ、ぞうい゛ぅ!
 ヴぁっ……ヴぁけ……ごほっ! わ、訳では……」

口元を拭い、途中で難解な言語になりつつ何とか返事をするヴィルフレートだが、
其の脳裏には、先のロシア大統領の言葉がエコーしていた。
ナシャ・パベーダという命名と共に、センチュリオンの称号が与えられた場に於いて、
大統領がヴィルフレートを表彰した際に放った次の一言……

《そして、6年前……
 病の為、この世を去ったアンネリーゼ君にもセンチュリオンの称号を与える》

アンネリーゼ……
其れは実験部隊プラウダの設立に尽力した女性。
実力以上に、能力者を非能力者の為の実験動物か何かとしか見ていなかったロシアに対し、
粘り強く交渉し、能力者の実験部隊設立を約束させ、
結果的に今日のナシャ・パベーダの栄光を齎す切っ掛けとなった女。
そして副長ミハイルの妻であり……ヴィルフレートの妹であった。

「嬉しくないといえば……嘘になります。
 あいつが成した流れが祖国に認められた……
 大統領直々に賀して頂けた。
 ……至極光栄です」

そう呟くヴィルフレートは成程、鋼の猟犬そのものだった。
鍛え抜かれた精悍なドーベルマンを人の鋳型に詰め込んだような逞しさと、
先の惑乱から早くも立ち直り、まるでそんな事など無かったかのような巖の……いや、鋼のかんばせ。
こうなった彼から何か情動を見出すのは極めて難しいだろう。
ニコライ隊長は兎も角として。

「だが、其の尽力があったからこそ、尽力してしまったからこそ、
 ……彼女だけが此処にいない……そう考えているのかね?」

短くもない沈黙の後、ヴィルフレートは静かにかぶりを振る。

「……我々は軍人です。私情を挟む立場にはありません」

「君は嘘が下手だな。もっと正直になり給え。下手な嘘程見苦しいものもない。
 其れと、軍人などという生物は存在しないよ。
 ただ軍人という立場があり、其の立場にある一人の人間があるだけだ。
 そして人間は決して私情を抜きには成り立たないし、其処まで単純にもなりきれはしない」

「……ミハイルの奴……っと、ミハイル副長ならまだしも、
 ニコライ隊長がそう仰るとは……正直なところ意外です」

其れは軍人として首肯しかねる意見だった。
ナシャ・パベーダに必要なのは凜乎たる決意と、命令を遂行する為の能力、
そして己の分を弁える忠犬の心意気ではないのか。
だが其の問い掛けに、ニコライ隊長は焦らすかのように問い掛けで返す。

「ふむ、ガマユン学長から話を聞いたかい?」

しかも関連付けて考えられないような話題だ。
この遠回しに過ぎるやり口は、彼の子供のような一面を象徴する悪癖でもあった。

「いえ、何か喋っていたような気はしましたが……上の空でして」

「何でも能力者反応が陽性の胎児を対象に洗脳胎教する事で、
 高い知能や素質を持った赤ん坊超能力兵士なるものを量産できるかも知れないという話だよ」

耳にしただけで身の毛も弥立つような汚らわしい話だ。聞かなかったのは正解だったようだ。
こんな人道に悖る者がロシアの最重要結晶研究施設の長だというのだから、やりきれない。
人格と能力は完全に分けて考えなければならないとは聞かされていたが、
其れでもガマユンの如き外道を許容できるような懐は、生憎ヴィルフレートには存在しない。
……併し、其れが何だというのか。
そう問い返そうとするよりも先に、ニコライ隊長は次なる問い掛けを行った。

「S-TAの北欧方面軍に『ドヴェルグ』という部隊がいるのを知っているかね?」

「……確か。能力者の精鋭部隊だとか。
 中には各国の軍隊から離反した連中や傭兵が多く含まれているとも」

「今は其の指揮官クラスに収まっている……『モートなんとか』というのと以前、一戦交えた事があってね。
 あれは多分、カルナヴァルの信徒じゃないかな?
 私情を挟まず、黙々と死体の山を築き上げ、
 より効率的に最小の労力で可能な限り多くの人間を安全かつ迅速に殺す事を日夜考えている……そんな感じの奴だ」

人口爆発によって引き起こされた人類混乱期の反動なのか、
人間はもっと減るべきだと考える人間が一定数存在する。
中には、ン秒間に増加していく世界人口の間引きを真剣に考える手合いもおり、
せっせと人間を殺して人口の管理統制をすべきだとして、
『殺す事そのものを目的として』テロを起こす度し難い阿呆達が極少数ながらも、
この同じ世界の同じ空の下で同じ空気を吸って活動中ときた。
『或る種の人間』は、この阿呆達を『カルナヴァルの信徒』と呼称している。
マハコラの前身となった秘密結社カルナヴァルからのネーミングだ。

「ニコライ隊長、
 そのガマユン学長だのドヴェルグの阿呆だのが、何だと仰るのですか?
 我々は……」

「理想的な兵士ではある。
 ガマユン学長の研究も、『モートなんとか』も、
 戦場に於いては理想形の一種である事は疑いようがない。
 我が国の大統領殿は、このナシャ・パベーダにそういった理想形を求めている」

戦いとはそもそもが人道主義的な理想論と相反する。
戦争に従事する兵士についても同様。
戦争行為に於ける美辞麗句は悉く、自国の方を向いている。
『愛する者を守る為に戦う』『国の平和の為に戦う』、
よって敵国から愛する者を奪う。敵国の平和を奪う。
効率的な勝利の為、効率的な虐殺が推奨される。
だからロシア大統領がナシャ・パベーダにも、そういった兵士の理想を求めたところで、
国家の長として何も間違った事はない。寧ろ正しい。

「……」

ヴィルフレートは鋼の猟犬そのものの佇まいで表情一つ変わりはしない。
だが内面はそうもいかない。
このナシャ・パベーダが……妹が遺した、妹の部隊が……
憤激の滲んだ声を発する前に機先を制したのは、またしてもニコライ隊長

「だが飽く迄『理想形の一種』だ。理想とは一つではない。
 元々、アンネリーゼ君がナシャ・パベーダに求めた理想は、
 『モートなんとか』や大統領の其れとは違っていてね……」

「……あいつの、理想?」

純粋な疑問符だけを浮かべ首を傾げる。

「やれやれ……
 君は兵隊としては極めて優秀だが、兄としては決して褒められたものでは……」
《ゲート発生! ゲート発生!
 ハーデース上空への転送を確認!
 繰り返す!
 ハーデース上空への転送を確認!》

ニコライ隊長の言葉を、けたたましい警報が遮った。
S-TAの持つ『空間転送』という攻撃手段は、各国を恐怖に陥れていた。
何も無い空間から突如として現れる敵兵、機動兵器、ミサイル。防御も何もあったものではない。
知覚系の能力者を抱え込むことで対策を講じてはいるが、
精度の難は如何ともし難く、実用化には更なる時間が必要とされた。
だがロシアに関しては他国と聊か事情が異なる。
匿名の……恐らくS-TAを裏切った人間による暴露……
これによって、S-TAが各国に予め設置していた『転送基地』の存在をロシアは一足早く掴んでいたのだ。
其の情報があったからこそ、S-TAによるモスクワ攻撃作戦を未然に防ぐ事が出来たばかりか、
占領した転送基地から奪取した情報でもって未知の結晶技術を多数獲得していた。
無論、ロシアはこれを最高機密とし、自国で独占した。
余所の国が転送基地の捜索に躍起になっている間にロシアは更なる研究を重ね、
S-TAを滅ぼした後の世界を主導する事になる。そう夢想して。

《ナシャ・パベーダ! 出撃せよ!
 S-TAが何をしようとも、お前達には敵わない事を思い知らせてやれ!
 祖国ロシアに勝利の栄光を!》

「「了解」」
こうなると切り替えは早いものだ。
戦士の顔に早変わりしたヴィルフレートとニコライ隊長は即座に武装車両へと分乗し仲間達との合流を急ぐ。

 

 
パーティー会場の上空に放電。但し紫電ではなく闇色。
この闇色の放電こそ、S-TAが行う転送の前触れである事は既にナシャ・パベーダの全員が知っている。
酒瓶を放り捨て、テーブルを倒し即席のバリケードを拵える。やや守りの姿勢。
念の為に携帯して来た武器では心許ないというのもあるが、
闇の放電から何が出て来るのか解らないという点を警戒している。
ガトリングの弾丸くらいならまだ可愛げもある。最悪はアルファベット兵器を使われた場合だ。

「ちっ……この辺に転送基地は無かった筈だが」

「そーだね。でも前例が無い訳じゃないよ。
 S-TAの転送システムじゃなくて……結晶能力で転送を行える奴でしょ、これ」

其のレゼフェイの推察は果たして的中していた。
何が来ようとも迎撃ないし回避できるように、黙々とナシャ・パベーダが態勢を整える中、
放電は黒い球体を生じさせ、其の中から巨大な機甲の異形がひり出て来る。
エウリュメドーン内でナシャ・パベーダが一蹴した戦闘兵器『ステュムパーロスの鳥』と似たフォルムながらも、
其の巨大さは丸で比較にならない。沈没したエウリュメドーンにも匹敵する。
「……地下司令部との通信途絶」

「やはり『アルゴス』か」
広範囲に渡る強力なジャミング能力を持つ空中要塞アルゴス。
尾羽を半開きにした首の無い孔雀……そう表現しても良いであろう、この巨大な空中要塞は、
エウリュメドーンと同様、S-TAが占領してギリシャ首都を防衛していた筈なのだ。
「此処に来ているという事は、
 現在の首都はガラ空きになっているんじゃないのか?」

「……首都に攻め入る好機だが……」

通信を絶たれ、大地に広がる影に呑まれながらも平然と、戦略的な観点でものを見るナシャ・パベーダ。
併し、アルゴス単騎で来たところで、やれる事は高が知れている。

「確か、あのデカブツ……バンカーバスターがあったよな? やばくね?」

「いや、ハーデース落としは無理でしょ。二、三階層焼いて終わりだよ。
 其れに、この高度じゃアルゴスまで無事じゃすまない」

不可解なのはアルゴスが徐々に高度を落として来ている事だ。
まるで攻撃してくれと言わんばかりで、運用の意図が解らない。
警戒する一同を他所に、アルゴス艦橋の壁面がスライドし、2人分の人影が姿を見せる。
これ見よがしにアルゴスを持ち出しておきながらエアボーン? 白兵戦でもするのか?
そう困惑を滲ませながらも銃の照準は2人の脳天に向けられたまま微動だにしない。
2人の影がアルゴスから飛び降りた際にも変わらず常に照準を維持したままなのは、
日々の鍛錬の賜物な訳だが……流石に2人が難なく着地する様子を見ては、そうもいかない。
接地の瞬間に魔導の反応。衝撃を完全に相殺した其の手腕には一切の無駄が無い。
高レベルの魔術師であると判断し、大規模な破壊魔法を警戒するナシャ・パベーダ。
狙撃手達は強力な魔法防壁を想定して、普段は採算が合わないという理由で使用されていない高価な対魔導弾を装填しなおす。
瞬く間に、準備を終えて再び攻撃態勢維持。
再び照準を付けられた顔は、多くの皺が刻まれた老女。
そして、もう片方は軍服の少女。いや、まだ少女と呼ぶのも憚られるような幼女と言ってよい年頃であった。
脳天を赤いレーザーポインターで射抜かれたまま年不相応の冷たい眼差しでナシャ・パベーダを逆に射抜き返している。

「……」

このままS-TAの2人を射殺するのは……恐らく容易い。
だが其の後のアルゴスの動きや、相手が先制攻撃して来ない点から、
戦闘以外の何らかの意図がある可能性を考慮。併し、このままでは埒が明かない。

「……俺が行く」

ビルクレイダ隊員だ。
敵性集団の未知の相手、しかも相当の手練の前まで行って詰問……
危険極まりない命知らずな話だが、其れでも誰かがやらねばならない。
ナシャ・パベーダの中で其れを恐れる者など誰一人としていはしないが、
総合的な戦闘経験、耐久力、機動力、防御用結晶能力、部隊に於ける重要度の低さを勘案し、
ビルクレイダは自分が適任であると判断したのだ。
他の隊員達も其れを察して一言も挟まないまま黙々とビルクレイダのフォローに回る。

「さて、何から聞いたもんかね」

包囲から一人突出。
ビルクレイダは可能な限り心の平静を保ちつつ、相手を刺激しないよう歩みを進める。
頭上で対空したままでいるアルゴスの重々しい駆動音に包まれる中、
やおら幼女が静かに口を開いた。

「貴様がヘカトンケイルか?」

鋭い目つきに違わぬ、威風堂々とした口調には、
或る種の貫禄さえ宿っている。
能力者を見かけで判断する愚かさは重々承知していた筈だが、
其れでも此処まで幼い手合いは珍しく、ついビルクレイダも必要以上に身を固くしていた。
解す為に努めて普段よりも軽い調子で相手に返す。

「グレキの連中は、そう呼んでるみてぇだな。神話の怪物だったか?
 まぁ、俺様の名前にも響きが似てるし、悪かねぇからそいつで良いぜ。
 で、アンタらは? ああ……S-TAの人間ってのは見りゃ解る」

「……私はS-TA右将軍ゼノキラである!
 非能力者軍のニコライ・テネブラーニン殿にお目通り願いたい!
 平和的かつ友好的な対話の場を希望する!」

緊張を解すどころではない。
幼女の名乗りはビルクレイダどころか其の場のナシャ・パベーダ全員の度肝を抜いていた。

「……マジか? ゼノキラ?
 ってーと、お前が噂の『S-TAの魔女』か?」

第三次世界大戦の始まりを告げたのはギリシャ。
ギリシャで勃発した大規模な宗教的かつ過激な能力者排斥運動『メトディオスの行進』により大量の暴徒が発生、
特殊部隊『聖ント』の一部による鎮圧作戦が展開されたが、
この際、聖ントの隊員数名が『魔女』に魅入られた。
名前も姿もハッキリしていないが、地元で八姉妹として崇拝されていた女だったらしく、
彼女を確保した聖ント達が突如として暴走。
ギリシャの制止命令を無視し、ラミア市で行進中だったメトディオス修道院長ら非能力者暴徒を皆殺しにした。
これからは情報が錯綜し、不明瞭な情報しか出回らなかった。
ただハッキリしている事実としては、
暴走した聖ントを鎮圧すべく聖ント指揮官アテナが残りの聖ント達を率いて出撃。
謎の魔女が率いる軍団が到来。聖ントと魔女の戦闘。ラミア市の消滅。魔女は聖ントから逃亡。
聖ントおよび指揮官アテナが行方不明となる。魔女の軍団がギリシャ首都を包囲。
ギリシャ軍の出動と敗退。そしてギリシャ政府の降伏宣言、ギリシャ占領。
聖ントと最初の『魔女』の接触から半日もしない内に、
ギリシャは突如現れた謎の武装集団によって占領されてしまったのだ。
そして武装集団は南極の能力者国家S-TAを名乗り、非能力者に宣戦布告。
ギリシャに端を発した一連の事件の顛末こそが第三次世界大戦の始まり……
発端となった『魔女』と『S-TAを率いた魔女』は民衆には半ば混同されているが、
後者の魔女は『ゼノキラ様』と呼ばれていた事がギリシャ軍の残党によって確認されている。
まさかギリシャ陥落の原因である魔女その人が直々に現れようとは。
珍しく副長ミハイルまでもが目を剥く。そして其の肩を背後から軽く叩かれ、
バネ仕掛けの人形のように背後を振り向こうとして首を横へやったところ……頬に指。
隣に忍び寄っていたニコライ隊長であった。そして間髪入れずミハイルの其の顔を携帯端末で撮影。
「に、ニコライ隊長……!?」
珍しい絵が撮れたと言わんばかりの笑みを浮かべ、次の瞬間には表情を整えゼノキラへと向き直る。
「ふぅむ? S-TAの将軍が直々にね。
 だが我々にケルベロスのパンを用意しても無駄というものだ」
ロシアではなくナシャ・パベーダ隊長との交渉……
この幼女が何らかの裏取引を求めていると看做して一蹴するニコライ。だが……

「……宗太郎から話は聞いている」
ゼノキラの一言。其れでニコライは彼女の背後を察した。

「ニコライ殿は知るべきだ。
 そんな貴方々に饗されるパンがどのようなものなのか。
 混ぜられているのはヒュプノスの角液でもアリスタイオスの甘味でもない。
 一族に関する重大な話だ」

沈思黙考。やがて溜息を吐いてニコライが呟く。
「……ハーデース、御誂え向きかな?
 君の話とやらがムネーモシュネー(記憶)の泉である事を願っているよ」

2400年某日、戦地の片隅にて - 鋭殻

2016/11/26 (Sat) 19:53:15

 ――酷い悪臭が、漂っていた。零れ落ちた臓物と撒き散らされた血液から立ち昇る鉄臭さ。
下品な呻きと悲痛な呻き、肉同士を打ち付ける音と共に混ざり滴る汗と体液の生臭さ。生温く暖められた空気がそれを助長する。

 女達が、泣き叫びながら男達に玩ばれている。2人の少女が、その母が、幾人もの男に群がられ、嬲られている。
その脇には父親が四肢を撃ち抜かれ腹を切り裂かれた無残な姿で転がっている。少女達の目に光はなく、涙と微かな呻きを漏らすのみ。
母親は幾度も子供達だけは、と懇願するも、男達がそんな願いを聞き入れる訳もなく、己を獣欲を満たすことに没頭する。
悲劇である。地獄である、が、今の――第3次世界大戦の混沌の下にある世界にあってはありふれた地獄で、悲劇である。

 しかし、そんな家族の有様を見せつけられている少年にとっては、そんなことは何の慰めにもならない。
手足は縛られ、猿轡を噛まされ、背中から軍靴で押さえつけられているが、それがどうしたと言わんばかりに藻掻き躙って拘束を抜け出さんとする。
殴りつけられ腫れあがった顔は激情で真赤に染まり、口は噛まされた猿轡を噛み千切らんばかりに噛み締められている。
そんな様子を、彼を足蹴にしている銀髪の男――ヴァルカレスタ・フィンダムは嘲りの色を浮かべながら見下ろしていた。

「悔しいか、ボウズ? 悔しいよなあ? 父親はボロクズのように殺されて、母親と妹達は俺の部下共の玩具。
だがなあボウズ、それもこれもお前らが――お前が弱いのが悪いのさ。弱肉強食って奴だ。判るか」
 部下の蛮行を至って冷静に眺めるヴァルカレスタを、少年は射殺さんとばかりの視線をもって睨みつける。
「力がないからあんな馬鹿共にいいようにされる。弱い生き物は繁殖しなけりゃあっという間に滅んじまうからな。
隙あらばああいう風にみっともない姿を晒してでも生殖行為に励んじまうのさ、俺は違うがね」

――コイツのXXはオレが先だピナー!! 手前はそっちの中古でも相手にしてやがれ!!
――エイフ、このピザ野郎が!! ナマスに斬り刻まれてえか、アアン!?
――黙りなさいキヴルス!! 貴方の様な短慮な力馬鹿ではすぐに壊してしまうでしょうが!!

 醜い。浅ましい。聞くに堪えない。半裸で下半身を露出させた男達が息を荒げながら言い争う様は、人間というより畜生のそれである。
しかしそんな人非人共に父は殺され、母と妹達は汚されている。無意識の内に少年の目尻から悔し涙が流れ出す。

「だがまあ、そろそろ飽き飽きだ。お前もそうだろう。――だから、よ」
 ヴァルカレスタの身体から霧のようなものが立ち昇り始め、少年の身体を包み込み始める。
 ――瞬間、少年の全身に怖気が走った。これは駄目だ。そう本能的に理解する。今まで折れそうな心を怒りや虚勢、反抗心で表面上は取り繕ってきたが、
これは気構えや心の持ちようだとかでどうこう出来るレベルを超えている。何が待ち受けるかは判らないが、確実に折られてしまう。

 そんな少年の小さな変化に目ざとく気付いたヴァルカレスタはにい、と笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「おお、判るのか。ガキながら冴えてやがる。出会い方が違えば一流に仕込んでやっても良かったぐらいだ。
――ボウズ、お前にゃちょっと実験台になってもらう。こちとらまだ覚えたての能力でな、勝手を知るには試行錯誤が必要なのよ。
ああして見苦しい乱交パーティなんざ見せたのもその一環だ。まあアレだ――餌になれや、この俺の」

Re: 2400年某日、戦地の片隅にて - 鋭殻

2017/04/22 (Sat) 23:23:23

 始めは絶叫しながらのたうち回り、しばらくして呻き始め、最後は仰向けに倒れ微動だにしない。
溢れる涙は止め処なく、見開かれた目は焦点があっておらず、何かを見ているかどうかすらも怪しい。
そんな"実験結果"を横目に、ヴァルカレスタは、"後始末"が済んだ部下達がこちらに集まってくるのを待っていた。
「どうでしたかい、ボス。こっちは久しぶりにブッ放せて実に清々しい気分ですがね」
「ぼちぼちってトコだな。この通りアッチ側にイッちまってやがる。この威力を戦闘中に出せるたァ思えねえが、まあ雑魚共を散らすくらいなら訳ないだろう。
『悪夢の鳥籠』。もう感覚は掴んだ。あと何回かやりゃあ完全にモノに出来る」
 黒髪をドレッドロックスにした黒人の部下――ラシャトゥ・ベぺの問いに答える。

 ――『悪夢の鳥籠』。つい先日、発現したばかりのヴァルカレスタの能力であり、少年を包んだ霧の正体である。
霧状の粒子で包み込んだ相手の精神をゆさぶり、不安や恐怖といった負の感情を基にした幻覚による恐慌状態に叩き落とすというものであったが、
覚えたての能力を使いこなすのは歴戦の戦士たるヴァルカレスタでも至難の業であり、能力の把握と習熟のため、こうした"実験"を重ねていた。
最初の内は一瞬相手を怯ませるだけであったが、回数を重ねる内、こうしてヒト一人を廃人に追い込める程にまで馴染んできている。
ヴァルカレスタ自身が言ったように、完全に能力を制御下に置く日もそう遠くないだろう。

「そりゃあ結構なこって。んで、このガキはどうするんです? 殺っちまいますかい?」
 逆立った金髪に赤い狼の刺青を顔に入れた男――キヴルス・ベサが倒れたままの少年の方を顎でしゃくりながら言う。
その手にはナイフが握られ、脚は癖である貧乏ゆすりを始めている。ヴァルカレスタの前でなければそのまま殺しにかかっていただろう。
「いや待て、そいつも中々良さそうじゃねえか、マグロなのはアレだがちょっと味見ぐらい……ブフッ」
 そんなキヴルスを手で制し、気持ち悪い笑いを浮かべるのはエイフラー・バンズラッチ。丸々と肥え太った体躯に、清潔感の欠片もない濃い顎鬚を生やした男である。
その目は先程の蛮行を経てなお、獣欲で滾っているのが一目で判る。これにはヴァルカレスタもゲンナリとした表情を浮かべる。
「……少しは節制というものを知ったらどうです、エイフ?」
 エイフラーの横に立つ長身の神経質そうな男――ピナモク・ハサモクも同感だったのだろう、深いため息と共に呟く。
「……ピナーの言う通りだ、エイフ。こちとら時間をやりくりしてお前らにレクリエーションを提供してやってるんだ。少しは我慢ってモンを――」
 知れ、と続けようとした矢先、その表情が一気に険しさを増し、部屋の入口へと視線が向けられる。いつの間に手にしたのか、その手には大槍が握られていた。
一瞬遅れてラシャトゥが、数瞬遅れてキヴルス、ピナモクが、最後にエイフラーを始めとする兵士達が弾かれるように反応し、戦闘態勢を取る。

第三次世界大戦初期 - イスリス

2016/12/02 (Fri) 22:31:00

  UK(イギリス)、イングランド、
  ロンドン、
  ウェストミンスター宮殿跡。

 
「?………??」

英国首相クロッケ・ドノーズは茫漠とした意識を纏め、現状の確認に努めた。
目に映るのは白い靄の掛かったような光景のみ。
体は……動かない。音も聞こえない。
夢かとも思い、会議中に寝てしまったのかと訝しむ。
早く起きなければ。
そう強く念じると意識が徐々に鮮明になっていった。
だが彼は其の選択をすぐさま後悔する。
全身に鈍い痛み、すぐに身を裂く激痛と化す。
叫び声を上げようとするも喉が焼き付いたように掠れ声しか出ない。
耳が周囲の音を捉え始める。
絶叫、悲鳴、命乞い、断末魔。
そして一際大きな笑い声。

「ハハハハ!! ハーーーーーハハハハハハハハハァっ!!!」

漸く視界が回復する。
……クロッケは、自分が瓦礫の中に埋もれている事、
其処が恐らく、先程まで会議中だった英国国会議事堂ウェストミンスター宮殿の議場だった事。
そして自分の手足が折れ曲がり、一部はもげている事に気付く。
警備はどうなった? 何をしている?
ミサイルか何かで攻撃されたのか? 自爆テロか?
傷みと恐怖に支配された頭でなくとも、其のどれもが不可解。
能力者を想定に入れた警備、防護を徹底させていたはず。
彼等の常識では有り得ない事態だが、其れも当然だろう。
其処にいるのは彼等の常識の範疇から外れた存在だった。

「……ぁ……」

這い蹲る死に体のクロッケの直ぐ傍に、炎の柱が立っている。
其れは怪物の足。全身が燃え上がるオランウータンのような怪物が、笑い声の主。

「これだ! これだこれだこれだ!!
 体が動く! 俺の体だぁあ!」

怪物が腕を振るった瞬間、世界が炎に包まれた。
クロッケにとって幸福だったのは、
あまりにも不可解な光景を前にして混乱を来たし、
英国壊滅という絶望を知る余裕さえなかった事と、
更なる苦痛の前に体が原子の塵と帰した事だった。

「うおおおおおおおお! あっちいいいいい!!!
 はははぁっ!! この俺様は強ぇーだろが!」

腕の一振りは歴史と伝統あるウェストミンスター宮殿を瞬時に溶解、蒸発させてしまい、
宮殿周辺をも飲み込んで巨大なクレバスに変えてしまった。
運悪く巻き込まれてしまった英国人達は何が起こったかさえ解らなかっただろう。
僅かな蒸し暑さを感じた直後に、街ごと溶けて飛散してしまったのだから。

「この、この『モイシス・トコアル』の力を見ろぉ!
 虫けら共おおおぉぉぉ!!」

 
前支配者モイシス・トコアル


イギリスの防衛能力は何一つ効果を発揮できずに終わった。
人類に『結晶能力』が齎された直後の能力者犯罪と同様、
『新しい力』に対して、其れまでの知識や経験は全く生かされない。
況してや『彼等』は、
結晶能力を十二分に扱えていた超古代火星文明でさえ持て余す手合いだったのだ。




  UK(イギリス)、イングランド、
  ウィルトシャー、ソールズベリー、
  ストーンヘンジ。

 
有名な巨石遺跡を前に、騎士が呟く。

「……遺跡か」

中世の甲冑を異形にしたような、そんな騎士の下半身は四つ足を備えた明らかな異形であり、
遺跡の調査を行っていたオカルト学生グループは、この突如現れた謎の異形騎士に泡を食っていた。

「な、何なんだアンタ。
 まさかアンタが……」
「グレイ!?」「エロヒム人!?」「レプティリアン!?」「ジヌー!?」「ヴリル=ヤ!?」

何か勘違いしてる学生達を無視して、
異形騎士はストーンヘンジの中央を見遣る。
彼の目は其の地下深くに埋没してしまった超文明の遺産を捉えていた。
トル・フュールの粛清によってエンパイリアンは地球へと追い遣られ、
こうして隠れながら再起の時を待っていた。
時代の流れの中で多くのエンパイリアンが脱落し、
無人となった遺跡が置き去りにされ、トマソンと化している。

「(ヴァンフレムとやらの言っていた通りだな。
  ……今のエンパイリアンは何も知らない赤子も同然。
  ふふ、面白い。このカードは後々我等の切札となるだろう)」

異形騎士が振り返る。
其処にいた筈の学生達はもう居ない。
立ち位置さえも其のままに入れ替わったように佇んでいるのは異形の集団。
異形騎士の魔力で変貌し下僕となった元・学生達である。
S-TAが『エネミー』と呼んでいた改造人間の類を、即興で再現したものだ。
こんな簡単な事さえも、S-TAは時間をかけて行わなければならないのだから、
何とも不便な連中だと呆れつつ、
異形騎士は手にした邪剣の切っ先を北方へと向けて言い放つ。

「北西へ……進め。
 ベイルス家とやらを滅ぼすぞ」

 
前支配者アウェルヌス


イギリスは混沌の坩堝と化していた。
数分前までは変わらぬ一日だった。
人々は能力者国家S-TAによる世界の変化を憂いつつも、
朝の陽光に包まれ職場へと向かい、賃金や上司に不満を垂れながら働き、
同僚と共に一杯引っ掛けて帰路につき、一日の疲れを眠りで癒す。
そんな変わらぬ日々。
だが今日が日常として終わったからといって、明日もまた同じになる根拠など無い。
世界は常に奈落と隣り合わせであり、一寸先は闇に他ならない。
惰性に日々を生きる者は其の瞬間と対面し、初めて己を悔いるだろう。



  UK(イギリス)、イングランド、
  サマセット、バース、
  ローマ浴場跡博物館。

 
「フハハハハハ!」

観光客で賑わっていたローマ浴場跡博物館に、男の笑い声が響き渡る。
英国で唯一、温泉の源泉が噴出した為、
旧世紀ローマ時代の一大温泉施設となっていた浴場は、今も湯張りされているが、
其処にあるのは、数秒前まで温泉だった……怪しげな泡の浮かんだ毒々しいなにかでしかない。
そんな液体を頭まで浴びながら浴場の中で独り燥ぐ男は、
実に楽しそうに笑いながら水泳の真似事をしてみせる。
半裸であり下半身に白い腰布を纏い、上半身には怪しげな古代文字らしき文様が刻まれている。
そして黒い翼のようなものが9枚ほど、その背後で妖しく翻っていた。

「て、天使様……?」

ローマ風の衣装を纏った係員が、謎の男を見て呟くが、
其の黒い翼は天使というよりは堕天使を彷彿とさせる。

「この身に遍く奔る血の流動……
 神経が私を此処へと規定し、内なる魔力は視界の端から端まで伸展する。
 全身を地へと押さえつけ確りと私を留めてくれる重力、
 涼風の心地良さ、肌を流れる水のこそばゆさ、何から何まで愛おしい!」

端正な顔に黒い長髪……美形と称して良い其の男は、
ふと思いついたように観光客達の方を見遣る。

「虫けらの諸君。
 私は今、頗る機嫌が良いのです! フフフ、無礼講と行こうじゃありませんか!」

堕天使の魔力を秘めた……爬虫類染みた目から、誰一人視線を逸らせなかった。
蛇に睨まれた蛙というべきか、あまりにも存在のレベルが違い過ぎる相手を前にして、
声をかける、逃げる、捕まえる、攻撃する、無視する、隣人と殴り合う等、諸々の判断を全て放棄してしまった。
何をすれば良いのか解らない。判断を放棄した彼等は唯の人形でしかなく、
正に其の在り方故に……堕天使の洗脳を受け入れ、
浴場に整列し、一斉に得体の知れない液体の中へと飛び込み始めた。

 
前支配者アゼラル


積み木を重ねる労力と比べ、崩す労力は無きにも等しい。
人を生かし続ける労力と比べ、殺す労力は無きにも等しい。
平和を守る労力と比べ、平和を犯す労力は無きにも等しい。
そして、そういった破局は大凡、極一握りの人間の意図によって行われる。



  UK(イギリス)、イングランド、
  サフォーク、レイクンヒース、
  レイクンヒース空軍基地。

 
「どうしたというの!?
 ロンドンは一体どうなっているの? 応援は来ないの!?
 天変地異? 其れともS-TAの攻撃っ!?」

アメリカ人の基地司令官キャリーが頭を抱えて絶叫する。
レイクンヒース空軍基地は英国の基地ではあるが、在欧アメリカ空軍の戦闘航空団のみが駐留している。
そんな彼等がいたというのにイギリスを攻撃されたとなれば大問題だし、
況してや首都ロンドンがどうにかなってしまったとなれば……
だが、キャリー司令官の問い掛けに応えられる者などいない。
ロンドンから放たれた熱波は遠く離れたサフォークにまで及んでいた。
電波障害に加えて結晶通信も沈黙……
S-TAからの攻撃が真っ先に想像されたが、防空網は何も捉えていなかったし、
瞬間移動能力だとしても結晶能力者による妨害を素通り出来るとは考えられない。
……結局、彼等もそう。
慮外の超常を受け入れ分析する程の柔軟さ……荒唐無稽さを持ち合わせてはいなかったのだ。

よって彼等は目の前にある光景もまた信じられなかった。
滑走路に現われた異形の存在を。

「くっくっく……愚かな人形共よ。
 神の降臨である。
 恐れ戦き敬うのだ!」

其れは最初、野良エネミーだと誰もが思っていた。
見た事のない種類だが、基地の中に踏み入った以上は排除しなくてはならない。
念の為、麻酔銃で捕獲を試みるが……
どういう訳か、異形の直前で銃弾は力を無くしたように静止し滑走路に落ちてしまった。
異形は狼狽える米兵達の許へ悠々と歩み寄っていく。
恐怖に駆られれば後はお決まり。
能力者米兵による異能、銃による集中砲火、
野良エネミーが喰らえば跡形も残らないような攻撃も、
其の全てが異形の目の前で無力化されてしまう。
目を剥く米兵達をせせら笑うよう、異形は口を歪めながら指を一本だけ立てる。
爪先に収束された魔法弾は、その小ささに反して太陽のような輝きを放ち、
周囲は真昼よりも尚明るい、暴力的なまでの光に晒された。
裸眼で見た米兵達は瞬時に目を焼かれてのた打ち回り、
放たれた魔法弾が基地に着弾すると同時に、全ての苦痛から解放された。
衛星高度からでも視認観測できる程の爆発は、
一撃でレイクンヒース空軍基地を地図から消し去ってしまった。

尋常ならざる力の怪物は、クレーターとなった基地跡を見渡し、
己の力の極一部に過ぎない其れで脆くも崩れ去った人間達を嘲笑う。
其の傲慢さと油断は、
異形が踵を返した直後に結果となって現れた。
地面を砕いて異形の背後に現われたキャリー司令官である。
だが其の体は先程までと違い、全身がグツグツと煮立つ溶岩のような人型となっていた。
彼女は、能力者である自覚を持たない能力者だった。
異形の恐怖、部下の死、生命の危機、感情の爆発……後、出来れば少女、
そういった、後天的な能力覚醒……通称『イヤボーン型覚醒』に必要な条件が揃い、
此処に能力者キャリーが誕生した。
其の力もまた目前の脅威に立ち向かう為のものであり、
『受けた力を自らの力に変える』。
……あまりにも巨大な力を受けた為、
後数秒もしない内に自壊するであろう自覚があったのか、なかったのか。
確実なのは、キャリーは自己の変化さえも思慮の外に放り投げ、
命全てを賭して憎き異形へと特攻を仕掛けた事だけだ。
異形が放った魔法弾と同等の破壊力を秘めたチャージアタックにより、
キャリーは爆散……クレーターの上にクレーターが上書きされた。
彼女が命を捨ててまで成し遂げたのは、其れだけだった。
掠り傷一つ無い異形が事も無げに言う。


「フッ……そんな攻撃、我には効かん」



前支配者カンルーク



積み上げて来た如何なる理屈も通用しないイレギュラーによる破滅は、
イレギュラーの排除によって回避できる。
そう考える者も多い。
だが現実はイレギュラーの侵攻を許し、今まさにこうして英国が崩壊に追い遣られる。
イレギュラーの発生は其れ其の物が『流れ』であり、
既存の世界が硬直しないように働く『ごく当然で真っ当な機能』に過ぎない。



  UK(イギリス)、イングランド南部、
  イギリス海峡海上。

 
「やれやれ、困ったものだ。
 マハコラとの契約を解っているのか?」

マハコラが前支配者にまず与えたのは会話用の霊体。
そして会話が出来るようになってから、マハコラの幹部が交渉を仕掛けて来たのだ。
『肉体を与えるので、ベイルス家という一族を滅ぼして欲しい』と。
容易い話だ。
何より、肉体さえ手に入れば後はどうにでもなる。
其れだけの力を持っている。
そして、
其れだけの力を以てしても、肉体が無ければ何もできない。
『怨敵』に付けられた呪い……傷跡は深刻な域にあったのだ。
マハコラが前支配者に提供するといった肉体には、幾つかの制限があったものの、
前支配者の肉体に対する渇望は、マハコラに対し『YES』以外の返答を許さなかった。
そして顕現。
目の前にいた4人こそが前支配者との契約者。
リヴァンケという仮面の男、バルハトロスという白衣の男、
ヴァンフレムという髭面の男、マチルダという白衣の女。
この4人とS-TA……良い手駒になるだろう。後で『直属』にしても良いかも知れない。
肉体を得た前支配者も、今という時代についての興味は多少あるし、
何より早く体を動かして暴れたいという衝動があった。
其処に来てマチルダが前支配者の行動予定前倒しを告げ、
こうして彼女の要請に応じイギリスに赴いたという次第だ。
併し、地球の存在さえ知ったばかりの前支配者では、
正確なテレポートが出来ずに、多少の距離をおいてイギリスに顕現する破目になった。
しかも同志の内2名程が衝動に身を任せてイギリスの攻撃を行っている。
イギリスは敵国という事らしいが、別にマハコラからイギリス攻撃を推奨も禁止もされていない。

「ま、良いか。
 この島を平らにする程度で我慢するだろう」

そんな前支配者の中にあって、ヘルルの立ち位置は聊か奇特だった。
他の前支配者達が己の力を最大限に発揮できる肉体を所望したのと違い、
ヘルルは自分の体として霊体のみ欲した。
確かに前支配者ならば、この霊体だけでも十分な力があるのだが、
やはり肉体がなければ出来る事に限界がある。
事実、今のヘルルの戦闘力は精々が下級神魔クラス。
今のイギリス軍でも本気を出せば倒せてしまいかねない程度だ。
尤も、前支配者にとって肉体の死など大した意味もないが。

「なんたって馬鹿馬鹿しい。
 まただよまた。
 力に群がるバカ、バカ故の失敗、バカばかり。
 火星の頃と全然変わっていない」

古代火星人は自分達が作り上げたシステム・セイフォートを用いて絶対の権力を持とうとした。
だが……結局、人間という有限の者は、セイフォートという無限を扱い切れなかった。
絶対の力を備えた火星王となる筈だった7人は、無限に触れた事により有限に過ぎない己の器を破綻させた。

……人が未来に進むとするのは未来に可能性を見出せるからだ。
だが其の未来が奈落だと『知ってしまえば』、もう未来には進めない。
非力を知り、思い通りにならないからこそ力を求める事が出来る。
だが超常の力を持った者は自分の完全性故に目的を喪失してしまう。
有限の器は『虚無』を目指す事が出来ない。受け入れる事も出来ない。
其処に意味を見出せなければ次の一歩さえ踏み出せない。

無知こそは幸いだった。
非力こそは幸いだった。
有限こそは幸いだった。

「そう思える私は……軽症だったという事かな。
 ゼムセイレスは人形状態、
 アゼラルはもう吹っ切れちゃって暇潰ししか考えてないし、
 アウェルヌスは一縷の望みを託して『鷲ども』の世界なんかを求めてるし、
 他の皆も五十歩百歩。なのにまだ……まだ、また、こうして引っ張り出される」

いっそ他の6人と同じくらい重症にさえなれれば、
このような煩悶を抱え込まずに済んだだろうにと自虐する。
異界の魔王・前支配者という肩書と不相応な其れも或る意味仕方が無い。
時の縛りさえも失った彼等には、狂う以外の選択肢などないのだ。
人とは可能性そのものだ。
殺すのは人の持つ可能性。
生かすのも人の持つ可能性。
憎むのが人の持つ可能性ならば、
愛するのも人の持つ可能性だ。
人は其の全ての可能性の中から己の意志に合致するものを決定し、己を定義し、
そして最後の時……死を以て後世の他者からも決定される。
其処に時の縛りが無ければ?
永遠の時を愉しめる?
違う。
あらゆる可能性が暴風の如く己を削り散らしていく他無い。
時が無い以上、この拷問に終わりも無い。
よって変質する以外の道を持たない。
選択肢に満ち溢れながらも選択肢が与えられていない。
永遠に決定されないと永遠に決定される。
其れは恐らく『永焉』と呼んでも良い虚無の地獄であった。

 
「……死にたい」



前支配者ヘルル・アデゥス



人類にイレギュラーが存在しなければ新種の病一つで全滅に追い込まれる危険性さえ否定できない。
異なる存在故に種を保存できる可能性が高まるならば、
そのイレギュラーが起こすであろう凶行や混乱など安いもの……という訳だ。



  UK(イギリス)、イングランド、
  オックスフォード。

 
「ち、畜生!
 何だっていうんだ一体っ!?」

肩で息をしながら其の場に崩れ落ちた男が叫ぶ。
さっきまで街は平和だった。
尖塔の街として多くの聖堂を抱え、
観光客と彼等を相手にする商売人で賑わっていたオックスフォードの面影を、
今の、地平線まで続くような荒地から想起する事は出来ない。
茂みで日光浴をしていた男が見たのは、天から降って来た翼を持つ獣……
『Hope』の影響で現れた神魔の類に、こういった神獣がいる事は知識として知っていた。
だが、其の力は……
光のような翼の一振りで聖堂を、人々を消し飛ばし、街の地形さえも変えてしまった。
しかも空からは野良エネミー達が、まるで先の神獣に率いられているかのように整然と飛来し、
何とか生き残った人々を無差別に襲い始めたのだ。

「ひぃ!」
「もう……駄目だぁ!」

逃げ出した住人達はエネミーによって追い立てられ、北方の平原で包囲されるに至る。
視界を埋め尽くす絶望の群れは、どういう訳か此処に来て動きを止め、
続いて一部が左右に分かれるようにして一体の異形の為に道を開ける。
言わずもがな。
エネミー達を統率しているらしい神獣だ。

「生き延びられたのは、これだけか……
 使えそうな魂も無い。
 処分だ」


前支配者プロノズム



神獣が翼を振り上げる。
オックスフォードの街を粉砕してしまった先の一撃を受ければ、
この数百人程度の民衆は一人残らず息絶える。
民衆も其の事は理解しており、己の死を覚悟して強く目を閉じて最後の一撃を待った……が、

「?」

突如の爆発を受けてエネミーの一団が消し飛ぶ。
轟音で一時的に耳が麻痺した民衆達が何事かと周囲を見遣ると、
西の空にぽつぽつと浮かぶ幾つもの影が目に入った。
其れが小型空中戦艦の群れであると気付いたのは、
更なる砲撃でエネミーの包囲が破られてからである。
事態の把握に努めていた民衆の脳は、空中戦艦らをイギリス軍と認識し、
我先にと包囲から抜け出し戦艦の方へと向かっていく。

《愚民共よ。もう恐れる事はありません》

戦艦群の先頭にある一際大きな空中戦艦が、
其の巨体にゴチャゴチャと取り付けられた拡声器でもって民衆に応える。

《私はディノラシオール……
 ディノラシオール・ヌマ=カイセ・チャーヤム。
 これからイギリスに代わってお前たち愚民共を導き護ってやりましょう》

声の主は妙に……この異常事態に何ら狼狽えた様子もなく涼しげに言ってみせる。
冷静に考えれば、其の言葉の内容には疑問符が付くはずだし、
神獣の恐るべき力を知る民衆が、これしきの戦力では安心できない事も知っている。
だが、其れでも……この訳の解らない絶望的な状況に現われた友軍だ。歓迎出来ない訳がない。
そして……

「……」

件の神獣は無言で戦艦群を眺め、
其れ以上は何もせず、翼を広げて北へと飛び去ってしまったのだ。
指揮下にあったエネミー達も慌てて神獣を追って走り去り、
瞬く間にオックスフォードの地から異形の存在が一掃されてしまった。
民衆達は其の急な展開の移り変わりに暫し茫然とし……次に歓声を上げた。

「……お、おおおおおおおおおおおおおおおっ!!?」

訳が解らない。
だが其れは最初の異形の降臨の時点でそうだった。
理不尽な災厄を、理不尽な僥倖が掃った。
……其れは本来、受け入れてはいけない代物。
理を以て掃うからこそ、理不尽な災厄も理に組み込まれる。
だからこそ次の災厄も同じよう理で以って掃えるのだと知る事が出来る。
だが、理不尽を理不尽で掃う事を受け入れてしまえば……
其処には理ではない、別の何者かが居座ってしまう。

ディノラシオール家……英国の理に代わって居座った何者かであった。
恐らく其れは『宗教』と呼ばれる。


 
世界は無変化を拒む為、常に変化を求める。
イレギュラーは世界に望まれて誕生し活動する。
世界は秩序ではなく混沌を望んでいる。

Re: 第三次世界大戦初期 - イスリス

2016/12/09 (Fri) 22:46:38

  S-TA、セントラル州、
  首都エルダーシング・シティー、
  大統領府、会議室

 
「一体、一体どういう事だこれはっ!?」

S-TA最高幹部の緊急招集で真っ先に呼び出されたのは、、
マチルダ、オルトノア、ヴァンフレム、リヴァンケら、前支配者復活に携わった面々だ。
怒髪衝天。
アデルの全身から迸る気迫に、流石のオルトノア達も余裕を色褪せさせて表情を引き締める。
癇癪を叩きつけて自分の席を粉砕した為、
独り会議室で直立したままアデルは興奮の自制を試みる。
併し容易にはいかない。
震える肩、其のまま己の掌を砕いてしまいかねない拳固、
罅が入らんばかりに噛み締められた奥歯、顔面の表情筋がどうしても内心を表現してしまう。
対ベイルス家用の作戦を立案中だったというのに、
どういう訳か、前支配者達は勝手にイギリスへと侵攻。
そしてイギリス壊滅……
想定外にも程がある。

「貴様らァ……
 私を一時だけでも納得させられる言い訳ぐらいは、
 当然、用意してあるんだろうなぁ……?」

重鎮達はイギリスから降伏を得られない状態になった事を問題視していたが、
アデルにとってイギリス壊滅はどうでも良かった。
所詮は非能力者に与する、遅かれ早かれ淘汰される古い国家だ。
仮に降伏されようが、其れを受け入れる積りも条件を付ける積りも無い。
四の五の言わずに滅んでくれれば其れで良い。
アデルにとって問題なのは、前支配者が全く制御下に置かれていなかった事だ。
解り易い力だし、制御の目途もあったとマチルダ達が大口を叩いていたというのに、
これでは役立たずのシステム・セイフォートと何ら変わりがない。

会議室に備え付けられたモニターには、
前支配者達の視認した光景が投影されていいる。
絶大な力……其れは解る。一目見て解る。
だが其処にS-TAの道具としての有用性を見出す事は不可能に近い。
イギリス国家中枢を消滅させて高笑いしているモイシス・トコアル、
ただ戯れに人間を操っているだけのアゼラル、
其処等辺をクレーターだらけにして踊ってみせるカンルーク、
街々を襲って無差別に市民を殺し回るプロノズム、
何もせずただただイギリスの惨禍を眺めているヘルル・アデゥス、
話にならない。
黙々とベイルス家に向かっているアウェルヌスなどは例外と言っても良い。

「……この失態については我々一同、申し開きの余地も御座いません。
 併し、責任の追及はいつでも出来ます。重要なのは一刻も早く前支配者を止める事です」

「むぅ……」

アデルとしてはイギリスなどはブリテン島ごと消し飛んでも一向に構わないのだが、
能力者国家S-TAが無差別攻撃を行う事によって、
世界中の非S-TA能力者達から不興を買うのは今のところ避けたい。
飽く迄、前支配者は制御可能な力であり、
イギリス崩壊もS-TAの想定内としておかねば、
無差別攻撃を恐れた非S-TA能力者達が非能力者陣営に加わってしまう可能性がある。
能力者による能力者の為の能力者による国家S-TA……というコアバリューが崩壊しかねないのだ。
戦争初期に於いて、それはマズイ。

前支配者達の肉体にはS-TA側で制限を与えられており、
全力を出せなかったり、S-TAには攻撃できなかったり、
活動限界時間が設けられていたりしているはずなのだが、
現状の暴走を招いた結果から、とても信頼できるものではない。
前支配者が何かの気まぐれで、
大陸をも瞬時に滅ぼすとさえ伝えられる力を発揮してしまえば……
もう能力者国家どころではない。
最悪、S-TAまでもが巻き込まれて消滅してしまう。
前支配者の力の程はモニターの映像で嫌でも解ってしまう為、
其の最悪の事態を脳裏に浮かべるのは容易……
今更ながら前支配者の召喚は下策だったかと汗みずく面々。
其処に……

「?
 ……な、何だこれは?」

其れは前支配者プロノズムから送られた映像だった。
プロノズムの前に立ち並ぶ無数の空中戦艦は、
最初イギリスの軍が前支配者鎮圧の為に出動したものかとも思えたが、
機体の何処にもイギリス所属を示すペイントが見当たらない。
一体何者かと訝しむアデルだったが、
其の正体を考えるよりも先に、戦艦側が名乗った。『ディノラシオール』と。

「あのディノラシオール家か!?」

イギリスを拠点とする大手エンパイリアンだ。
S-TAに参加していないという点はベイルス家と同じだが、
ベイルス家と違って隠居している訳ではなく、其れなりに勢力は強化していた。
群なす空中戦艦が其れなのだろうが……
この程度ではプロノズムの翼の一振りで全滅してしまうのが眼に見えている。

「(ディノラシオール側もプロノズムの力は見ていたはず……
  何故、こんな自殺行為を?
  ……というか、この艦隊はプロノズム用に出撃させたのか?
  イギリス軍でなくとも対応が迅速に過ぎるぞ……?)」

疑問符ばかりで満たされるアデルの脳内議場など知らぬとばかりに、事態は動き続ける。
恐れる者など無いはずのプロノズムが何を思ったのか、
ディノラシオール艦隊の前から逃げ出すように飛び去った直後、コール音。
何の音だと一瞬、モニターに目を凝らすアデルだったが、
直ぐに映像の中ではなく、現実のS-TA会議室に緊急の通信が入った事を理解した。

《アデル首相! イギリス国営放送がジャックされています!
 テロリスト集団が全世界に向けて声明を発表しました!》

続いて映し出されたのは……ディノラシオール家の当主。
其の作り物めいた端正な顔は、何処か隔世の感を抱かせる浮世離れした微笑を湛えていた。
同じ世界を共有できていない或る種の優越感、物乞いを内心では見下しつつ手を差し伸べる類の余裕、
ブラウン管の中の犯罪者を評論する大衆の如く、其の顔は自らの絶対的な安全と優位を疑っていない。

《哀れで愚かなる諸君。ごきげんよう。
 我等は『反乱軍』です。
 何に対する? この理不尽な世界に対する反乱軍です。
 能力者と反能力者の軋轢による戦争だなど下らぬ戯言……
 結晶を独占しようとする国が醜く争っているに過ぎません。
 この惨状は全て『旧』政府の暴走の結果です。
 彼等の行った非人道的な能力者実験の暴走によるものです》

ブチ撒けられた陰謀論は稚拙にして眉唾。
到底、世界に向けて発信して良いようなレベルのものではない。
明かなデマゴーグ。
だが、英国政府は既に壊滅しているし、英国軍もすぐには来れない。
現状の寄る辺ない英国市民達を其のまま抱え込む一種の洗脳劇場が成立してしまっていた。

《これら悪逆な国家共が能力者排斥運動に便乗しているに過ぎず、
 我々は其れを憂いて立ち上がったのです。
 最早、イギリスなどという国は存在しない!
 これから我々が正しい国を築き導かねばならない!
 私、ディノラシオール・ヌマ=カイセ・チャーヤムは、
 此処に『ベルトン』国の新生を宣言する!》

ディノラシオール家がエンパイリアンである事を知るアデル達からすれば、
この放送の意義もエンパイリアン御約束の国家乗っ取りと理解も出来る。
だが問題は其処ではない。

「……馬鹿な、どういう事だ!?」

まるで、
前支配者の襲撃を予め知っていた……
そうとしか思えないような対応の早さ。
そして顔面蒼白になったマチルダの脳裏に浮かぶ第二の問題。

「そんな……有り得ない……!
 だ、だって……」

「「「だって?」」」

掠れたマチルダの、首を絞められた鶏の悲鳴にも似た呟きに、
ヴァンフレム、リヴァンケ、オルトノアが声を揃えて先を促す。
其の眼は酷く乾いており何の感情も読み取れず、それどころか逆に、
眺められているだけでマチルダの中に渦巻く諸々の秘密が吸い取られてしまいそうだった。

「い、いえ……は、早いなと……」

玉のような汗を浮かべて毒にも薬にもならない感想で誤魔化すマチルダ。
『だって……』前支配者投下を前倒しにしたのは完全にマチルダの独断だ。
他の連中に感付かれない内に前支配者を処理すべく、
JHNを使って前支配者の認識を操作し、イギリスに特攻させた。
この日、この時間に前支配者がイギリスを攻撃する事実を知っているのは、
全ての黒幕であるマチルダのみ……の筈なのだ。

「(どういう事!?
  しかもプロノズムの奴、明らかにディノラシオールって奴への反応がおかしい!)」

数分前までJHNで前支配者を支配出来ていると確信していたマチルダは、
其の自信を粉微塵にされたショックを受けつつも状況の整理を行う。

「(確かディノなんたらはクリスとかいうのと交渉してたって奴よね?
  S-TAから遅かれ早かれ攻撃を受ける事は読めていたかも知れないし、
  あれだけの戦力を整えていたのも……まぁ、解らなくはないわ。
  オーディア家なんかも奥の手のバケモノを所有してるって話だし。
  でも、でもタイミングが良すぎる。しかもアイツ、英国崩壊をもう知ってやがった……
  ……まさか、前支配者に付けた機能が何かに利用されている?)」

マチルダがカリプソを使って前支配者に施した仕掛けは次の2つ。
①JHN音波受信型……特定音波によって対象を操作する。音波は通信を介しても有効。
②通信機能……マチルダから一方的に前支配者に通信を仕掛ける為のもの。
やはりというか、JHNが最も怪しい。
確かにJHNの支配力は強い。だが、この特定音波というのが厄介な所でもある。
要は同じ音波を使えば第三者でも干渉可能だし、そうなれば予測不能な行動に出る可能性もあるという。
ディノラシオール達がこの音波を発していたとするなら、プロノズムの不可解な撤退も一応は……

「(いやいやいや、有り得ないでしょーが!?
  音波周波数は私が設定させた! ディノなんたらが知れる所じゃないし!)」

となればもう、考えられる可能性は限られる。

「(カリプソ……アイツ、何かポカやらかした?
  そ、其れともカリプソこそが……)」

前支配者を支配していたというのが思い込みに過ぎなかったよう、
男を支配できるという事さえ思い込みに過ぎなかったのか?
どんなに恰好を付けようが一皮剥けば所詮大同小異のオスに過ぎないという、
男への蔑視が多分に含まれた評価は、これまでのマチルダの経験則から来るものだった。
今までそうだったから、今度もそうなる。
マチルダは其れこそが再現性を重んじる理論的な真実だと思い込んでいた。
だが根っこを発見しないままでいた。
何故そうなるのかの原因を無視して自分の優位に酔っていただけ。
結局、原因を見ずして結果を語る事は出来ず、
逆に其の因果がこうしてマチルダの前に立ち塞がるように現れた。

「……ま、まずは前支配者よ。
 何とかして止めなきゃ」

S-TAの機械工学者でありマチルダが手先にしていた男、カリプソ……
此処で彼についての話題など出せる筈も無い。
カリプソの行動を調べれば、連鎖的にマチルダの独断に話が来てしまう。
よってマチルダはディノラシオールの行動から注目を逸らすべく、前支配者の危険性を強調した。

「うむ、S-TA側の通信は依然、受け付けていないのか?」

「ええ……何の応答もないわ」

マチルダの仕掛けた専用回線とは別に、
S-TAが同意の下、前支配者の肉体に仕掛けた通信機能も沈黙。
こうなっては……

「こうなっては、直接口頭で前支配者に撤退を指示せねばなりませんな」

街を一瞬で蒸発させたりする怪物達の傍に行って……
あまりにも無謀だし、そもそも前支配者が従わない可能性もある。
此処にいる重鎮達の誰もがリスキーな案だと思うのは当然。
だからこそ、其の案をヴァンフレムが提唱した事に、全員が彼の正気を疑った。

「……誰が行くというのですか?
 前支配者が顔を知っている人間はそう多くないはずですが……」

顔見知りでなければ前支配者を余計に混乱させかねない。
併し、此処の最高幹部が出向かねばならないとなると流石に危険が過ぎる。
本人は周囲に隠しているが、この中では最も戦闘能力の高いリヴァンケでさえ、
何をするか予測不能な前支配者との対面は、
入念な準備期間を設けて行わねばならないと考えている程だ。

「ええ、人間はそうですな」

そう言ってヴァンフレムはカードを切った。

「事後報告になって申し訳ないのですが、
 個人的な興味から前支配者アウェルヌスに新型エネミーの製造を依頼しておりました」

「!?」

マチルダが把握していない事件だ。
眼に見えて狼狽えるマチルダ。
エネミーの製造? そんな大それた事をやらかす時間を与えた筈はない……そう言わんばかりに。
だが、其れこそマチルダの認識不足だった。
そもそも世界に於ける異物とでもいうべき力を保有する前支配者なのだ。
彼等を現世でも理解する為の物差しを用意せず、作る時間さえ与えなかったのだから。

「驚いた事に、アウェルヌスは一瞬でエネミーを構築しましてね。いやはや素晴らしい力だ。
 まぁ詰まり『彼奴の作品』がS-TAにいるという訳です。
 こやつらを使者にしましょう。
 我々の内の誰かが行くよりは安全でしょう」





  S-TA、セントラル州、
  首都エルダーシング・シティー、
  S-TA領内マハコラ・エーテル研究学府最高機関、霊魂部門研究所。

 
ヴァンフレムの先導で一同は霊魂部門の研究所に案内された。
バルハトロス、マチルダ、リヴァンケさえも其処に足を踏み入れたのは今回が初めてだ。
霊魂研究などという馴染みの薄い学問だが、研究所の中はそう奇抜なものではない。
病的なまでに白い部屋、閉め切られた窓には結界用の呪符が貼り付けられた鉄格子、
並べられた椅子にベルトで固定された被検者達は、大戦の捕虜だ。
不測の事態で滅ぼしてしまったイギリスを抜きにすれば、
現在、S-TAが明確に戦争行為を仕掛けたのはギリシャのみ。当然この捕虜もギリシャの民だ。
ギリシャ最強の特殊部隊『聖ント』を束ねていた幹部アテナ……
だが非能力者な上に、当の聖ント達から疎まれていたらしく、
半ば見殺しにされるような形でS-TAの捕囚と化し、霊魂研究の実験体にまで零落れていた。
涎を垂らしつつ胡乱な目で宙を見遣る其の姿、
そして只管に無味乾燥で清潔という印象以外残らないであろう部屋は、
霊魂学発足以前の世界と照らし合わせれば精神病院が一番近似している。
そういった連想から……

「霊魂って、精神とは異なるの?」

……と、マチルダから率直な疑問が向けられた。

「ふむ、昔の或る霊能者がこのような事を言いましてな……
 『精神』が無い訳など無い。なのに科学者は其れを取り出せない。見せる事も出来ない。
 よって実在確実な精神に何のアプローチも出来ない科学者よりも、霊能者の方が優れている。
 ……と」

「詭弁ですね」

リヴァンケが即座に切って捨てたよう詭弁だ。
精神とは物質ではなく機能そのものなのだ。取り出すも見せるも無い。

「脳の機能が心……精神なのであって、精神と言う物体が存在している訳ではない。
 前支配者の精神体とて、精神と言う物質が存在しており其れで形作られたものという訳ではありません。
 精神は飽く迄、機能。其の機能を果たすサーキットを便宜上、精神体と呼んでいるに過ぎません。
 併し『魂』は異なります。
 我々人類に深く刻み付けられた……バックアップ。
 物質に拠らない、もう一人の自分とでも言いましょうか。
 いや……肉体が死しても霊魂は残り、併し霊魂無くして肉体の活動無き以上は……
 ……『霊魂』こそが真の我々と呼べるものなのかも知れませんな」

ヴァンフレムの思想はヒンドゥーのサーンキヤ学派に近い。
精神と物質の二元論、真の本質である精神プルシャ、偽りの主体である物質プラクリティ。
もし、そうならば続いて『絶対神の否定』『主物質界からの解脱』という思想もあるのかも知れない。
だがリヴァンケはヴァンフレムの目の中に灯る意思の影を見落とさなかった。
純然たる真理の探究者というよりは、もっと俗っぽい……
過去にリヴァンケが見慣れていた掃き溜めの悪童に近い濁った光。
世界に何の関心も持っておらず、未来も見据えず刹那的で享楽的……

「……」

やがてヴァンフレムはAR研究室という部屋に一同を招き入れた。
オルトノアとヴァンフレムが率いる霊魂部門研究所内では、
『AR』と呼称される極秘プロジェクトが発足していた。
どうもシステム・セイフォート絡みの機密らしく、
其の正体はヴァンフレムを含むオルトノアの側近達、及びS-TA首相アデルしか知らない。
部屋の内装は先程の精神病院染みたものと大差無いが、
椅子に座らされている『生物』は明らかに違う。
バルハトロスもリヴァンケもマチルダも知らない生物が2体。
バイオ研究所長と主任研究員、神魔研究所長、
彼等が揃いも揃って解らない……彼等の知識の範疇外にある異形の生命達だった。

「ヴァンフレム……其の、こいつらが……アウェルヌスが作ったっていうエネミー?
 ……でも、こいつらは……」

生命工学の権威マチルダは一瞬で理解した。
この異形達は既存の如何なる生物とも、改造人間の成れの果てであるエネミーとも違う。
所詮、改造人間であるエネミーの持つ歪さを感じさせず……
其れでいて異形の其の姿は成程、前支配者アウェルヌスの極めて高い技術の賜物なのだろう。
だが素体が人間ではない。定義から言えばエネミーとは異なる。
『人間によく似た何か』を用いたエネミー……マチルダの目にはそう映った。

「……神魔では、ないようですが?」

神魔研究所長リヴァンケは見抜いていた。
力に於いては下級精霊といったところであろう、この異形達が、
にも拘らず神魔精霊の類が持つ全ての力の根源『マガタマ』を何処にも有していない事を。
神魔精霊ではない。だがそんな生物が果たしてこの世に存在しただろうか。
ミラルカ達、吸血鬼でさえマガタマを保有しているというのに。

「廃品利用でしてね。お見苦しい点は御容赦を」

「……廃品利用? 何の……だ?」

バイオ研究所長バルハトロスは知っている。
ヴァンフレムが日本入りしてから何か重大なサンプルを入手した事を。
これが其の一端なのかと暗に問うが……

「企業秘密という事で一つお願い致します。
 何しろまだ完成さえしておりませんのでね……
 皆さんに同じようなものを使われては、私などどうしようもありません」

くくっと笑ったヴァンフレムに呼応するかのように、
椅子に拘束されていた異形が鳴き声を上げる。

「アキュウゥゥゥゥゥウ」

「前支配者の手を借りても、
 まだこの程度の出来とは、いやはやお恥ずかしい」

 
……

 
この2体の『使者』は、S-TAによって英国へと送り込まれ、
カールントン……ディノラシオールの一派がイプトと名付けた都市で前支配者と接触に成功。
S-TAからの指令を伝えるも、前支配者はこれを一笑して暴れ続けた。
そして其の直後に『使者』達はディノラシオール派の戦闘員達と交戦……死亡した。
併し時同じく前支配者が活動限界時間通りに休眠状態となった為、
一先ずの前支配者暴走の可能性は潰え、S-TAの面々も胸を撫で下ろす事になる。

……マハコラという組織に絡み付いた悪意の存在を、其の嗤笑を他所に。

Re: 第三次世界大戦初期 - イスリス

2017/01/08 (Sun) 14:53:12

結局、ベイルス家にまで到達したのはアウェルヌスのみだが、
直後にエネルギー切れになって消え去った為、何も出来ずに終わっている。
詰まり、前支配者復活は完全に無駄骨。
下手をすればベイルス家を刺激しただけかも知れない。

「……其の報告は確かか?」

《ええ、ベイルス家に動きはなし。
 でも例のクリスってお方が定期的に訪れてますわ》

覇王アデルの通信相手は、彼がイギリスに放った間諜ミスターユニバースだ。
2年後にユニバースはS-TA重鎮として原初の能力者ヘプドマスとなるが、今は唯の少年に過ぎない。
其の姿を利用してイギリスもといベルトンに潜伏し、ベイルス家に動きが無いか監視しているのだ。

「クリス……やはり交渉に成功したというのは間違いないか」

《ですが前支配者の一件……。
 あの暴れっぷりで欧州っていうか国連もビビってましてなぁ……
 今まで日和見決め込んでた連中も反S-TAに行きそうな感じですわ》

「そうか、其れは悪くないな」

アデルが欲しているのは人種戦争だ。
非能力者を駆逐する為には、非能力者との協力や交友などあってはならない。
バルハトロスなどにしても用が済めば早々に処分したいと思っている程で、
相手に手心を加えようとも思わない程に互いの憎悪の炎が燃え上がるのは望むところだった。
そしてミスターユニバースも似たような思想の持ち主だ。
彼もまた非能力者など皆殺しになれば良いと思う程の過激派であり、其れ故にアデルに見込まれている。
尤も……ユニバースは能力者に関しては『身内であり守るべき人々』と至極真っ当な考えをしており、
アデルとはやはり根本的な箇所で思想のズレがあった訳だが、今其れを知る者はいない。

《可能な限り戦争を穏便に終結させたいクリス欧州委員長は、
 ベイルス家の威力で以って戦わずしてS-TAを降伏させたかったでしょうが、
 こうなってはベイルス家の参戦は不可避。今度はクリスさんがベイルス家の存在に困る番ですわ》

前支配者による英国壊滅が世界に与えた衝撃は大きい。
あの圧倒的な武力がいつ自国に降り下ろされるか……
其の恐怖は非能力者陣営の大半を一致団結させて反S-TAへと向かわせた。
これは平和的な解決を望むクリスにとっては避けたい展開だ。
特にベイルス家が参戦に興味を示しているなどという話が非能力者陣営の知る所となれば、
彼等は嬉々としてベイルス家の超絶的な能力でもってS-TAを攻撃しようとするだろう。
ベイルス家を参戦させるべく今まで尽力して来たクリスの努力は、横から掠め取られてしまう。
しかも非能力者の敵意と憎悪とを晴らすという目的で。

「クリスは……奴は絶対に認めんだろう。ベイルス家を非能力者と合流させる訳がない。
 だが、ベイルス家との交渉を打ち切るまでは安心出来ん。
 非能力者共が独自にベイルス家と接触を試みる可能性もあるからな。
 監視の方を頼むぞ」

ユニバースとの通信を終え、
アデルは深く……様々な感情が斑と入り混じった溜息を吐く。
前支配者は休眠。行方不明。役立たず。
システム・セイフォートは危険。解析中。役立たず。
南極遺跡の他の遺産も大半は解析中。
当初の展望はもっと明るかった。
遺跡の遺産は今もオルトノアが復元中で、非能力者との戦争では大きな力となっている。
だが主力になるだろうと期待さえされていた前支配者が実のところ制御不能。落胆は大きい。

執務室の窓から外を見遣れば、
南極の寒々とした空と、狂気山脈の麓で広がるエルダーシング・シティーが一望できる。
結晶能力による気温調整があっても尚、肌寒さの残る南極の地は、
広く、冷たく……アデルの胸の内を象徴したような寂寥感に満ちて見えた。

「ふん、問題はない。
 オルトノアが復元した遺産だけでも充分だ。
 非能力者など一匹残らず蹴散らしてくれる」

其処に携帯端末からのコール音。
発信者の欄にはセシリアの名が表示されている。

八姉妹セシリア……
出身はアフリカだがネグロイドではなくコーカソイド。
旧世紀にイギリスの植民地だった地域の出らしい。
非常に掴み所のない独特な性格で、八姉妹の中でも浮いている方だが、
稀に、誰も気付かなかった事を鋭く指摘してみせたり、
極めて専門的な話に唐突に乗っかって新しい発想を披露したり、
何とも底知れない雰囲気を醸成している少女であった。
オルトノアやマチルダも、セシリアのそういった一面の能力は素直に認めており、
無能のイルフィーダと違って軽蔑はされていない。

南極のビクトリア・ランド基地の視察に向かっているはずだ。
というのもイギリス壊滅に伴い、オーストラリア辺りによる攻撃が予想された為、
そうなった場合、前線になるであろうという事からなのだが……

「私だ。どうしたセシリア?」

《アデル? あのね……変な人達が来てるんだけど?》

「変な人達?」

そりゃそうだろう。
能力者国家S-TAには、理想に賛同する能力者達が全世界から集まって来ている。
入国審査に弾かれず許容される程度の奇人変人はいるだろう。

《そうなのー。
 空間を割って瞬間移動みたいにして出て来たの》

「……!? え、S-TAの人間ではないのかっ!?」

瞬間移動能力者は希少だ。
其の全てはS-TAで管理されている。
アデルは其の所在を全て把握しており……
今、セシリアに接触するような予定の者がいない事を理解できた。
こうなれば其の瞬間移動能力者は、S-TA未所属……不穏分子か非能力者側の間諜ぐらいしか考えられない。

「護衛……は、ガウィーだけだったな……
 ぬぅ、そいつらは何人だ?」

八姉妹セシリアは、同じくアフリカで出会った能力者ガウィーと共にS-TAに参加しており、
このガウィーを護衛として側に置いているのだが、
彼の戦闘能力は軽い催眠能力と、槍による肉弾戦のみとアデルは記憶している。
実際に非能力者側の闘士を相手取るには戦力不足と見ていたが、
此処はS-TA。非能力者がおいそれと来れる場所ではないし、
八姉妹を妄信する国民達が危険になる事も無いとして護衛の質は気に留めなかった。

《4人よ。
 綺麗な人。何か可愛い猫耳みたいなのついてる♪》

屈託のないセシリアの言葉からは、何の緊迫感も感じられない。
こうなると、彼女の性格を理解しているアデルでも流石に違和感を覚える。

「敵ではないのか?
 装備は? お前達で対処できそうなのか?」

そう言いつつ、アデルは通信情報を保安部に回して兵の用意をさせる。
此方も瞬間移動能力者を動かして援護を差し向けたいが、連絡するだけでも多少の時間はかかる。
敵ではない事を祈りつつ……
併し、ならば一体どこの誰が来たというのかと、アデルの混乱は収まらない。

《えーっとね、敵対の意思はないんだってー。
 アデルと話をしたいみたい。『同胞を知らないか?』って言って来てる》

「同胞? ??
 ……解った。後で私が対応しよう」

やはり幾ら頭の中にある情報を並べ直しても推定不能。
既存の何がしかの勢力というよりは、完全に未知の存在と見做すべき……なのだろうか。
アデルはそう考え、結局のところ直接対面して話を聞いた方が早いと結論する。
希少な瞬間移動能力者を捨ておく訳にもいかないし、可能な限りは敵対もしたくない。
交渉の余地がある以上は身内にする事も不可能ではないとして、
アデルは護衛を伴い、謎の来訪者との対話に臨んだ。

Re: 第三次世界大戦初期 - イスリス

2017/01/08 (Sun) 14:59:02

「……どういう……事?」

マチルダは目を丸くして問い返す。
英国の一件が一段落した直後、彼女はカリプソに連絡を取ろうとしていた。
だが端末はコール音を延々と鳴らし続けるだけ。
直接出向いても其の影さえ踏めず、
遂に痺れと思いを切ってゴトリン博士に直接カリプソの所在を尋ねたのだが……

「だから、ワシのトコにはカリプソ某とかいう奴はおらん。
 オルトノアのトコじゃないのか?」


……


「カリプソぉ?
 いたかしら……そんな人?」

ンな筈ぁねーだろーがと叫びたくなる気持ちを抑え、
マチルダは深呼吸して、今にも何かの間違いで暴発してしまいそうな胸を擦る。

「なぁにしてるのマチルダぁ?
 遂に自分の頭でも弄った? おっかしぃ、クスクス」

そう言って笑うオルトノアの態度はペパーミントアイスに似る。
子供のような甘ったるさの中にも刺激を効かせ、
背中を撫ぜ擦られたような感覚に陥る程、言葉の中に冷徹さを秘めている。
口は笑っているが目が笑っておらず、
マチルダの次の行動を注意深く観察している。

「(こんガキャァア……しらばっくれてやがんの?
  ……其れとも本当に?
  うぅ、こいつの事はどうも読めないのよね……)」

「で、其のカリプソっていう男がどうしたのぉ?
 何か良い雰囲気になっちゃってたりするの? クスクス」

「ふっ……ふざけないで!
 何でこの私が男なんていう下等動物に……!」

ツンデレではない。心の奥底から男の事は蔑んでいる。
カリプソは無論の事、バルハトロスもヴァンフレムも宗太郎もリヴァンケでさえも、
マチルダは結局のところ、自分がその気になれば容易く籠絡できる低脳だと思っている。
だから、そんな低脳のカリプソが裏切るなど……あって良い事ではない。
裏切り者か、ミスを恐れて逃げた無能か、
いずれにせよ『言う事をきかないクズ』であり、
下手に動かれる前に始末しなければならない。

「(……いや、もう先手を打っている?
  ゴトリンかオルトノアか……もうカリプソから事情を聴いて、カリプソを庇っている?
  じゃあ、もう手遅れ? わ、私の……私の未来が……??)」

マチルダの預かり知れない所で話が進んでアデル達に到着……そのまま制裁されてしまう。
そんな妄想を抱き、内心で怯えながらも、
マチルダはS-TA内の研究員や機関員達を籠絡して情報収集を続けた。

超韓民国 - イスリス

2016/12/02 (Fri) 22:27:24

  超韓民国、首都ソウル、
  冠岳区、冠岳路1、
  新生ソウル大学。

 
「ふん……他愛もねぇ」

夜の帳の下、新生ソウル大学警備用のファラン型戦闘機兵を軽々と一蹴し、
本田グループの私設兵団である特殊工作ユニット『義外の霧(ぎがいのきり)』副隊長が吐き捨てる。

大商社・本田グループは非能力者派として大戦に参加している。
だが其の組織内部には既に能力者派の重鎮である宗太郎の子飼いが入り込み、
本田グループ総裁の座に宗太郎を座らせるべく工作中だった。
この『義外の霧』も既に宗太郎の私兵と化しており、
彼の密命を受けて此処、新生ソウル大学で作戦行動中だった。

ノーベル賞受賞者を称える予定の台座が立ち並ぶ塀を越え、隊は学内へと侵入……学長室へと突き進む。
この時間帯はターゲットである学長が孤立すると調査済みだ。
扉を蹴破り学長室に雪崩れ込むと、
巨大な絵画でカモフラージュされた隠し階段に、今まさに入ろうとした学長を発見する。
学長の周囲に立つ護衛のファラン型戦闘機兵は4体。
対する『義外の霧』は副隊長含め5人。
数のアドバンテージも得ているし、奇襲を仕掛けた側でもあるのだから、
戦闘などとはとても呼べない、雲耀のやりとりの結果は明らかだった。
何もできずに粉砕されたファラン型戦闘機兵の残骸に尻餅をつきながら、
新生ソウル大学の学長は、まるで侵入者の素性が解っているかのように副隊長へ悪態をついた。

「お、おのれチョッパリめらが……
 自分達が何をやっているのか解っているのかっ!?
 日本の歴史には、古代にまで遡る程、全ての部分に渡って我が民族の歴史が現れる……
 其の理由は我が民族が日本を作ったからでもあるが、
 日本の全ての文化が我が方から伝授されたものでもあるからだっ!
 詰まり貴様らは今、師匠に逆らって……がはぁ!?」

全く関係のない事を長々と語り始めた学長の腹に、副隊長の拳が埋まった。

「ふん、なぁにを現実逃避してやがるんだか。
 今の状況を良く見てから物を言え。
 後、俺ぁイエローじゃねぇよ。隊長に言え」

 
超韓民国……以前は大韓民国という名前の国だった。
度重なる失政により疲弊したこの国は、人類混乱期を乗り切る事が出来なかった。
長く続く無政府状態に突入し、各種資料原本が放火で焼失。
2105年にマイケル・ウィルソン米国大統領の尽力によって世界が一つに纏まった時には、
既に国家の体を成さない無法地帯と化していた。
真っ当な人間は外国に逃げ去り、大韓民国は人口減少でもって終焉した……
……かに見えた。

200年後に大韓民国の後継を名乗る国家が興った。
其れは500人以下という文字通り絶滅寸前にまで追い込まれた韓民族から成る集団であり、
「自分達は其の優れた資質による技術革新で人口減少を克服したので、国際社会に復帰する」と宣言した。
肝である技術とやらの実態は『国民のクローン生成』だった。
隣の日本を意識でもしたのか、其の人口は2億を超え、この偉大さを自賛し国名を『超韓民国』とした……が、
あまりにも大量のクローン製造は、復帰宣言と同年内に国家非常事態宣言を起こすに至る。
こんなにも大々的に宣伝していながらも、
無軌道に作りまくったクローンを統制する事が出来ずにいたのだ。
起こるべくしてクローン達による大規模暴動が起こり、超韓どころか周辺国を巻き込んだ大混乱が発生した。
これがクローンマゲドン。
人類史に残った茶番だが、
当時の識者は「彼等が如何にして大量のクローンを安定して製造する技術を得たのか」不思議でならなかった。
其処に組織マハコラの影響があった。

マハコラは『結晶』の到来を予め知っていた。
エンパイリアンの継承した記憶の一部に、最初の結晶『Hope』の到来が予言されていたからだ。
『其の年、天から我等の力が降って来る。
 嘗て世界を支配していた偉大なる力が我が子ら一人一人に宿るだろう』と。
長年を経て劣化した内容だが、其の予言は的中していた。
やがて人類は能力を持つようになる。其の前にマハコラがすべき事は、
世界が平穏を保つために、事前に能力者の対策を行わせる事だった。
だがこれは言うほど簡単な話ではない。
何しろ能力の具体的な情報が、エンパイリアン継承情報でも多岐に亘り、
対策を練るために大量の実験体、大規模な施設が必要になる。
そして実験の内容的に、可能な限り秘密裏に……非エンパイリアン人類に気取られぬよう進める必要があった。
其処でマハコラが目を付けたのが旧大韓民国だ。
マイケル・ウィルソンによる世界統一が成ってから日も浅い当時、
荒廃しきった土地で細々と暮らしていた韓民族に、
「栄光ある韓国を復活させる」などと言って説得、使役し、
旧ソウル大学地下にマハコラの秘密基地を拵えた。
そして国際法で禁止されたクローン研究を続け、大韓民国を復活させたのだ。
……人口規模だけは。

ほぼ人体実験目的で造られたクローン達に真っ当な品質など望めはしない。
研究するだけしたマハコラは、この大量の産業廃棄物達を恩着せがましく韓国政府に押しつけ続けた。
しかも韓国政府はクローン達の品質を碌に確認さえせず、世界に向けて超韓民国の国際復帰を宣言……
結果は御覧の有様だった。

マハコラとしては韓国との付き合いは、このクローンマゲドンまで。
其れ以降、関わる事はないと思っていたし、故に動向も一切感知してなかった。
だから、この事件は起こってしまったのだ。


 
腹を殴られた痛みで蹲る学長の前髪を掴んで、無理矢理視線を自分に向けさせると、
副隊長は片手で超振動ナイフを取り出して凄んで見せる。

「おい、『玲佳』嬢は地下だろう? 案内しろ。
 早く従えば其の分、五体が残るぞ?」

八姉妹・玲佳が韓国で消息を絶った。

彼女は元々、韓国の貧民の出であり、
日本に密航し、本田グループ総裁に養子として迎え入れられた。
其の数年後、慈善活動中にゼノキラと接触、彼女に見出されS-TAとの協力を約束した為、
アデルによる開戦宣言時にはS-TAに不在ではあったが、八姉妹として名を連ねてはいた。

……事件は、S-TAの能力者軍がアジア圏に纏まろうとした時に発生した。
玲佳がS-TAに合流する前、祖国である韓国へ舞い戻ったのである。
アジア圏がまだ戦火に包まれる前に親の顔でも見たかったのか……だが彼女の思う通りに進まなかったのだ。
本田グループは、養子の失踪に動転、
特殊作戦ユニットに総裁の命が下り韓国中を捜索……
ソウル大学で玲佳が監禁されている事実を突き止め、
そして今回の救助作戦という流れである。

本田グループ的には、S-TA能力者軍の兵が韓国近くにまで迫っている為、
やや強引且つ性急にでも玲佳を取り戻したかった。
だが宗太郎の息が掛かっている、この『義外の霧』はというと違う。
何しろ中身は能力者側だし、玲佳をS-TAに送り届けるまでが仕事なのだ。
というより、S-TAの侵攻に合わせて奪還作戦を実行している。
早急に玲佳を救出し、S-TAの本隊へと合流しなければならない。

「わ、解った! 解ったから暴力は止めろっ!」

学長は先までの威勢が嘘であるかのようにあっさりと降参し、
今度は「アイゴー」と目に涙を溜めながら事情の説明を始めた。

「……き、聞いてくれ。
 私は元々、彼女を返す積りだったんだよ!
 其の為に残らされていたんだから当然だ! 疑っているな其の目は!
 誓って本当だ! 私は彼女を君達に引き渡す為、地下に降りようとしてただけなんだ!」

見え透いた嘘を言うなと、脳が沸騰しそうになりながらも、
学長に反抗の意思がないと見て、副隊長は事の真相を明かすべく問い掛けた。

「玲佳嬢を誘拐して何を企んでいた? 何をしたんだ?」

「……うっ、……その……私は違うんです。
 全部、ま……
 ……あ……ああああっばら!!?」

次の瞬間、学長の頭部が爆ぜた。
狙撃? 何処から? 隊員達が近くの物陰に散開して警戒するも何も起こらない。
神経を尖らせて周囲の気配を探るが無駄な事。
やがて物陰から顔を出して学長の死体を見遣ると、
丁度、学長の頭があった部分で脳漿を纏いながら蠢く何かを確認できた。
一瞬だけ我が目を疑った『義外の霧』隊員達だったが、
すぐに頭を切り替え、警戒しつつ死体に近寄る。
其れはタコだかイカだか……軟体類のような小さな生き物だった。
暫くのたくっていたが、やがて化石のようになって生物である事を止めた。

「こいつが学長を殺ったのか?」

「頭蓋の破片は内側から飛び散ってる。
 多分、このタコみたいな奴が予め頭に埋め込まれていたんじゃないか?」

「口封じ用……?
 韓国にこんな技術があるなど聞いた事も無いが」

「いや、韓国にはタコを丸呑みにする食い方があるって聞いたぞ」

「茶化してんじゃねー。
 こりゃあ……多分」

もう手遅れだな。
副隊長が考えた通りだった。
マハコラが撤退時に残していった地下秘密基地は、
つい最近まで使用されていた痕跡こそあったが、今は蛻の殻だった。
マハコラが残した施設を韓国が利用していたのは明らかだが、其の目的が全く見えない。
其の辺りを唯一知っていたであろう学長は死んでしまったのだから、
玲佳が戻るにせよ戻らないにせよ、
誘拐犯側の目的は既に達成されたという事だ。
挙句、逃げられてしまった。
隊長からも本田グループ総裁からも宗太郎からもこの辺りは追及されてしまうだろう。
厄介な事になっちまったと苦虫を噛み潰したような顔をしつつ進む副隊長達は、
やがて『メーニッゲッストローエース再現区画』と表記された一室で八姉妹・玲佳を発見した。

 
緑色の液体に満たされた巨大な水槽が立ち並ぶ其の部屋の床に、
体にフィットする何らかの実験用衣のようなものを着せられたまま眠る玲佳の姿があった。
扉にこそ外から簡単な閂がされていたが、其れ以外に玲佳の行動を遮るようなものはない。

「生体認証一致。玲佳嬢で間違いありません」
「外傷は……無いな」
「薬で眠らされているみたいです」
「……よし、連れ出すぞ」




ソウル大学の正門部には、
ソウル国立大学を意味するハングル文字の頭文字を元にデザインされたアーチがあり、
此処を潜り抜けた先で隊長と合流し能力者軍の許へと向かう予定になっている。
S-TA軍が迫っているだけあって、
ソウルの街は避難民に溢れており、混沌としていた。
『義外の霧』は其の隙に乗じ、能力者軍と接触する積りだった。
併し予定は未定。
何事も予定通りに進むならば、世は全て事も無し。

「さて、もう良いか」

部隊を先導してアーチ前まで来た副隊長は一旦立ち止まる。
何事かと隊員達が揃って足を止めた其の時、
風切り音と共に、隊員達の頭部に横薙ぎの一閃が到来した。

「……!」

流石にこの程度で易々やられるような隊員はいない。
全員がバックステップで難なく避ける。無傷……だが精神的な動揺は多少なりともあった。
攻撃の仕掛け人である副隊長は敵意も露わに、手にした超振動ナイフを構えている。
そして……
玲佳を抱えた2人の隊員が、
其のまま何事もなかったかのように副隊長の脇をすり抜けて走り去る。
副隊長の攻撃に泡を食った他の隊員達は対応出来ず、
己の迂闊さを呪いながらも副隊長に食って掛かる。

「何の積りだ!?」

対する副隊長はというと飄々としたものだった。

「俺はこれから本田グループに玲佳嬢を引き渡し、フランスに戻る。
 っつー訳で、テメエらとの付き合いは此処までだ」

「ヴァルカレスタぁ……!」

眉間を引き締める『義外の霧』隊員達。
目の前に立ち塞がる上官を……
副隊長ヴァルカレスタ・フィンダムを反逆者と見做し、
距離を取って散開し、徐々にヴァルカレスタを包囲するよう動き出す。

「大局を見ろよ、大局をよ。
 能力者側が勝てる訳ねーだろ。非能力者との数の差は歴然だ。
 挙句、結晶能力の解析が進めばジリ貧だ。勝てっこねーだろーが。
 今の内に本田グループに従っとくのが賢明な訳よ」

言いつつヴァルカレスタは包囲を厭い、ゆっくり後退しながら、
先程、先行させた部下の通信を受けて撤退準備の進捗状況を確認する。

《此方、ラシャトゥ。
 キヴルスと共にピナーと合流。
 御姫様の搬入作業に入りますぜ》

「サイェ(よぉし)! 俺もすぐ行く。
 いつでも出れるようにしとけ。エイフは?」

《毎度のお楽しみタイムだ》

「程々にさせとけよ」

通信中ながらも隙を見せずにはいるが、
正直、現状ヴァルカレスタの不利は否めない。
特殊な訓練を受けた百戦錬磨のフランス軍人であるヴァルカレスタでも、
『義外の霧』隊員達と多対一で戦うなどという事態は御免被る。
何しろ、この隊の設立には、伝説的な退魔の一族が絡んでいるのだ。
古来より人外を狩り続けた牙が、近年に暗殺も請け負うようになり、
其れを本田グループが直属として召し抱えた。
これが『義外の霧』の始まりだ。
そう、ヴァルカレスタ一人では『義外の霧』隊員達を凌ぎ切れない。
そして相手の力量を読み違える程、ヴァルカレスタは迂闊ではない。
勝算が無いまま、このような暴挙に出る筈もない。

「まぁ落ち着けって」

ソウル大学正門前が強力なサーチライトで照らされる。
正門周囲に蠢く無数の影は、ヴァルカレスタを擁するフランス特殊部隊だった。
『義外の霧』隊員達の脳天に当てられたレーザーサイトは、
四方八方から結晶銃を構えているフランス兵達からのものだけではなく、
数百メートル離れたスナイパーのものさえある。

機先を制されていた事を察し、『義内の霧』隊員達が両手を上げる。
勝ちの目が無い事……
そして、相手と交渉の余地がある事を知ったからだ。
この武力なら問答無用で皆殺しにする事も出来るのだが、
撃って来ない以上は、何某かの理由があるに違いないという訳だ。

「……フランスの特殊部隊か。
 だが此処は韓国だぞ」

国家主権はどうなっているんだという、自分達を棚に上げた軽いジャブを放つ『義外の霧』隊員。
併しフランス軍の返答は、予想の斜め上だった。

「知らねぇのか?
 S-TAの侵攻に恐れを成した韓国大統領は、軍と一緒に南へ逃げてったぞ。
 縋りつく民衆をS-TAのスパイか何かと疑って蹴散らしながらな。
 詰まり此処は今、無政府状態……俺らが人道的支援、避難誘導を行っている。
 そしてお前等は治安維持の為の駆除対象に過ぎねぇ……そんな所だ」

「薄汚い非能力者め。
 玲佳様を誘拐して何を企む?」

「企むとは心外だぜ。
 玲佳様の身の安全を願うならば、彼女は本田グループに戻すべきだ。
 ……そもそも八姉妹は戦争したくて八姉妹になった訳じゃねぇ。
 困った人達を助けていただけの……戦争なんかと無縁であるべき人達だ」

そのフランス特殊部隊隊長の言葉には、多少なりとも八姉妹への敬意のようなものがあった。
だが内容は聊か間違っている。
確かに玲佳やゼノキラは救命活動中にマハコラから見出されて担がれただけだが、
マチルダやオルトノアは私利私欲で戦争を拡大させている。
八姉妹として一緒くたにされているが、彼女らに共通するものといえば、
性別やエーテル的な資質、能力が受け入れられた世界を望んでいるという位のものだ。

「玲佳様を誘拐した連中の正体は結局お前らにも解らなかったらしいが、
 だからといってS-TAに身柄をみすみす移させる気はねぇよ。
 お前達も玲佳様の為、非能力者側につくんだ。悪いようにはしねぇ」

どうやら『義外の霧』隊員をそっくりそのまま寝返らそうという腹らしい。
『義外の霧』はS-TA幹部・宗太郎の飼い犬だが、其の首輪には本田グループの名が書いてある。
詰まり中身も首輪に合わせてしまい、そうとは知らない元の飼い主を欺こうというのだ。

「そりゃ、非能力者側がS-TAに勝てればの話だな。
 ……生憎とS-TAには貴様等が及びもつかない奥の手がある。
 貴様等こそ大人しく……」

「殺れ」

フランス特殊部隊長の号令は迅速。
降伏の意思がない以上、長々と話に付き合うのはデメリットしかない。
だが、其れでも遅かった。
号令に何の返答も……銃の発砲音も返っては来ない。
無言のレーザーサイトだけが変わらずに『義外の霧』隊員達に当てられたままだ。

「!!」

フランス特殊部隊長、そしてヴァルカレスタ、
歴戦の猛者であるこの二人が戦慄に背筋を凍らせる。
死の影が彼等の背後で刃を振るったのと、
二人が半ば無様に転げるよう、前転しつつ背後に攻撃したのはほぼ同時だ。
上下の逆転した視界の先に揺らめく影は、
ヴァルカレスタ達の投擲したナイフを指の間で鮮やかに……
まるで其処こそが収まるべき鞘であるかのように止めてしまった。

「ちっ、もう来やがったのかよ……
 『桐真』隊長ォ!」

ヴァルカレスタは相好を崩すが、其れは余裕や皮肉などから来るものでは断じてない。
追い詰められた際に出る苦しみ紛れ染みた其れであるというのは、
半ば裏返った声からも容易に見て取れる。
周囲に展開していたフランス特殊部隊は……既に物言わぬ躯と化していた。
連絡一つ寄越す事も、レーザーサイトに僅かなブレを与える事さえ許さず、
瞬く間……そうとしか形容しようもなく、
また殺戮劇というよりは刈払機による草刈りと呼ぶべきであろう作業が終了していたのだ。

ヴァルカレスタとフランス特殊部隊長の前で、
隊『義外の霧』の名よろしく宵闇に茫々と浮かぶ影こそが隊長・桐真。
其の名『桐真』は転じて『斬魔』。
魔を殺す為に己の身に魔なるものの血を入れた狂気の一族……其の当主であった。
死体の囲繞地として示されるキルゾーン、
本来ならば『義外の霧』を仕留める筈だった其処は、
フランス特殊部隊の死地としての有様を見せ付けていた。
ヴァルカレスタと特殊部隊長……フランス軍の生き残りはこの2人だけだ。

「……アンタが! っっ!?」

フランス特殊部隊長の科白を遮ったのは桐真隊長の持つショートソードの切っ先だ。
問答無用の一撃は後少しの所でフランス特殊部隊長の喉元を貫けていたが、
ヴァルカレスタが彼の襟首を掴んで引き寄せた為、首の皮一枚分の負傷を与えるに留まる。
桐真隊長、そして盛り返して押し寄せる『仁内の霧』隊員達の攻撃範囲内から死に物狂いで抜け出しつつ、
手汗の滲んだ手でアサルトライフルの引き金を引くヴァルカレスタ。
弾幕を張って近づけないようにするが悪足掻きに過ぎない事は当の本人が一番よく解っている。

「……ラシャトゥ、進捗状況は?」

《後5分も掛かりゃしませんぜ》

「2分だ。隊長が来やがった。
 交戦しつつ合流するから、
 早くやんねぇとオメェらも死ぬぜ」

桐真隊長相手に余裕など抱ける筈もない。
完全に防御と回避に徹すれば多少の時間稼ぎは行えるが……
『義外の霧』隊員達もいる以上、戦線は後退せざるを得ないし、
其の分の皺寄せは、悪いが部下達に……そう考えた所で、
今度は通信先の部下ラシャトゥに異常が起こった。

《ひっ!?
 お前は……ま、待てえええぇぇっ!》

通信機からラシャトゥの魂消るような悲鳴が迸る。

「おい、どうしたっ!?」

ブツッと通信は途切れ、彼方から轟音が響く。
まるで紙パックを潰した時に生じる間抜けな音を数千倍にしたような、
そんな音に一同が釣られて見遣った先は、
ラシャトゥ達が待っていたであろう場所の丁度上空……
其処に細々とした何かが浮かんでいるのが見えた。
一拍子遅れでヴァルカレスタ達の顔面を突風が叩く。
空に浮かぶ何かの正体を見極めようと見開いた目に、
砂粒が入り込むが瞬きなどしてはいられない。
何しろ、浮かんでいた其れは残心の後に落下する残骸……
ヴァルカレスタ達が脱出用に持ち込んでいた輸送機の成れの果てだったからだ。

脳内に割れ鐘を叩いたような警鐘が鳴り響く。
桐真隊長を含む『義外の霧』達を相手取ったとしても、これ程の危機は感じない。
だが逆に……御蔭というべきか、判断は見誤りようがない。
此処がポイントオブノーリターン(帰還限界点)。今そう決まった。
あまりにも強烈な危機の到来は、小賢しい立ち回りや策などに頭を捻る気にもなれず、
閃き同然に最善最良の即断即決を促してくれた。
即ち、脱兎の如き遁走だ。
恐怖に駆られ、任務も誇りも何もない原始的な生存本能に従って、
ヴァルカレスタとフランス特殊部隊長は其の場から走り出した。
ヘリがあった場所とは逆方向に……これから来る『脅威』から少しでも遠ざかるべく。
隊長と合流して強気になった『義外の霧』隊員達が追跡しようとするが、
桐真隊長は軽く手を掲げて其れを留める。
誘拐犯なら兎も角、ハイエナに一々構ってやるほど暇ではない。
こうしてヴァルカレスタ達は逃げ出し、
そして彼等が恐れた『脅威』が其処に現われる。

「!……驚いたね。
 まさか、アンタ御自ら受け取りに来られていたとは……」

『義外の霧』達の前に堂々と姿を現した男……
ヴァルカレスタ達の輸送ヘリを拳の一撃で空まで飛ばし、
インパクト時に生じた衝撃波でヴァルカレスタ達を戦意喪失させた張本人。
彼は両手で恭しく玲佳を抱え、併し眼光には誘拐犯への怒りの炎を存分に湛えさせ、
漏れ出た怒気が周囲の空気さえも凍てつかせているかのような錯覚を見る者に与える。
覇王アデルと能力者国家元首の地位を争ったS-TA重鎮、
魔王宗太郎だ。

「……玲佳様を監禁した犯人達を探し出し生け捕りにしろ。
 殺さなければ過程に於いて如何なる手段も許可する。
 行けっ!」

無言で一礼し、『義外の霧』達は雲霞のように其の姿を闇に溶け込ませた。
ヴァルカレスタという離反者を出した直後だというのに、其の指令は明確。
隊長である桐真への信頼と、玲佳誘拐犯への憤怒……
これらの前ではヴァルカレスタの裏切りやフランスの介入など些末事も同然だった。
「(併し……)」
両腕の上で横たわっている玲佳に目を落とす宗太郎。
彼女の体を包むボディースーツが記憶の片隅に引っ掛かっていた。
似たようなものを何処か……身近な所で見た記憶がある。
何か嫌な予感がする。
玲佳の誘拐にしてもタイミングが良過ぎるし、解放のタイミングも妙に良過ぎる。
「(……組織マハコラ……もしや……)」
暫しの黙考の後、宗太郎は通信結晶を手にした。

「……久し振りだな。
 お前に少し頼みたい事がある。
 ニコライよ」

S-TA、セントラル州、首都エルダーシング・シティー - イスリス

2016/12/02 (Fri) 22:25:40

S-TA首相アデルは会議を終え、
休憩所で独り今後の展開を想定していた。

S-TAは前支配者でベイルス家に対抗する方針を選択した。
とはいえイギリス攻撃反対派は多いし、
ベイルス家を味方に引き入れようという意見もあった。
前支配者復活を決めた覇王アデルも多少は思う所があり、
クリスとの交渉の内容や、心変わりの理由など、
可能ならば聞き出せるなら聞き出して味方に誘っても良いかと考えていた。
S-TA立ち上げにも賛同せずに沈黙を続けたベイルス家だが、
前支配者の圧倒的な力を前にすれば、また違う対応をしてくるだろう。
詰まるところ武力を背景にした恐喝だ。

「(前支配者には其れだけの力がある。
  ふっ、超古代の遺産が此処まで我らが手中に納まるとは……
  この南極遺跡、システム・セイフォート、前支配者か。全く素晴らしい!)」

対ベイルスの目途が立った事に気を良くし、手にした紅茶を一飲みにするアデル。
南極遺跡の発見は、其のままS-TA建国へと直結している。
この発見さえなければ第三次世界大戦の発生はもう少し遅くなっていただろう。
遺産の大半は用途不明な上に、マハコラの天才達が調べたところで使えたのは極一部。
其の極一部だけでも十分な代物だったからこそ……だ。
だが其れでもベイルス家に対抗するには心許ないものもあるし、
システム・セイフォートに至ってはリスクから早々大きな物事相手には手を出せずにいた。
前支配者という解り易い力が手に入った事は大きな強みであった。

だがマハコラは自らの存在意義さえも見失っている。
力だけは貯め込めるだけ貯め込んだ。なのに其の使い道を喪失していた。
今でこそ能力者国家という理想に力を使っているが、其れが叶った後……其の展望が一切ない。
この存在意義を失った組織を如何にして、己の力として回収するか……
そういったマチルダのような思考をしたエンパイリアンが現れるのは、何も不思議な事ではないのだ。

「あ、アデル様……」

もう一杯、コーヒーを飲もうと自販機に向かったアデルに、ばったりと出くわしたのは金髪の女、
八姉妹『イルフィーダ』だ。

S-TA最高幹部・八姉妹=オグドアスは、
ゼノキラ、ミラルカ、オルトノア、玲佳、マチルダ、セシリア、イルフィーダの7人。
……そう、7人。
組織マハコラはシステム・セイフォートの行使に、
ユーザーとして登録された8人と7人……オグドアス(8者)とヘプドマス(7者)が必要である事を知り、
次世代の支配者として八姉妹(オグドアス)を結成した。
だがマハコラは8人を揃える事が出来なかった。どうしようが揃えられなかったのだ。
其れこそが八姉妹『ルチナハト』。
最初からオグドアスとして登録されており、其の登録をオルトノアでさえ消す事が出来なかったのだ。
よって八姉妹とは名前だけだ。実質的な席は7つ。

このイルフィーダも其の7人の1人なのだが、
アデルも扱いに困ってしまう程の……無能であった。
確かにエンパイリアンだし能力者でもあるし、
相応に適正は高くオグドアスの登録条件も満たしていた。
だが無能であった。
能力の高さと其れを適切に扱う力は全くの別物、
そう思い知らされる……そんな無能であった。
当然、S-TAの会議に於いても彼女イルフィーダの発言権など無きにも等しい。
とはいえオグドアスの登録条件に一致する能力の持ち主でもあり捨ておく訳にもいかないと、
人数を満たす為だけの『狸の置物』程度の扱いしかされていない。
マチルダ辺りには裏で扱き使われているとも聞く。

「……」

アデルも彼女の事は好いていない。というよりは嫌ってさえいる。
こんな無能がオグドアスになれるというのに、何故自分が? そう考えずにはいられない。

「ご、ごごごめんなさい! ま、マチルダ様に呼ばれていました!
 失礼いたしますっっ!」

小動物的な本能でアデルの不快感を見抜いたのか、
イルフィーダは意味も解らずに頭を下げて謝ると、脱兎の如く其の場から逃げ出した。

「(同じ八姉妹の同僚に様付けとは……情けない奴め。あれでは従者か何かではないか。
  全く……落ちも落ちたりだ。あの名家がな)」

カレワラ共和国、ロヴァニエミ - イスリス

2015/10/04 (Sun) 19:48:33



「はふぅうう~
 其れにしても散々でしたわ~」

旧世紀フェラーリ製クラシックカーの後部座席で、
外套を纏った少女がうつ伏せになって足をバタバタさせている。

《あの糞共おお!
 今度会ったらケツ穴爆竹決定じゃああ!!》

少女の頭の上に乗っかっているダンシングフラワー型の自動人形が、
口汚く罵っているのは、数日前に少女達を裏切ったテロリスト・ニコライ派の一味だ。

リスティー・フィオ・リエル・オーディア……
エンパイリアンの流れに連なる、この少女にとっては、
空から落ちたダメージなどどうでも良く、
ニコライ派に『白い秤』を奪取された事さえも、割と問題視していなかった。
ビフレストの登場でロシア軍の封鎖が壊滅し、
問題無くロシアから脱出する事が出来たからだ。
有限の者は有限の一瞬に固執するが、
無限の者は無限の一瞬に固執しない。
無限の者にとっては「どうせいつか訪れる一瞬」でしかないからだ。
当然、人間の精神が其の空虚に耐えられれば……という但し書きが必要だが、
少なくとも、このリスティーという少女に限っては其の心配は不要のものだった。
悠久の時に、海洋を漂う海月の如く身を任せられるプリミティブな精神、
ただの歯車と化す事をも厭わぬ……否、選択の余地無く突き進む愚直さ、
何より己という一個、有限の生に執着せず、併し乍ら虚無に属さぬ生死観。
要は、彼女には素質があるのだ。
無限の者としての。

「お嬢様、到着致しました」

執事RBが車を止める。
其処はカレワラ共和国のロヴァニエミ市、
リスティーのオーディア家の本家がある……あった都市だ。
第三次世界大戦での惨禍に見舞われた後、過疎化していたが、
其れでも人々は逞しく、この極寒の地で生きていた。

全身に植物を生やした異形の身と成り果てて。

「はぁあ……女王様に合わす顔がありませんわ~」

異形の市民達に一瞥もくれず、
降車したRBが開けたドアから外に出るリスティー&ガッデムちゃん。
雪に靴を減り込ませ、早速悴む両手に吐息を掛けつつ正面を見遣る。

《女王サマねぇ?
 オメーには全然関係ねぇってのに、どーして好き好んで尻にキスなんざしてんだ? マゾ豚かぁ?
 なぁ、いい加減に殺っちまおうゼぇ? あの偉そうなレム家のメス。
 ババアの代からの付き合いがなんぼのもんぢゃい!
 女王とか吹いた所で所詮雌豚だってんだ! 俺様チャンがヒイヒイ言わせちゃる!》

「んー……一応、おとーさまとおかーさまの恩人ですし、まだ学ぶ事もありますので、
 暫くは、このままですわー」

車に乗らず……というか乗れない為、走って後を追ってきたベイビィヘッドが合流し、
全員が揃った所で執事RBが直立不動のまま高々と声を上げた。

「他の七姉妹さえも及ばぬ唯一なる救世の女神。
 純白に咲き誇る白薔薇の女王、
 マチルダ・レム・ホワイトローズ様、
 只今帰還致しました」

北ユーラシア - イスリス

2016/04/20 (Wed) 20:50:04

《以上が、ロシアで起こった事件の真相です》

ドゥネイール本部の通信室に入れられた情報は、
サンクトペテルブルクで消息不明になった構成員達の経緯と現状を詳細に伝えていた。

「成程。こりゃ特大級のネタだな。
 エンパイリアンに連なる元ロシア特殊部隊ナシャ・パベーダ。
 ネークェリーハと同類視された異形の化け物。
 キメラ達が惹かれたっていう謎の化石。
 アーティファクト『白い秤』。
 漸く尻尾みせたと思ったら超戦力ひり出して裏切った協力者……白き翼。
 『闇』こと八姉妹オルトノアのクローンの一味。
 そして、その両者の内患か」

流石の細川隆、細川小桃も圧倒される情報量だ。
特に白き翼が持ち出してロシア軍を一蹴したという兵器……
規模からして間違いなく超古代火星文明の遺産レベルだろう。
これまで潜伏していた『流れ』が一堂に会したといった印象である。

「で、お前はどうやってこっちに連絡を取っている?
 ……ナオキ」

今はドゥネイールに籍を置くタカチマン博士の疑問は当然だ。
話によればナオキング・アマルテア少年も白き翼の捕囚となっている筈。
なのに、其のナオキング少年が、こうやってドゥネイールに報告を行っている。
偽物……脅迫……今得た情報の真偽以前に逆探知も想定しなければならない状態だが……

《『闇』が一緒に連れ出し……たんだと思います》

其れは事実だった。
『闇』ことリライはビフレストの内部でナオキングに『逃亡』を勧めた。
以前のセレクタ、そして此度のドゥネイールの行動が、
ナオキングの手に余る事態になり過ぎた為、生来の気弱さから逃避願望が強まっていた。
其処を『闇』は的確に見抜いてアドバイスをしたのだ。
「逃げてしまえば良い」のだと。
そしてビフレストの防壁や対能力障壁さえも無視してリライ達が瞬間移動で逃げ出した際、
ついでとばかりにナオキングも脱出させていたのだ。

「……オルトノア……か」

かつてタカチマンは『闇』の態度……
自分を人間と認識していないような其の見て、
誰かに似ていると直感したが、其れが誰なのかは解らなかった。
『闇』のオリジナルとされる八姉妹オルトノア、
ゼペートレイネも言っていた。
『今のタカチマンはオルトノアの選択によるもの』だと。
失われた過去に大きく関わる人物なのだろうが、どうも其の『闇』の側もごたついているらしい。

「ふぅん?
 ……確か、ナオキング……っつーたよな?
 一先ずは御苦労さんだった。
 次の行動を考えるから、お前は一先ず本部に戻って来い」

協力者を装ってドゥネイールに接触して来たカーデストについては、もちろん警戒していた。
だからDキメラやサーヴァントらを含む戦力を集中させていた訳だが……
隠していた戦力の差があり過ぎた。
かてて加えて行動が急過ぎる。
白き翼で何らかの問題が発生したのか。
この急変に対応できなかった事を反省しながらも、
隆は次の一手を考えつつ、ナオキングに帰還命令を出した。
今の話を鵜呑みにする前に、まず直接本人と確認したかったからだ。
……だが、


《……いえ、
 それは……出来ませんっ》

怯えの滲む声音でナオキングはそう告げた。

「……」

タカチマンは其の違和感に真っ先に気付く。
浅くはない付き合いの中で、似たような状態を見た事があったからだ。
才能を見出したから居候として置いておいた、家出中の行き倒れ少年……
保護した直後の寄る辺ない様子と酷似……いや、其れよりも悪化している。

《今回、連絡したのは……
 その……義理を果たす為です。
 もう僕は、ドゥネイールには……戻りませんから》

話の内容は一方的。
ナオキングの決意などというものとは無縁の、
他人の意図に動かされるままの平板な腹話術人形のよう。

「はぁ? お前ちょっと待……」

留めようとする隆の返事さえ待たず、
ナオキングは通信と、ドゥネイールとの縁を断ち切った。
だが感情に任せた後先考えない行動である事は明白だ。
何しろタカチマンの名を一度も口にしなかったのだから。
そして……

「バっっか野郎がぁッ!?
 どうやってトルから隠れる積りだよッッ!!?」

世界を監視しているトル・フュールの眼を欺くべく、
ドゥネイールは魔力遮断を徹底した設備や、AMFの携帯、
ミスリル繊維を織り込んだ衣服・外套の着用を徹底させていたのだが、
組織を離れてしまっては隠れ続ける事など出来る筈もない。

術士の少年一人見付かった所で、何がある訳でもない。
……などというのは、
トル・フュールという脅威に対する認識が著しく欠如していると言う他無い。
リゼルハンクを崩壊させているという時点で、人間の価値観で図れる相手ではないのだ。
況してや古代火星文明の滅亡にさえ絡んでいるかもとなれば……

 

未だにナオキングの心は茫漠たる暗の只中にあった。
糸繰人形が己を知り糸を断ち切った所で、無様に頽れるが必定。
其れは即ち、真に己を知ったとは言い難いという事だ。
結局、自前の手足を動かせない人形は、何処まで行っても人形に過ぎない。
今のナオキングに、決意の結果から来る呻吟さえも無いのは……


やはり、

 
改め、

 
重ねて、

 
またまた、

 
またぞろ、

 
また候、

 

 

 

 
他人の声に付き随い、自らの糸を手放したからだった。

 

 
「じゃあ、行こっか。ティミッドさん」

指通り滑らかな髪を翻し、
『闇』は仲間達とナオキングを引き連れ再度の転送に臨む。

ナオキングは、隆達相手に嘘は吐いていなかった。
だが情報を隠していた。
『闇』の勧誘に乗ってしまったという背任だ。
この老狼宜しく下腹に毛がない怪人を、ナオキングが信用する事など有り得ない。
だが其れでもナオキングの胸の内に広がる『未来への不安』と『責任の重圧』は、
そんな怪人にさえも助けを求めるほどにまで少年の心を圧迫していた。
天の祐けなどであろうはずもなし。
救い主を嘯いて憚らぬ偸盗は、獲物の油断に相応の代償を求める。

「……本当に、タカチマンさんとジョニーさんも助けてくれるの?」

「くすくす、勿論だって。
 ドゥネイールだっけ? 其の組織から2人を引き出してあげる。
 ただ、今すぐっていうのは無理だけどね?」

ナオキングの願いを忖度し、
新しい人形を得たリライは表面上は上機嫌に振る舞っている。
だが内面ではそうもいかない。
リヴァンケとの対話で、
リライ達の茶会に訳の分からない異物が関わっている事が明らかになった。
リライの良き理解者であるダンテの園に醜悪な蠕虫が忍び込んで蚕食している。
悍ましさ以上に問題なのが、人の渇望を感じ取れるリライが其処に気付けなかった事だ。
勿論、実際にリライの感応力は其れほど便利な物でもないのだが、
彼女を高く評価しているダンテの失望を考えると、リライも気持ちが滅入りそうになる。
とんでもない味噌を付けてくれた害虫への怒りが沸々と湧き上がるリライだが、
此処に来て虫けらの存在に気付けたのは幸いだった。
これを機に茶会内部を洗ってみるのも良いだろう。
其の為の手駒……というよりは使い捨ての生餌に近いものとして、
このナオキング少年を拾ったのだった。

「ティミッドさんには、
 ウチの面子と顔合わせさせてから……
 少しだけ仕事を頼むから。適当にやっちゃって。
 そうしたら『自分を偽る引き金さん』も『地球に立てる十字架さん』も、
 両方、ドゥネイールから救い出してあげるよ。くすくす」

Re: カレワラ共和国、ロヴァニエミ - イスリス

2016/06/01 (Wed) 23:12:34

フード付きのミスリルマントを風雪にはためかせながら、雪上を黙々と進むのは、
組織ドゥネイールを脱柵したナオキング少年だ。
己の軽挙を自覚しているのか、陰鬱な空気は隠しようも無いが、
彼は英雄でもなければ勇者でもない。
世界の運命など眼に映す事適わぬ、至極普通の平凡な少年に過ぎない。
古代火星文明の支配者トル・フュール、其れに復讐しようという古代人の末裔エンパイリアン、
そんな大仰な者達が生み出す戦乱の渦中になど飛び込めるはずも無かったのだ。

少年の前方を、青い騎士が堂々と邁進する。
髪に青い薔薇に櫛の様に挿し、髪も眼も鎧も只管に青一色という青尽くめの騎士は、
『闇』が云うところの『チェス駒のナイト』。
ブルーローズ・アイアンクローバー・ワンダーグラウンド。
一応、プロとしてA級のライセンスも持つが、
プロギルドの一員というよりは『闇』の仲間だ。

「……」

ナオキングは『闇』から、簡単な説明を受けたが、
『闇』はダンテを名乗る元レギオンの女が組織した『魔女の茶会』に参加し、
あのトリア……SFESの深部に君臨していた存在と戦っているらしい。
『闇』は其れを「トリアを対戦相手に据えたチェス」に喩え、
其々駒の名を冠した同志達を何人か軽くナオキングに紹介した。
恐らくナオキングが白き翼の飛行要塞内で予想した通り、
エンパイリアンの流れの一つに違いないのだろう。

早く、こんな得体の知れない濁流から抜け出したい。
そんなナオキングの本音は兎も角、不安の程は其の顔に如実に表れていたらしい。
ふと振り向いたブルーローズが、ナオキングの表情を見遣り、勇気付けるように言う。

「……どういう意図でお前が寄越されたのかは知らないが、
 安心しろ。お前の身は私が守る。」

男前な事を言ってくれる。
こうして一緒に行動している事自体を心細く思っていると気付いているのかいないのか。
このブルーローズら『魔女の茶会』メンバー達が、
一体どういう集まりなのか……そんなものに興味など無い。
もう余計な物を背負い込みたくない。
そう考えて『闇』の甘言に乗ったナオキングだったが、
結局、一層の面倒を抱え込んでしまった。

やがて視界一面の雪化粧の中、街の入口が見えて来た。
カレワラ共和国のロヴァニエミ市だ

第三次大戦初期にS-TAの魔女『白薔薇の女王』が、この土地にB兵器『ウムデレベ』を使用した。
次々と増殖する毒木がロヴァニエミを汚染し、
ものの数日で人どころか真っ当な生命は何一つ存在できない化外の地へと変えてしまったのだ。

「大戦後に復興が始まったと小耳に挟んでいたが、
 結局、里帰りは今日になってしまった。
 屋敷がまだ残っていればいいんだがな」

ブルーローズの実家があるという其の辺鄙な町に、
ナオキングが立ち寄る理由など皆無なのだが、
どういう訳か、『闇』からの御指名によりブルーローズの御供にされてしまった。
何か不審な様子があったら報告するように。
言外にそう念を押されていたっぽいので、まぁそういう事なのだろう。

ドゥネイールの協力者であったカーデストは、エンパイリアン組織『白き翼』だった。
『闇』にも何か思い当たる節があったのだろうが、其れもナオキングにとってはどうでも良い事。
問題なのは、そんなドゥネイールにまだタカチマンやジョニーが残っているという一点に尽きる。
早々にドゥネイールから2人を引き離さなければならない。
……其の思考が既に『闇』によって誘導されたものでしかないという自覚を持つには、
今のナオキング少年の精神は聊か均衡を欠いていた。

「ふぅん、気乗りしないようね」

そんなナオキングの、
或る種、排他的な考えを読み取った訳ではないのだが、
一向に心を開こうとせずに、
押し黙ったまま歩み続ける少年の陰気さに耐えかねたブルーローズが、
少年の側に踏み込んだ話を始めた。

「無駄足だと……思いますし」

ナオキングの呟きには、
恐らく本人さえも意図しない毒が込められていた。
早くタカチマン達を……という焦りもあるにはあるが、
其れ以上に『帰郷』というものを心の奥底で忌避していたが故だった。

「貴女がどういう目的で『闇』と一緒にいるのかは知りませんし、
 家……いや、故郷から出た理由も知りません。
 でも、過去を顧みたって得るものなんて今更ないんじゃないですか?」

「無駄足……ね。
 確かにそう切り捨てられても反論できないのかも知れないわ。
 でも自分の起源を知る事に一定の価値を認めるのも悪くないんじゃない?
 なぜ自分はこんな人間なのか。
 其れを自覚できれば、案外色々な楔から解き放たれるものよ」

「楔?」

「義務だの使命感だのと思い込んでいるものの事。
 知らず知らずの内に積もったキャッシュを掃除しておかないと、
 其の内、動作不良を起こしてしまう……まぁコンピューターと同じよ」

人は過去を忘れる。
新しい情報が『新しい事実』とされ、
其れまでの情報を『古き事実』として押し退ける。

『人類は進歩しているのであり、新しい事実にこそ正しさが宿る』……
其れは思い込みに過ぎない。
今の自分が常に過去の自分に秀でる訳でもない。
確かに人類は未来に向かって変化する。
だが退化も現状に合わせた進化の一種であるように、
進化の流れが有益さを見出したのならば、幾らでも愚かに退化する。
そして其処に事実だの真実だのは考慮に入れられない。

斯様に、移ろう人類の正しさなど曖昧なものであり、
そんな曖昧な人間が収取選択して来た正しさもまた同じく。
自らのオリジン(起源)を知り、
状況に伴う自身の変化を知り、
そうやってこそ、今の自分を冷静に見詰められるのかも知れない。

「……」

押し黙ったままロヴァニエミ市の道を歩くナオキング。
ブルーローズも特に返事を要求する事無く進む。
白い朧の向うを行き交う住人達は、
ブルーローズ達にちらちらと視線をやりつつ無言で立ち去っていく。

「暫く来ない内に随分と余所余所しくなったものね」

疎外感に眉を顰めるブルーローズだが、
変な干渉をしてこない分ナオキングにとっては心地よかった。
早く実家だかに戻ってやる事を終わらせて帰って、
『闇』にタカチマンとジョニーの確保を実行して欲しい。

……が、そんなナオキングの願いは、
またしても『流れ』によって踏み躙られる事となる。

「……おかしい」

ブルーローズが呟く。
何がおかしいのか全く分からないが、
其のままブルーローズが歩き続けるのを見て、
大したことじゃないんだろうと其の後ろに続く。
何度かブルーローズは角を曲がって、
辺鄙な都市の、更に人気の無い路地裏へと入る。
遅れてナオキングも気付いた。
ナオキングから少し離れて、後を付けて来る足音が……2人分。
尾行されていた。

「だ、誰でしょうか……オロオロ」

「んんっ……素人っぽいけど。
 ちょっと妙ね。やけに手際が良い」

ブルーローズの目の前で、路地を塞いでいるのは警察のパトカーだ。
防寒コートを纏った市警が2人降車し、警棒片手に無言でブルーローズに迫って来る。
やっぱり『闇』の仲間、何かあくどい事をして警察に目を付けられていたに違いない。
そう思ったナオキングが後退って振り向くと、
其処には追跡者……やはり防寒具を着込んだ中年男性が2人、
警官達と同じように一言も発さず、併し堂々とした足取りでナオキングとの距離を詰める。

「何か用かしら?」
帯剣の柄に手を添えながらブルーローズが冷静に問うも、4人からの返事は無い。
「!」
恐怖がそうさせたのか、最初に仕掛けたのはナオキングだった。
逸早く杖を掲げて魔法を行使する。
だが攻撃ではない。
冷気の魔法で、4人の靴を地面とくっつけ、これ以上近寄れないようにしたのだ。
そもそもの寒冷地故に魔法の効果は覿面。すんなりと4人は足を止めざるを得なくなった。
兎も角、何か問答をするだけの時間が得られるかとナオキングが一息つくも……
「え?」
ナオキングの手から、杖が弾き飛ばされた。
警官の口から鞭のように放たれた……緑色の蔦のようなものによって。
「い、異形っ!?」
「逃げるわよ少年」
ブルーローズがナオキングを抱える。
俗にいうお姫様抱っこだが、少年がまともな反応一つ返せぬ内にブルーローズは跳躍。
路地の壁を交互に蹴って、瞬く間に4階程あるビルの屋上に逃げ込む。
着込んだ鎧の重さなどお構いなしといった超人的な身体能力による逃走……
だが其の屋上が既に5人の市民によって占拠されていた事を認めるに至り、ナオキングは納得した。
成程。さっきブルーローズが言っていた「おかしい」だの「手際が良い」だのは、これの事か。
そう思いつつ少年が周囲に目をやると、他のビルの屋上にも人員が配置されており、
遠くのビルにある窓から見える人影は皆、まるで一個の生物のようにナオキング達に視線を向けていた。
完全に包囲されている。
「これは……何か厄介な事が起こっているみたいね」

Re: カレワラ共和国、ロヴァニエミ - イスリス

2016/06/19 (Sun) 04:09:41

 カレワラ共和国
 『魔女の茶会』


「ねえダンテ、膝枕してよ」

何処か秋波を感じる声音だ。
いや、彼女の実年齢を鑑みれば純粋な甘えであったといえる。
八姉妹オルトノアのクローンとしてSFESに造られ、
欠陥品の烙印を押され、半ば実験動物のような扱いを受け続けて来た彼女にとって、
SFESの一員でありながら彼女を庇護してくれたダンテは、
リライにとって姉であり母であり家族と言っても差し支えない。
普段の余裕に満ちた態度や残酷さからは想像に難い程、
其の姿は変哲も無い姉妹に見えるものだった。

「……」

ダンテは無言だった。
無言で膝の上に置いていた人形を退ける。
其の無言がリライにとっては辛い。

「怒っている?」

「いいえ、私も同じようにしただろうし」

身内を探らせた件は問題ではない。
ボロがあるようなら、出し易い状況にした方が良いだろうと、
今まで有耶無耶に引き延ばしていた、ブルーローズの帰郷願いを認めた件だ。

ブルーローズと其の監視役ナオキングは昨日、消息を絶った。
予めナオキングとブルーローズの双方に定時連絡をさせていた為、
カレワラ共和国入りしてロヴァニエミ近くまで行っていた事は解っている。
だが其処からは全くの不明。

「白き翼がハーグウェイディユ級の遺産を使ってきた以上、
 他の流れも行動を活発化させる……解っていたはずなんだけれどね」

まだ音信不通の原因は解っていない。『流れ』に関係あるのかどうかも解らない。
併し、その辺の暴漢や通り魔ふぜいに襲われたと思える程、
ブルーローズという女騎士の実力は軽く見れるものでもなかった。
火星のタルシス・モーロック事件……
SFESの遺児SSを擁した火星最大規模の闇組織グレッグファミリー、
セレクタ、白き翼、LWOSといった錚々たる顔触れの衝突さえも切り抜けた、
いわば猛者中の猛者だ。
『流れ』に関わるトラブルに遭遇したと仮定し、
リライ達は『魔女の茶会』総出でブルーローズの捜索に向かう事となった。

アメリカ合衆国空軍が開発した円盤状兵器フライングホットケーキ、
リライ達がいるのは其の中だった。
操縦席に座っているのは『僧侶駒』模造守護者シュトルーフェ。
珍妙な乗り物に興奮してはしゃいでいるのは、
『戦車駒』にして『魔女の蛇』D-キメラ・ニーズヘッグ。
柄にも無く外の海を眺めて黄昏ているのが同じく『戦車駒』のセイフォートの骨、神野緋貝。
『王駒』悪魔とも妖怪とも呼ばれる謎の和風少女キュウビを隣に控えさせ、
『女王駒』ダンテが『プレイヤー』リライに膝枕をする。
この6名に、ブルーローズを加えた7名が現『魔女の茶会』だ。
言うまでもなく『流れ』の最先端達と比べて其の陣容は貧弱。
『守護者』、D-キメラ、SS、
恐らく現在、各国が認知している中でも最強級の種族、特性の人員が揃っている。
併し其れは他の『流れ』も同様。
そもそもリライもダンテもニーズヘッグも神野も『流れ』の一つであった旧SFESの所属・産物に過ぎない。
この『魔女の茶会』という『流れ』は本来、争いに参加できるレベルの組織ではないし、
其の構成員である神野やシュトルーフェ達も、他の『流れ』がどれだけ強大かは身に染みて解っている。
にも拘わらず『流れ』絡みのトラブルが発生したと思しき場所へ、何の文句も不安も口にせず向かっている。
『流れ』に対抗し得る力。
SFES最大戦力レギオンの一員に過ぎなかったダンテが得た其の力があればこそだ。

「……あった……ティミッドさんの『渇望』」

リライが呟く。
過去にナオキングの『渇望』を嗅ぎ付けた嗅覚に陰りは無い。
其処は案の定、ブルーローズの故郷であるロヴァニエミ市の方角だ。
リライの嗅覚に任せた捜索だったが、
直前にナオキングの渇望を嗅ぎ取った甲斐もあって、あっさりと足取りが確認された。

「……でも、変……
 やっぱりというか何というか、あの町……何か起こってる」

フライングホットケーキの窓から見えるロヴァニエミ市は、
単なる辺陬の町……長閑な田舎町……そんなのと五十歩百歩な感想しか抱きようがないという有様だ。
併しリライの感覚は、明らかな異常が其の町にあると告げていた。

「住民達の、渇望が……全然感じられない」

レム植物研究所 - イスリス

2016/07/15 (Fri) 21:09:18

「うぅ~、さっむぃぞぉ!」

人目を忍んで森の中に隠れるよう着陸したフライングホットケーキの中で、
ニーズヘッグが相も変わらず無意味にはしゃぎ立てる。
ボディースーツの上に防寒具を纏い、丸々としたシルエットを作るに至っているが、
其れでも北極圏の洗礼は甘くない。

「これでも暖房入れてるんだけどね」

「何だ……指先が特に酷ぇな。
 完全に麻痺ってんぞオイ」

悴む手に吐息をかけつつ、いっそ今まで喰らった炎系の呪文でもぶっ放そうかと思う神野だったが、
町から幾分距離があろうとも派手な行動は慎むべきという理性ぐらいは残っていた。
無鉄砲で怖いもの知らずな神野も、
自力脱出不可能なトラブルを起こし続けていれば自ずと学習もする。

「シュトルーフェが戻って来るまでの辛抱よ」

ロヴァニエミ市に何らかの異常事態が発生している事は先刻承知。
ノコノコ真正面から入っていけば、ブルーローズに再会こそ出来るのだろうが、
恐らくお互いが望む形での御対面にはならないだろう。
茶会メンバーが『隠密行動で町の調査を行う』方針に舵を切ったのは自然な流れと言える。
『流れ』が絡んでいる以上、一筋縄でいくとも思えず、
先ずは模造『守護者』であるシュトルーフェが単独で潜入、市内状況の確認に向かった。
何しろ『守護者』だ。生命体ではない。
多少無茶な場所に隠れる事も、微動だにせず身を隠す事も出来る。
シュトルーフェから送信される映像を、ダンテ達が円盤内で分析し、
町の見取り図や人口の規模・状態、物流などを把握した上でブルーローズ達の居場所を探る。

「人は結構いるね」

「何かどいつもこいつも目が虚ろじゃねーか?」

「渇望無いしね。これ……ニンゲンもどきと思って掛かった方が良さげ」

如何に外見が人間そっくりだろうとリライは誤魔化せない。
リライは相手の渇望を嗅ぎ付ける。
人間の姿をしつつもロヴァニエミの住民達には渇望の欠片も無いのだ。其れは人間とは呼べない。
例外があるとすれば、『本人の渇望ではなく他人の渇望によって動いている傀儡』ぐらいだろう。

シュトルーフェが街を進むにつれて、
住民達の視線が如何に集中しているかが解る。
異物扱い。
詰まり異物かそうでないかを瞬時に全員が判断できている。

「……完っ全にマークしてやがる。
 全員訓練された兵士って訳じゃねえだろうし、やっぱ……操られてるってトコか?」

「これだけの人数を一気に……ねぇ。
 神魔クラスは確実かしら。どう思う? キュウビ」

話を振られ、其れまで無言で佇んでいた少女キュウビがダンテに顔を向ける。
……黒いワンピースの少女。表情も視線も其の仮面によって察する事は出来ない。
日本の伝統芸能や神事などで用いられる狐面というものだが、
如何な素性かを知るのはダンテのみであり、
国籍も年齢も……いや人間かどうかさえ他のメンバーは把握できていない。
ただ、模造『守護者』やD-キメラ、SSといった面子の中に入る以上、相応の存在には違いない。

「……関係ない。
 この星の神魔風情に何を恐れる事がある。
 下らぬ些末事に一々伺いを立てるな」

ダンテ以外のメンバーが、キュウビの声を聞いたのは今回が初めてだが、
話の内容と同等に尊大……恐れを知らぬ子供そのものだった。

「あらあら、そうかしら?
 先にリライ達が遭遇したレベルの災厄かも知れないわよ?」

「関係ないと言っている。
 高が四凶の出来損ない如きに苦しめられるなど程度が知れる」

明らかな侮蔑。
エルミタージュ美術館での戦闘にケチを付けられた神野が、
眉根を顰めながら煽り返すのは仕様の無い流れだ。

「ほー……随分と余裕綽々な事で。
 んじゃあ今回の事件は是非ともキュウビ様の御力を拝観したいもんだぁ」

「図に乗るな。猿が浅知恵で拵えた紛い物の分際が……」

流石に放置しておいても面白い事にはならないと判断したのか、
ダンテがキュウビと神野の間に割り込む。

「はいはい、落ち着いて。
 最初から其の積りよ。今回はキュウビにも働いて貰う。
 というかロシアで神野さんやニズちゃんには頑張って貰ったし、
 今回、SAverとかそういうのが出て来た場合、キュウビにだけ戦闘して貰うわ」

ダンテの言葉は、キュウビの不遜さを裏打ちするものだった。
ロシアで神野達を苦しめた怪物SAverにもキュウビは単独で対抗し得る……という事なのだろうか。
納得のいかない神野が食い下がろうとするが、今度はリライが其れを制した。

「ダンテがちゃんと考えてくれている。
 だから何も心配要らないよ。大人しくシュトの報告を待とう」

「……」

神野はリライを、其の特異な力を抜きにしても好意的な評価をしていた。
平凡な女よりは何処か歯車のズレた人間の方が面白いという神野の嗜好は別として、
世界を支配してたSFESの……ラミアの『流れ』に歯向かうという其の暴挙に、
神野は『世界を破壊する怪獣』の姿を見ていた。
全てが煩わしく、全てを幼心のままに破壊したかった頃の神野にとって、其れは憧れでもあった。
実験動物のような扱いにあったリライをSFESから逃がしたのも、
そういった『怪獣』を世に解き放ちたかったという心理が働いたものだ。

だが世界は神野の期待とは全く無関係に変化していった。
SFESに捕まり己の無力を知り、ならば自分が『怪獣』になってやろうと、
力を得て叛逆しようとしたところで再び打ちのめされ、
そうして挫折していくにつれて神野は、
自分という存在が怪獣などではなく所詮小さな人間であるという事と、
其れを取り巻く世界の強大さを知った。
其れで心境が変化したのかどうかは本人も意識していないが、
彼は己が怪獣ではなく人間である事を望み、
エルミタージュ美術館でリライに其の思いの丈を語った。
昔は『怪獣』と思っていたリライも、
己の特権的な力を以ってしても思うように進まぬ事態に直面し、
エルミタージュ美術館では想像以上に弱々しい一面を見せたりもした。
彼等は揃って『怪獣』になり損ねていた。
其の予感は今しがた目にしたリライの一面、ダンテへの深い信頼からも肯定される。

「(……そんだけ信頼できる人間が出来た……って事ぁ、
  まぁ、悪い事じゃないんだろうよ)」

Re: カレワラ共和国、ロヴァニエミ - イスリス

2016/08/06 (Sat) 18:04:29

本来、この『魔女の茶会』という集団は、表立った行動を取らずに暗躍を好んでいた。
リライの能力がそういった方面に適しているし、
わざわざ真正面から他の『流れ』と事を構えるのは非効率的という判断からだ。
神出鬼没のリライは、アメリカや統一超鮮といった国家の重鎮達に直接接触を仕掛け、
SFESの被造物であるという自らの出自、SFESの内部情報などをチラつかせて協力関係を築いていった。
アメリカをはじめ各国は殆どがSFESと関わりを持っていたが、内心では少なからずSFESを疎んでもいた。
リライの『渇望を感じ取る』力が此処でも有効活用されたという訳である。
この円盤フライングホットケーキも、そんなリライの交渉によって得られたものである。
『流れ』を水面下で支配するという『茶会』の方針はそこそこ巧く行っていたのだ。

「本当に、間が悪い」

リライから美術館での事の次第を聞き取ったダンテは、
エンパイリアン(特に白き翼)の活発化から、その目的が間近なのだろうと推察した。
確かにロシア軍を一蹴するような超兵器まで投入した以上、
エンパイリアンという存在の隠蔽をかなぐり捨てているとしか思えないし、
トルへの復讐が目的とすれば其の戦力の過剰具合も理解できる。
オマケに、リヴァンケと名乗った総帥の態度は、リライ曰く「焦りが見える」らしい。
兎に角、あんな超兵器が出張るようになった以上。軽率に動く事は出来ない。
あのニコライ派という集団もエンパイリアン絡みだというし、
この『流れ』達が潰し合いを始めるまで身を顰め、最後に全てを持っていければ最高だったのだが、
此処に来てブルーローズ達が『流れ』に巻き込まれてしまった。

救出不能な場合は見捨てる事も視野に入れるダンテの許へ、
シュトルーフェから纏まった報告が入るのに、さほど時間は要さなかった。

《主よ。
 端的に言って此処は異形のコロニーだ。
 体内の大部分……いや、ほぼ全身が植物細胞に置き換わっているタイプの異形だ》

シュトルーフェが観察、分析し、
リライ達にも解り易く纏められた詳細情報がモニターに表示される。

「植物系の異形ねぇ……
 なーんか極々最近にそんな奴の事聞いたよーな。んんぅ?」

神野が思い出すように唸るも、答えがひり出て来たのは彼の口からではなかった。

「ロシアのリスティー・フィオ・リエル・オーディアだろー?」

ハインツだ。
いつの間にリライ達の背後で一緒になって腕組なんぞしている。
其の口に咬まされていたギャグボールは、彼の隣に呆然と立ち尽くすニーズヘッグの手にあった。
ハインツの能力は「精神的に不安定な者を操作する」。ニーズヘッグを操る程度は動作も無いようだ。

「……ああ、そういえば彼女の実家はロヴァニエミだったかしら。
 迂闊ね」

ブルーローズ達を捕らえているのがリスティーなのかどうかは解らないが、
植物系であるリスティーの実家であるロヴァニエミが、植物系異形の巣窟と化しており、
其処を訪れたブルーローズらが失踪しているのだから、無関係というのは楽観視が過ぎる。

「今のリスティーちゃんってロシアのレジスタンスよね?
 ニコライ派に協力していたみたいだけれど……
 つまりロヴァニエミ市はニコライ派の支配下にあるって事かしら?」

《小生の記録では、
 リスティー・フィオ・リエル・オーディアはニコライ派に協力し、塒や資金を提供していたが、
 組織白き翼が牙を剥いて一同を拘束、集合させた場面に彼女は姿を現していなかった。
 白き翼側も把握していない様子だったし、直前になってニコライ派と別行動を取ったと推測する》

実際はニコライ派に用済みと見做され捨てられただけだが、
其れを推察する程の判断材料は茶会メンバーに与えられていなかった。

「で、奴さんのヤサは割れたのか?」

重要なのは其処だ。
そしてブルーローズ達は回収可能なのか不可能なのか。

《否。小生がそう易々と発見できるものではないらしい。
 其処で……向うから招待して貰うのが合理的と考察する》

「は?」

Re: カレワラ共和国、ロヴァニエミ - イスリス

2016/09/02 (Fri) 22:03:21

  カレワラ共和国、ロヴァニエミ市。
  レム邸。

 

人類混乱期……
過剰な人口増加による土地不足、食糧不足、職不足からなる治安の崩壊と、紛争の激化。
全世界に波及した脅威は、旧世紀の国家群を軒並み終焉させていった。
そんな中、私財でもって北欧の民を救った一族があった。
この一族は、当時のフィンランドがカレワラ共和国として再起した際に貴族化し、
カレワラ共和国のロヴァニエミ市にある屋敷で代々過ごしていた。

「そうそう、其れがレム家ですわー」

手錠を掛けられて床に転がされたナオキングの眼前に屈みこみ、
ニコニコ顔で講釈を垂れるリスティー。
草木に覆われ荒れ果てた屋敷の一室にナオキングは連れ込まれていた。
屋敷の外見こそ酷いものだが、内部は其れなりに整っており、
定期的に清掃されているという事が、床の汚れ具合から見て取れる。

市民達に包囲された後もブルーローズは良く戦った。
だがナオキングを背にした状態で、
無尽蔵に湧き続ける市民を捌き切れるものではない。
ナオキングを庇ったブルーローズが蔓に絡め取られて終了。呆気なく捕獲されてしまった。
そして市民達によって連行された先が、この屋敷だ。
其の屋敷を見たブルーローズが「私の屋敷だ」と呟いたのが聞こえたが、
これからの不安にオロオロするばかりのナオキングに、その背景を推察する事は出来なかった。

《まぁ、そういうのはレム家に限った話じゃねぇけどなぁ》

リスティーが頭の上に乗っけているダンシングフラワー型の自動人形が補足する。
ナオキングは美術館で話しだけ聞いた事があるが、リスティーの相棒らしい。
更にもう一人いるお付きであるところの執事RBも扉の前に陣取っている。

「そうですわー。
 大災害の時に慈善活動を装って社会基盤を乗っ取っていくというのは、
 わたくし共『エンパイリアン』にとっては常套手段!
 イギリスを乗っ取ってベルトン国にしたディノラシオール家や、
 ロシアを乗っ取りかけたエカチェリナ家なんかも同じ手を使いましたから。
 後、ロシュフォールも多分エンパイリアンが絡んでますわ。何処の家かは解りませんけれど」

尚も得意気に蘊蓄を垂れるリスティーに、
ナオキングの隣から突っ込みが入った。

「其れは知っているわ。
 こっちが聞きたいのは、其のレム家に断りもなしに貴女は何をしてるのかって事よ。
 オーディア家のリスティー嬢?」

ブルーローズ。彼女もナオキングの傍で拘束されてる。
彼女は自分の留守中に、古巣へと住み着いてしまったらしいリスティーに不快感も露わに言う。

「はて? えーっとブルーローズさんでしたっけ?
 レム家に連なる御方みたいですけれど、
 生憎わたくし達は当主サマの許可を得て此処にいるんですわー!」

相変わらず朗らかに宣言するリスティーに対し、
ブルーローズはというと眉根を寄せ、一層の苛立ちを抗議の声に込める。

「レム家の当主がどうなったのか知らない訳じゃないでしょ?
 其れ以上、レム家を冒涜する積りなら、
 たとえオーディア家の当主といえど唯では済まさないわよ?」

どうやらオーディア家というのは、
北欧のエンパイリアンの中でも随分と格が高いようだ。
鬼気迫る眼光でリスティーを威嚇するブルーローズの顔に余裕の色はない。
さもありなん。
ラスプーチンという異常者が出て来てさえいなければ、
ロシアにも強大な影響力を及ぼしていたに違いない事は、
エルミタージュ美術館の一件からでも理解できる。

「ええ、知らない訳がありませんわー!
 御健在ですとも」
《ケケ!
 ドウナッタノカ知ラナイ訳ジャナイデショ?(キリッ
 ……ダッテヨオオオオォォォォォォオオ!!》

リスティー達の切り返しに、ブルーローズの表情が凍る。
ロヴァニエミの冷気をも劣らぬ肌寒さをナオキングは感じた。
悠々と2人を見下すリスティーを睨みつけ、いよいよ怒気を孕んだ声音で問う。

「……八姉妹の結晶として……かい?」

「?」

ナオキングには、何故此処で『八姉妹の結晶』が出るのか解らなかった。
第三次世界大戦……詰まり能力者と非能力者の戦争後、
危機的状況にあった地球環境を、命と引き換えにして癒した8人の英雄的存在。
其れが八姉妹なのだが、一般レベルでは其れ以上の詳しい情報が出回っておらず、
戦後のドサクサに世界各国が何らかの隠蔽を行った事は明白だ。
結局、毒にも薬にもならない流言飛語が行き交っているというのが現状であり、
そんな噂話の一つに『八姉妹の結晶』というものがある。
八姉妹に連なる超結晶であるという以外は全くちぐはぐな情報しかないが、
以前、ナオキング達が情報屋ガウィー持ちかけられた依頼に『八姉妹の結晶捜索』というものがあった。
其の際、幾つかの情報を得ていたが……現状と繋がるような情報は一切ない。

「あの……どういう事なんですか?」

もうガウィーの依頼など関係ないのだが、
ナオキングは、なまじ八姉妹について知っていた為、
喉に骨が引っ掛かったような不快感を拭うべくブルーローズに問い掛ける。

「ん? 君は知らなかったかしら?
 レム家は八姉妹の一人『マチルダ・レム・ホワイトローズ』が当主だったのよ」

ブルーローズは八姉妹の縁類だった。
一瞬呆気にとられたが、すぐに其れもそうかと納得するナオキング。
何しろ『魔女の茶会』にはキメラだの『守護者』だのSSだのが屯しているのだ。
ブルーローズが単なる一介のプロなどであるはずがなかったのだ。

「八姉妹は大戦前に非能力者との融和の象徴として掲げられたわ。
 非能力者を大勢救った聖女『八姉妹』……そんな風に祭り上げてね。
 ……でも、結局は大戦が起こった。そして戦後に『八姉妹の結晶』と……」

八姉妹の話を続けるブルーローズの口に、リスティーの人差し指が触れる。
見ればリスティーはもう片手で携帯端末を耳に押し当てている。
どうやら誰かと連絡を取っていたらしい。

「女王様の御呼びですわー。
 御二方、地下の研究所まで御同行願いますわー!」

「女王?」

「レム家当主のマチルダ様ですわー!」







全てが順調に行っていた。
エンパイリアンとして怨敵トルに対する復讐心を吹き込まれ、
トルを引き摺り出して打ちのめし踏み付け勝利の高笑いをする事だけを夢想し、
レム家の彼岸に向けて現世の支配力を強めていった。
内心を隠して聖人君子を装い数々の人間を踏み台にして利益を求め、
生命工学の権威として大成するに至ったが……其れさえも一族にとっては通過点に過ぎない。
人間社会を牛耳り遺産を蘇らせ古代火星文明さえも凌駕する力を得、
そしてトルを破壊する。其の為にはやらねばならない事が星の数ほどある。
やがて彼女は、最大規模のエンパイリアン組織であるマハコラの支援を受け、
彼等が掲げる神輿『八姉妹』になる事を決意した。

曰く『非能力者と能力者融和の象徴』。
既存の「非能力者」達の文明と「能力者」の能力の融和は、
エンパイリアンにとっても有益だったし、トルに対抗するための力の発展に欠かせない。
だがエンパイリアンは結局人類とイコールにはなれなかった。
トル・フュールの粛清から逃れて地球に来れたエンパイリアンは極少数。
しかも長い長い歴史の旅路の果てにエンパイリアンとしての記憶や使命など忘れ、
地球系統樹の一部に納まった者達、「非エンパイリアン」人類が大半を占めてしまっていた。
彼等はエンパイリアンの広報をも掻き消す勢いで能力者の排除に乗り出してしまった。
親和的能力者『八姉妹』として数々の美談(捏造誇張が大いに含まれた)さえも覆すほど、
突然発生した大量の能力者による犯罪は、深刻で残忍で……野放しにならざるを得なかったから。

如何に強力であろうと、所詮は少数。多数の前では容易く飲み込まれて圧殺されてしまう。
このままでは折角の『能力者』が排除されてしまう。
ならばとエンパイリアン組織マハコラは、能力者側を後継者とし、非能力者を能力者に隷属させる方針を取った。
魔女国家『S-TA』の建国、第三次世界大戦だ。
彼女もS-TAに所属する八姉妹の一人として、生命工学の力を遺憾なく発揮し戦争に貢献した。
だが……

 

「当たり前でしょ……っ! こっちが聞きたいくらいだわ!
 何で私のコードが勝手に使われているのよ?
 誰が、この八姉妹マチルダを差し置いてコードを使ってんのよ!?」

 

 

暗愁とした空気に満ちているのも仕方が無い。
レム家の屋敷の地下に広がる研究施設では、
元・市民達が攫ってきた人間達が拘束台に乗せられて身体を弄繰り回されている。
脳味噌を露出させられて得体の知れない薬品を注ぎ込まれている者、
魚の切り身のようにされて切断面から蔓を生やしている者、
理不尽な運命への怨念が其の部屋に渦巻いていても何ら不思議ではない。
それらを、いと下らぬもののように一瞥し、深い溜息を吐く彼女こそが、
レム家当主『マチルダ・レム・ホワイトローズ』其の人であった。
第三次世界大戦当時と寸分違わぬ姿。
白薔薇という二つ名同様、白い髪をツインテールにし、
両サイドをやや軽くウェーブがからせている。
研究室の中央に備え付けられた場違いな玉座から立つと、
今しがた想起した過去の汚辱に一人苛立ち、腹癒せに実験体を蹴り付ける。
非力な女性の蹴り……に見えて、
蹴りつけられた実験体は一撃で爆散。室内を赤く染め上げる。
一息吐くと、周囲に控えた裸身に黒ビキニの屈強な男達に目配せした。
市民達同様、意思の見えない無表情のまま男達がリモコンを操作すると、
スプリンクラーで実験室全体が洗い流される。
当然、マチルダ本人も水に濡れる訳だが……
付着した水はマチルダの服と肌に吸収されるようにして一瞬で無くなってしまう。
男達も同様だった。
排水設計のなされた実験室のみが未だに濡れたまま、来客を迎える事となった。

「北欧を支配する白薔薇。
 エンパイリアンに残されし最後の希望。
 他の7人を凌駕する唯一の女神。
 マチルダ・レム・ホワイトローズ女王陛下の御成りで御座います」

研究室の扉が開かれる。
今しがた前口上を述べて重々しく扉を開けるR.Bとベイビィヘッド。
2人を尻目に室内へ堂々とリスティーが進み行く。

「じょっぉう様ぁ~!
 伺候仕りますわ~!」

自動人形を頭の上に乗せたまま歩く彼女の手にはロープ。
其れは、続いて入室したナオキングとブルーローズの両手に掛けられた手錠へと繋がっている。

「!」

マチルダの前に引っ立てられたブルーローズの目が見開かれ、
一瞬を置いて困惑の表情は敵意に彩られた。

「……脚はあるみたいね。何処の誰かしら?
 当主マチルダの姿を模して何を企んでいるの?」

偽物という判断だ。
無理もない。
八姉妹マチルダは10年以上も前にこの世を去ったとされている。
生きていたとしても当時の……若い女性の姿などしている筈もない。
……尋常の話であるならばだ。

「ふふ、
 面識があったのか無かったのかも、もう解らないケド、
 レム家の一員が……理由は兎角、戻って来てくれた事を先ずは祝いましょうよ?」

気品のある余裕の笑みは、
併し周囲の悪趣味な装いから、当人の精神が既に一線を越えている事を見る者達に知らしめる。

「もうオーディアから説明は受けたかしら?
 私は白薔薇の女王マチルダ・レム・ホワイトローズ。
 レム家の当主であり、これからの世界を導く唯一の女神」

「偽物が何訳の解らない事言ってるの?
 この悪趣味な施設は何? 何処までレム家を冒涜するの?
 答えなさい」

眉宇を怒りに歪めて問い詰めるブルーローズ。
だが対するマチルダはというと……

「偽物ぉ?」

まるで不出来な能面のように、表情を凍らせていき、
次いで沸々と感情を沸騰させ……爆発に至る。
其れは見る者、聞く者の骨髄に徹するまでの禍々しい憎悪の奔流だった。
世界を救ったとされる聖女『八姉妹』の一人の……何一つフィルターを通さない本当の顔。

「……本物よ。
 私こそが本物の八姉妹マチルダよ!
 私はあの七人と『偽物』……あのクソ女共に復讐する為に生き永らえたのよぉ!
 特にオルトノアっ! 色狂いの屑! 最低の売女!
 あんな下らない男一人の為に私を……
 この八姉妹マチルダを蹴落としやがってぇえ!!」

S-TA、セントラル州 - イスリス

2016/10/01 (Sat) 03:14:25

  S-TA、セントラル州、
  首都エルダーシング・シティー、
  S-TA領内マハコラ・エーテル研究学府最高機関、バイオ部門研究所

 
組織マハコラ……
嘗てはカルナヴァルと呼ばれた其の組織は、
時のアメリカ合衆国大統領マイケル・ウィルソンの手によって崩壊した。
機密中枢であるセイフォート決議機関ヘプドマスこそ逃げ延びたが、
組織の幹部であるカルナヴァル四天王が全滅しては、カルナヴァルの維持など出来る筈もない。
事実、末端などは四天王こそがカルナヴァルの支配者だと信じ込んでおり、
四天王壊滅と同時に蜘蛛の子を散らすように離散してしまっていた。
丸裸となった黒幕になど何の力も無いのだ。

…………

……そしてカルナヴァルの流れを受け継ぐ組織マハコラが生まれた。
相変わらずヘプドマスが頂点であるなど、
やはりカルナヴァル色の濃い組織ではあるが、人間社会への浸透率は以前の比ではない。
知る者からは、世界制覇に最も近い組織とさえ評され、
非能力者と能力者の対立さえ抑えられていれば、事実そうなっていただろう。

「ウムデレベの仕上がりはどうですか?」

魔女国家S-TAのバイオ部門研究所では、
マハコラバイオ研究所長バルハトロスの指揮の下、バイオ兵器の開発・改良が進められていた。
八姉妹マチルダ・レム・ホワイトローズは其の生命工学の知識と技術を以てバイオ部門の主任研究員となり、
非能力者達のみを攻撃する新型生体兵器の開発に注力している。

其れこそがウムデレベ。
ミサイルに種子を搭載し、着弾点に発芽……
土壌や天候などで多少の差はあるが大凡1週間以内で無限増殖する毒木が発生する。
其の土地を汚染し、より大量の毒木が発生する悪循環を生み出し、敵国の兵糧も人員も土地も根こそぎ奪う。
そして不要になればアンプル一本でウムデレベの自滅因子を活性化させ、
土地の浄化=ウムデレベの死滅に転換させる事も出来る。
火星テラフォーミング技術の応用であった。

ウムデレベの発想そのものはマハコラの一研究員が出したものだが、
自滅因子の覚醒に関し致命的な問題を抱えていた為、実戦投入はなされていなかった。
だがマチルダは其れをいとも容易く数度の助言で解決させてしまったのだ。

「これはこれは……!
 マチルダ様に御教授頂いた通りでした。もう問題はありません」

「マチルダ様には感謝してもし切れません。
 S-TAという最高のバスに乗り遅れた我々オーディア家を受け入れてくれたばかりか、
 このような充実した研究環境を……」

白衣を着た2人の男女が、マチルダにぺこぺこと頭を下げながら謝辞を述べる。
この2人こそがウムデレベの生みの親であるオーディア家当主夫妻だ。
莫大な富を以てロシアに絶大な影響力を持つに至った大手のエンパイリアンなのだが、
レム家当主マチルダに遜った其の様子から、其の成功振りを想像する事は難しい。

「何を仰いますか。
 オーディア家からの援助はマハコラにとって無くてはなりません。
 飽く迄、Win Winの関係ですわ」

「これで娘にも、より大きな力を残してあげられます。
 本当に何とお礼を言って良いのやら」

アホじゃね? コイツら。
微笑みを湛えた仮面の内側でマチルダはそう呟く。
確かにオーディア家は経済面では大成功した。マチルダのレム家さえも足元に及ばぬ程だ。
だが、トルに対抗するというエンパイリアンの使命を考えれば、
金など幾らあっても打倒トルの切り札にはならない。
組織を整える、支援するという裏方以上の立場にはなり得ない。
ではオーディア家に、経済力以上の力があるのか?
答えはノー。オーディア家の当主夫妻揃って生命工学を軽く齧った程度。
マハコラに属してトルを打倒するどころか、
非能力者達との戦闘に成果を出せるレベルでさえもない。
だからエンパイリアン組織に地位を持つマチルダが主導権を握ったのだ。
そうしたらオーディア夫妻揃って自ら進んでマチルダを神聖視して傅いてきたのだから、
あまりの不甲斐無さにマチルダの方が呆れを覚えてしまった。

「(ま、利用価値がある内は精々私の為に働いて下さいな。
  もうオーディア家なんてレム家の召使みたいなもんだけどね)」

別にエンパイリアンは互いを蹴落としたい訳ではないし、
トルを倒す競争をしている訳でもない。
ただ……トルを倒すに相応しい力を得る過程に於いて、
争ったり、滅ぼしたり、吸収したり、されたり、そんな事を続けていただけだ。
中には使命を変質させて妙にズレた連中や、、
同じエンパイリアン同士で争うのは不毛だと考える者達や、
より強力なエンパイリアンに進んで従属して庇護下に入る者もいる。
オーディア家はそういった典型的な「雑魚」だったのだろう。
マチルダにとってオーディア家の認識はその程度であった。

「ふふ、最初の攻撃目標はロヴァニエミが良いわ。
 ゼノキラ将軍に進言してみましょうか」

そう。マチルダも例外ではなかった。
彼女もまた、そういった多少のズレを発現させたエンパイリアンの一人。
度重なる世代交代の終局に生まれ出でた脳髄は、悍ましく捻くれ、
トル・フュールと同時に、自分にエンパイアの使命を叩き込んで人生のレールを敷いたレム家をも憎んでいた。
マハコラに誘われずS-TAに来る事さえ出来なかった他のレム一族など、
マチルダにとっては利用価値さえないクソザコナメクジに過ぎず、
この戦争のドサクサに紛れて滅ぼしてしまえれば、さぞ愉快だろうと常々思っていた程だ。
其の機会がこんなにもすぐ訪れた事にマチルダは内心小躍りしながら自室へと向かう。
其れまでの彼女であればこのような軽挙、頭の中の妄想のみに留めておいただろうが、
マハコラに入り、八姉妹となって内情を知った今はそうでもない。

「(……やっぱりツいているわ。
  このマハコラ……エンパイリアン組織だっていうから、
  私の知らない、レム家の歴史から抜け落ちてしまった情報があるかと思えば、
  『トルの事さえ知らない』とは!)」

マチルダとは別の方向でマハコラという組織もまたズレていたのだ。
エンパイリアン最大の使命を忘れ、隠匿の教えと技術だけしか伝わらなかったのか、
少なくともマチルダの目には『目的を忘れたのに、力だけは馬鹿みたいに蓄えた肉牛の群れ』にしか見えなかった。
これだけの技術と資金と能力がありながら……掲げているのは『能力者国家』の樹立のみ。
他にトル・フュールの事を知っている人間がいないかと、
マチルダは密かに他の八姉妹や原初の能力者達にそれとなく探りを入れてみたが、
結果は、他の八姉妹も殆どが確実に白。
バルハトロスのレスター家も白。
アズ・リアンやヴァンフレムは不明なれど、ヘプドマスも大体は白確定。
マチルダは得心した。
こんな力だけしか引き継げず持て余してしまった有象無象共だからこそ、
迫害される能力者に感化されて能力者国家などというものを掲げて声を上げたのだろうと。
そしてこれはマチルダにとって好機でもあった。
トルという明確な敵・脅威の存在を伝えている一族が、
最早、現存するエンパイリアンの中では自分達レム家くらいしかないとなれば、
このエンパイリアンの存在意義に関わる重要使命を今まで伝えて来たレム家が……
いや、レム家当主でありマハコラ最高幹部である八姉妹の自分こそが、
マハコラという最高の力を持った組織を乗っ取って支配する事が出来る。
存在意義を失ってしまったマハコラに、再び其れを与える救世の女神に……自分がなる。
『白薔薇の女王』と讃え崇められる偉大な指導者となり、トル・フュールに鉄槌を下す。

「(うふふふ、あっはははははははっ!
  私こそが女王! 全てを支配しトルを滅ぼす救世主よ!)」

大手のオーディア家を支配したばかりか、
現代に於けるエンパイリアンの集大成のような組織マハコラをも支配する。
此処に来て己の野望がまたとない伸展を見せる様に、マチルダは酔い痴れ狂喜した。

S-TA、セントラル州、 - イスリス

2016/10/07 (Fri) 22:23:35

  S-TA、セントラル州、
  首都エルダーシング・シティー、
  大統領府、会議室

 
S-TAの大統領府の会議室内では、
敵国攻撃に関する各作戦・兵器の進捗状況報告が為されていた。
……敵国。
現在、S-TAは其の定義について意見を対立させていた。
能力者迫害の度合いが高い国家、
取り分けロシア、サウジアラビア、ALG保護領、レブレラント、ソレッタ・アザディスタン。
或いはS-TAの脅威となる武力を持った国家、
取り分けアメリカ合衆国、イスラム共栄圏、中華人民共和国。
そう。
能力者というあまりにも広い括りは、S-TAの意思統一を困難なものとしていた。
飽く迄も専守防衛に留め、他国には可能な限り友好的にすべきだという穏健派から、
非能力者は全て敵だという過激派までS-TAという新興国家に押し寄せたのだから然もありなん。
能力者の数が数だった。とてもマハコラが一手に管理できる規模ではない。
結局、遅きに失したカルナヴァルを恐れるが余り、今度は逆に拙速……
マハコラという限りなく黒幕として成功した類の組織も、こうなっては型無し。
市民達が無軌道に暴走しないよう纏める為、
そもそもそういった『偶像(アイドル)』として結成された八姉妹がいるにはいるが、
彼女達は戦前の『聖女』というイメージが兎角強固であり、
戦中に於いては違う方向性の……より強硬な権威・武力が求められた。
其れがアデル。
S-TA最強級の能力者だ。
そしてアデルの支配によりS-TAは反・非能力者の過激派が台頭し、
後にプラスロウザを八姉妹に加える事によって戦争は加速する。
またマハコラも流れとは無縁ではいられなかった。
市民達への対応策に気を向けるあまり、マハコラ内部に入り込んだ異物に気付けなかった。
本格的な開戦を行う前から、済し崩し的にS-TA・マハコラ崩壊の流れは整っていたのだ。

「ヴァンフレム、其れは本当か?」

S-TA将軍・オグドアス……ゼノキラ。
強力な精神感応魔法や幻術でもってギリシャ特殊部隊『聖ント』を出し抜いた猛将だ。
だが戦前は其の能力を利用して人々の心の傷を癒し、精神を崩壊させてしまった廃人さえも救済し、
八姉妹の『聖女』というイメージを作り上げた代表的な一人であった。
彼女が問い掛ける先は……ホログラフによって浮かび上がる老人の顔。

《はっ、ゼノキラ様。
 我々霊魂研究部だけでは難しい問題でしたが、
 バイオ研究部のバルハトロス殿や、神魔研究部のリヴァンケ殿が協力に応じてくれた為、
 幾分、見通しが明るくなったものと考えております》

マハコラ幹部・霊魂研究所副所長・八姉妹オルトノア麾下・ヘプドマス……ヴァンフレム。
世に産声を上げようとした霊魂学を握り潰して独占したマハコラに於いても、この学問を理解する者は少ない。
ヴァンフレムは其の少ない霊魂学者の一人だ。
日本国の生体研究所に潜伏し、密かに非能力者達を相手に人体実験を行い、
其の研究データをS-TAへと流し、同時に日本側の研究を妨害する事でS-TAに貢献している。
……というのが表向き。
S-TAの重鎮は知る由もない。
このヴァンフレムが日本で非能力者に与する研究をも行っており、
其の成果『獣人』によって後々戦況が引っ繰り返されてしまうなど。

「……バルハトロスぅ?
 珍しいな。貴様等が組むなど」

S-TA将軍・オグドアス……ミラルカ。
何処か悪魔染みた派手な格好の少女の姿をしている上に、
何か可愛らしい蝙蝠のヌイグルミを持っているなど、アイドル感の強い八姉妹だが、
実際には其の異能故か外見の年齢を感じさせない老練な印象を接する者に与える。
出身は東欧のワラキア公国。
結晶『Hope』到来直後、自らが人外『吸血鬼』である事を明かした国だ。
能力者達の発生によって、隠れ続ける事が出来なくなったと見たのか、
或いは異能を得た人類に融和の可能性を見たのか……
動機は最早解りようもないが結果だけは明らかだ。
ロシアによる侵略。
彼女がこのS-TAにいるのは全く自然な成り行きと言えよう。

ミラルカは怪訝そうな面持ちでヴァンフレムの映像を見遣り、
次に視線を、着席中のバルハトロスにスライドさせる。
ヴァンフレムとバルハトロスとリヴァンケが協力する……
リヴァンケは兎も角、ヴァンフレムとバルハトロスの不仲は周囲の皆が知る所だ。
一体どういう風の吹き回しか、気になるのも無理はない。

「……」

マハコラ幹部・バイオ研究所長……バルハトロス。
マチルダにあれこれ口出しする目の上の瘤でもある。
能力者の国であるS-TAに於いて極めて特異な存在であり、非能力者ではあるが、
其の類希な才能と知識を買われてマハコラの幹部にまで登り詰めた男だ。
惜しむらくは、同時期・同地域に其れ以上の天才達が生まれてしまった事である。
其の一人がヴァンフレム・ミクス・セージム。
バルハトロスは彼とヘプドマスの席を争って……やはり又しても敗北を喫していた。

「単なる利害の一致だ。
 『七つ首の前支配者』……超古代火星文明時代に於けるヘプドマスとでもいうべき者達。
 もし本当に、こいつらの意識がまだ残っているのだとすれば、
 何か有益な情報を聞き出す事が出来るかも知れん」

バルハトロスの言葉に……、
まるで其の言葉が不可視のハンマーとなって振るわれ、打ち据えられたように、
引き攣ったような声を上げたのは、マチルダ・レム・ホワイトローズだった。

「? どうしたマチルダ?」

「い、え……何でもありませんわ……っ!」

輝かしい未来の予定表に罅が入る音をマチルダは聞いた。
マハコラを支配するという栄光が、横から湧いて出て来た何かに奪われようとしている。
マチルダの目に炯々と……負の感情を秘めた光が灯る。

「……で、ヴァンフレム殿は何処からそのようなものを?」

マハコラ幹部・神魔研究所長・ヘプドマス……リヴァンケ。
謎の多い仮面の男だ。
マチルダが手を尽くして調べ上げても其の素性は結局謎のまま。
エンパイリアンである事は確実であり、更に極めて優れたナノテクノロジーの知識を持ち、
超古代火星文明の『遺産』についても並の学者を凌駕する碩学を誇る。

《ふふ、何処で手に入れたかなど、どうでも良いでしょう。
 肝要なのは我々が超古代火星文明の遺産を解明する日が近いという事実のみです》

恐らく日本。
日本で何かを手に入れたに違いないとリヴァンケは直感するも、
前支配者と日本を結びつけるようなものなど彼の記憶の中には存在しない。

「ちょっと……いい?」

マチルダにしては控えめな挙手。

「其の……前支配者っていうのは、
 今、どういう状態なの?」

《精神体のままですな。
 意識はありますが、我々に対して何かの表現をする方法が無いという状態です。
 よって肉体となる触媒を用意し、召喚する必要があります。
 其の辺りは神魔研究部のリヴァンケ殿とバイオ研究部のバルハトロス殿に任せる形となります》

「……そうなの、ふぅん……」

必死に表情を取り繕うも、内心は穏やかではない。
前支配者などという古代の遺物が何かを知っているという保証もないが、
万が一……トル・フュールや、エンパイリアンの其の後などを知っていたならば、
マチルダの野望にとって、あまり面白い関わり方はして来ないだろう。
そんな彼女の心境を他所に、会議室の上座で不敵な笑みが零れた。

「ふふふ、頼もしいではないか」

マハコラ幹部・S-TA首相・覇王アデル。
組織マハコラ最強の能力者であり、S-TAの力の象徴として頂点に君臨する支配者だ。
彼がいなければS-TAの建国もままならなかっただろう。
……そしてマハコラの崩壊後の流れがあれだけ複雑になる事もなかっただろう。

「伝え聞いた話では、七つ首の前支配者は様々な特権を持っていたという。
 全てを滅ぼす力、力を与える力、絶対の肉体……
 もし昔話を聞く事が出来ずとも、そういった力の片鱗でもS-TAが得られれば上等よ」

寧ろ、そちらの方が前支配者……嘗てのヘプドマスを呼び寄せる主な理由だった。
前支配者達の誕生には、今でいうシステム・セイフォートが関わっているという。
同じ機構を有するマハコラにとって、其の解析に繋がりそうなものは無視できない。
そう、組織マハコラにとっては過去など最早重要ではなかった。
S-TAにしても自分達が超古代火星文明から連なる存在であるという自覚さえない者達が大半であり、
過去の優れた力を持った遺産を、如何にして未来の為に用いるか……其れが全てとなっていた。
……尤も、これがマハコラの総意であろうはずもないが……

《魅力的な話ですね》

マハコラ幹部・霊魂研究所所属・セイフォート管理者・オグドアス……オルトノア。
前髪を目元まで垂らした陰気そうな少女のホログラフがクスクスと笑う。
ヴァンフレム同様、希少な霊魂学者ではあるが、
彼女も、トルの存在どころか自分達エンパイリアンが超古代の一族だなどと知らない、
マチルダから見ればカス同然の存在。
だが一応、超古代遺産であるシステム・セイフォートに関する第一人者という事から、
マチルダが多少の警戒感を持って接している相手の一人でもある。

《もっと検体多くしてとか、予算増やしてとか言いたい事は一杯ありますけど、
 取り敢えず前支配者の情報を一刻も早く手に入れて欲しいですわ。
 ヘプドマスやオグドアス……このシステム・セイフォートの議会が、
 正に世界を左右する程の力を持てるようになる……クスクス、待ち遠しい》

やはり一番の興味は其処にあるらしい。
……マチルダはオルトノアに対して侮蔑や警戒の念を持っているが、
其の源泉はというと、オルトノアの得体の知れなさから来ている。
霊魂学者であるというのは一応解る。
謎の多い学問ではあるが、そういう専門の連中がいる事は理解は出来る。
だがオルトノアは其れに加えて、
システム・セイフォートという更に意味不明な超古代の遺物の管理者もやっている。
詰まり、繋がりが見えないのだ。
況してや……

《ああ。忘れるところでした。
 ごとりん博士の協力でフルオーターの量産体制が整いましたわ。
 素晴らしい戦力になってくれる事でしょう。クスクス》

フルオーターという人型の汎用ロボット兵の開発者でもあるのだ。
無論、独力ではないのだが……
マチルダが幾ら頭を捻った所で理解不能な『こいつ何をしたいの?』振りである。
『機械』『霊魂』『遺産』
残念ながらマチルダがこの三つの点を線で結ぶ事は……遂に、最期までなかった。

《まぁ、あまり過信はせん事じゃ。
 フルオーターの戦闘力は非能力者相手なら十分だろうが、
 能力者が武装して来たら抑えられる保証はないぞい》

S-TA生命操作技術研究所長……ゴトリン。
マハコラの人間ではないが生命操作技術の広い見識と、飽くなき探求心を見込まれたマッドサイエンティストだ。
生命操作技術だけあって、マチルダとは話の合う方だが、
結晶関係の研究もしつつ、ロシアで機械兵器研究を行っているという多芸さ、悪く言えば節操の無さで、
オルトノア同様、マチルダからは胡散臭い目で見られている。

「む?」

其処に来てS-TA中枢へのホットラインが開いた。
会議場に新しく表示されたホログラフは、眼鏡を掛けた男だった。
大半のメンバーにとっては見覚えのない顔だったが……

「おお、クリスか」

欧州委員長クリス……
マハコラに所属せずS-TAにも参加していないエンパイリアンであり、
其れどころか非能力者側陣営に属している……要はS-TAの敵である。
今回の戦争には否定的であり、
可能な限り能力者・非能力者の被害を抑えて早期にS-TAと和平を結ぶべく奔走している。
其の平和に掛ける思いは本物だ。

《……アデル、もう止めよう。
 こんな事をしていても能力者の未来は作れない。
 其れにホモ・タレントゥスだと?
 我々は皆同じ人間ではないか。世界を再び分断する積りか?》

「いや、我々は悟ったのだよ。
 今の旧人類などというものは我々新人類が進化の過程で排出して来たフケ垢に過ぎぬとな。
 『Hope』の到来により、我々はホモ・タレントゥスとして覚醒した。
 我々は結晶によって選ばれたのだ」

これはアデルの持論だ。
マハコラのエンパイリアンに非能力者のバルハトロスがいるよう、
エンパイリアンとしての使命や技術を継承したからといって、能力者にまでなれる訳ではない。
同時にエンパイリアンとしての使命や技術を忘れたからといって、能力者にまでなれない訳ではない。
だがマハコラは能力者の力を欲し、彼らが非能力者を支配する形で世界を統一する方を選んだ。
そして其の方針に最も沿ったアデルがS-TAを支配する指導者となった。
エンパイリアン集大成とでもいうべき最大規模の組織であるというのに、
エンパイリアン色の最も希薄な組織に変貌してしまった事は皮肉であった。

「クリスよ、
 いい加減、意地を張っていないで早くマハコラに加われ。
 お前ほどの大魔導士が、下賤な非能力者側について一体何時まで扱き使われる積りだ?」

マハコラに加わっていないエンパイリアンは多い。
現在の人類の内、自分がエンパイリアンだという自覚を持っている者は極僅か。
其の上、自覚を持っていてもマハコラに合流せず、己の力を非能力者側の社会の為に使う者達も少なくない。
トル・フュールという大敵の存在を欠落させてしまえば、
受け継がれてきた知識や技術の使い方に疑問を覚えてしまうのは至極当然。
マハコラ、S-TAは其れを能力者の世界を築く為としたが、
クリスの一族などは非能力者と能力者融和の為に其れを使った。そういう事だ。

《……どうやら、もう戻れないようだな。
 我々は互いに憎み合い殺し合い戦争を行う為に力を付けていた訳ではない。
 この力は未来の為に……我々の子供達の為に安穏とした平和な世界を築く為のものだ》

クリスの信念。
だが現実は違う。エンパイリアンの力はトルへの憎悪。
トルを滅ぼし復讐する為のもの。
未来全てを戦に投じる憎悪の産物。
だが『其れが有る理由』など、極めて個人的な話に過ぎない。
仮に自動車に自我があるとする。
自動車は人間が交通の為に創造したのであって、自動車の為ではない。
だが自我のある自動車からすれば、己が生み出された理由が何であれ、
其れに服従しなくてはならないという道理は無い。
エンパイリアンもそういった意志の『流れ』と無関係にはなれなかった。
複雑に捻じ曲がり、分れ、統合し、巨大な濁流と化す。

「ほう? EUでお前の罷免が話題に上がっているというのに健気なものだな。
 断言しても良い。お前は必ず裏切られる。
 卑劣な非能力者共はお前の公徳に無法と流血で以って報いるだろう」

《……》

沈黙で以って答えるしかないクリス。
アデルの言葉は後の真実を掠めていた。
的中した訳ではないが……
近い内に非能力者陣営はクリスを失望させ離反の道へと追いやってしまう。

「なに、互いに知らぬ仲でもない。気が変わったらいつでも言え。
 このホットラインは其のままにしておくからな」

《……アデル。
 私は今、ベイルス家とディノラシオール家を相手に交渉している》

「!……」

今度はアデルが言葉を失う。
ベイルス家とディノラシオール家はイギリスに於ける最大級のエンパイリアンだ。
ディノラシオール家は蓄財に走ったという点においてオーディア家に近いタイプだが、
成功の度合いはオーディア家に及ばず、勢力規模も其れほど巨大ではない。
問題はベイルス家である。
ベイルス家は勢力をまるで持たず、イギリスにある屋敷から出る事も無い。
だが其の的中率90%を超える『予言』能力によって世界各国の重鎮を手懐け、
勢力こそ無いが、最も力ある家の一つとしてエンパイリアン達に知られ畏れられていた。
よってS-TAの中でもイギリス攻撃を唱える者は数少ない。存在そのものが抑止力と化しているのだ。
そんなベイルス家と交渉……

《クリス殿よ、ベイルス家の連中が今更動くとでも?
 貴方にしては聊か読みが甘過ぎるのではないか?》

S-TA将軍・ヘプドマス……本田宗太郎。
日本の大商社・本田グループに子飼いを潜入させるなど対アジア戦略に重きを置いており、
今は超韓民国で消息不明になった八姉妹『玲佳』の捜索を、件の子飼いを通して行っている。
そんな彼の声は、併し将軍の肩書に比して力強さにやや欠けていた。
ベイルス家は30年以上も前に「血が薄れた」とだけ言って屋敷に引き籠っている。
国家元首級の来訪さえも黙殺、宛ら世捨て人のような暮らしを続けているという。
だがクリスは『交渉している』と言った。
あのベイルス家と?

《いいや、私も驚いたが両方の家が話に応じてくれている。
 諸君らも御存じだろう。ベイルス家の力は》

「……本気か、クリス?」

《私も覚悟を見せねばならないという事だ。
 如何なる手段を用いようと、この戦争は止める。
 ……気が変わったらいつでも言ってくれ。
 このホットラインは其のままにしておくからな》

そしてクリスとの通信は終わった。

……

S-TA重鎮の間に動揺が広がる。
恐らくベイルス家の力はS-TAのアデルをも凌駕する。
況してや彼等には、数多の権力者達を平伏させた予知能力がある。
これからS-TAが何を考えて何を行おうが、
其の全てがベイルス家の手の上の出来事になるかも知れない。
いや……もう、そうなっているのか?
クリスの嘘を疑うのは容易い。事実バルハトロスなどは「ハッタリだ」と笑ってさえいる。
だがクリスをよく知るアデルは違う。
このまま何もせず、何もできずに終わるしかないのか?

カチリ

歯車の噛み合う音は、マチルダの頭の中で起こった。

Re: - イスリス

2016/12/02 (Fri) 22:00:55

S-TAの問題となったのはベイルス家。
一部では『神』とまで呼ばれる、この絶大な力を持った一族の介入を受け入れてしまえば、
遅かれ早かれ第三次世界大戦は終結する。
其れもS-TAの大幅な妥協をもって……という形でだ。
当然、アデルにとっては受け入れ難いし、他の重鎮にとっても納得しかねる。
だがベイルス家と争う程の蛮勇を持つ能力者もまたいなかった。
存在そのものが抑止力と化す『神』を相手に、楯突く力の無さ故に。

其処で八姉妹マチルダが言った。
『ベイルス家をも超える力さえあれば……』

後はトントンだ。
復活させようとしていた前支配者が話題に上がり、
マチルダも其れとなく……いざとなったらマハコラを切り捨てられる程の距離を心掛けて協力し、
マチルダ、バルハトロス、ヴァンフレム、リヴァンケによる前支配者復活が計画された。

……マチルダは前支配者を早々に消しておきたかった
トルの話を出される前に御退場願いたい。
前支配者の召喚計画とベイルス家対策を絡め、計画を前倒しにさせる。
自分を売り込み、肉体の生成に関する席を確保。
緊急を要するとして前支配者召喚計画を粗雑に進ませ……セキュリティーに穴を作り上げる。
そして生命工学の技術を駆使して、前支配者の肉体に仕掛けを施す。
対・ベイルスを装って其の実、対・前支配者。
肉体に検閲装置を仕掛けてもいいし、何なら前支配者を自滅させるように仕向けても良い。
ベイルス家が前支配者を倒してしまっても良いし、相打ちにでもなれば万歳。
マチルダが思い描いていた絵は、大凡そんな感じの代物だった。
併し、マチルダは知らなかった。
彼女のそんな保身の企みを見抜き、あろう事か利用してしまう悪魔の存在を。


「ほぅ、その様な方法で肉体に制限を設けられるとは。
 実に斬新、流石はマチルダ様ですな」

「全くですね。マチルダ様の見識の広さに敬服するばかりです」

「ええ、素晴らしい……素晴らしい発想ですわぁ」

ヴァンフレム、リヴァンケ、オルトノア……
この3人に褒められたところで嬉しくも何ともないばかりか不快なだけだ。
己の前に平伏し「自らを生贄として捧げ忠誠を示す」とか言って其の身を差し出すゴキブリがいたとして、
其の存在を誇らしく思い喜んで食す人間は、恐らく絶無だろう。
この3人は方向性こそ其々異なるが、
得体の知れない優秀な奴……という共通点がある。
そして其れはマチルダの嫌いなタイプとも合致している。
……彼女自身に自覚は無いが、
其れは曲がりなりにも今日まで継承に成功した血のなせる業だった。
決して関わり合いになってはいけない存在への警告。
これを単に『馬が合う合わない程度のものに過ぎない』と深く考えなかった事が、
マチルダの今後を大きく決定づけてしまった。

万が一の前支配者の暴走に備え、
リヴァンケの神魔研究部、バルハトロスのバイオ部、オルトノアとヴァンフレムの霊魂部は、
前支配者の肉体、精神、霊魂に一定の制約を課す方針でいた。
決して前支配者の超絶を極める力が、マハコラの方へと向かないようにと。
可能ならば完全に洗脳したいところだが、
どうも前支配者の知能的に、見破られ反感を買うリスクが高いという。
確かに、小細工を弄して怒らせ挙句、こっちが滅ぼされでもしたら寧ろ喜劇だろう。
飽く迄も相互協力関係にあるという点を強調し、
『マハコラへの攻撃不可制約』を前支配者に受けれて貰わねばならないというのがマハコラの立場だ。

「(念の為、バレない範囲で私の有利になるような機能も付けておきましょ。
  私限定の通信機能も良いわ。他の連中に気付かれず前支配者を動かせるしね)」

だがマチルダにとっては対ベイルス家よりも前支配者を沈黙させる方が優先された。
こうして前支配者の肉体生成に席を得られたら、後は具体的な方法を捻り出さねばならない。

現在マチルダが一番目を付けているのがウイルス『JHN』だ。
宗太郎が投入を予定している化学兵器であり、感染対象に『特殊な属性』を付与してしまう。
そして其の『特殊な属性』は一定の音波にのみ反応し、
其れを利用して対象を或る程度コントロール出来るのだという。
詰まりJHNだけでは意味が無い。
前支配者が体の仕掛けに気付いたとしても、JHNだけでは害意を証明されようがない。
お誂え向きだ。

幸いにもマチルダはJHNの入手に成功していた。
JHNはひとたび広がれば止める手立てがないので、
アデルおよびオグドアス(八姉妹)とヘプドマス(原初の能力者)には、
特権的にJHN側で効果を発揮しないよう措置が為されていた。
そうでもしなければ防げない。
マチルダは其の時からJHNの力に着目し、方々へ手回しをしてJHNを確保したのだ。
後は……JHNを操作する音波発生器さえあれば前支配者の記憶を操作する事が出来る。

「(誰か……ゴトリンやオルトノアの近くにいる機械工学者……そうね、男が良いわ。
  私の手駒に仕立てて、音波発生器を秘密裏に私へと献上させる)」

男の扱いは慣れている。
白薔薇の女王である自分がちょっと突いてやれば、
この世のどんな男であろうと、蕩け切った馬鹿面を晒して平れ伏すのだ。
外面を幾ら飾り立てようが所詮、男などという生き物は下劣で惨めな存在。
雄である以上は女王である自分に逆らえず媚び諂うのみ。
己への絶対の自信をもって、マチルダは機械工学部門の研究所周辺を散策し、
目ぼしい男はいないものかと物色していた。
そして……

「おや? マチルダ様じゃないですか。
 どうしてこんな所に?」
「こんな所では難だ……どうぞ、此方へ」
「ほぉ……極秘に、ねぇ?」

やはり呆気ない。
マチルダが適当についた嘘をフムフムと真面目に聞き入る男の姿に、
内心、吹き出しそうになるマチルダだったが、
これで前支配者を裏から操る全ての準備が整うとほくそ笑む。

「成程、そういう事でしたら……私にお任せあれ」

「有難う御座います。
 ああ、そういえばお名前は?」

男は朗らかに笑って名乗った。

「カリプソと申します。
 今後とも宜しく、マチルダ様」

<Rel4.バルハトロス1>修正版 - 鋭殻

2016/11/23 (Wed) 02:05:47

 火星・アテネ郊外、レスター邸。
付近に広がる高級住宅街の中でも一際巨大な豪邸は、LWOS副所長ジェールウォントが組織の権勢をアピールするべく、
着飾るだの贅を凝らすだのといった事柄に無頓着な所長バルハトロスに代わり地球より著名な建築家を招いて設計・建築させたものである。

 元々彼自身が研究室に篭りがちな性質である上、組織の運営の為に地球と火星を頻繁に行き来する為、本来の主が足を運ぶことは少なく、
専ら外部からの賓客――主な顧客である政府要人や軍将校等――の応接・宿泊の為のゲストハウスとして使用されており、
それは活動拠点が超弩級スペースコロニー『アーク・トゥ・エデン』、通称『箱舟』に移ってからも同様であった。
 しかし、今は状況が違った。『箱舟』はSFESによる前支配者略取に端を発する火星への進撃の途上でSFESの攻撃により大破。
完膚無きまでの敗北を喫したLWOSはSFESに吸収されることとなり、その首魁たるバルハトロスはその動きを大きく制限され、仕方無く火星の邸宅へと逗留する羽目になっていた。


 ――1階奥の書斎。レスター邸の中でも比較的生活の痕跡が見て取れるそこには、入口側を除く全ての壁に書架が備え付けられている。
その裏には、ありきたりであるがちょっとした仕掛けが施されており、正しい手順で操作することで地下に続くエレベーターへ繋がる扉が現れるようになっていた。


――現在その扉は開かれ、エレベーターの階数表示も地下を指している。


「――隠し部屋の研究室、ですか。この様な場所に招待して頂けるとは思いませんでしたよ」
 几帳面に積み上げられた書物、書類の山。LWOSの研究施設程とは行かなくとも、凡百の研究者にとっては十分以上の代物だろう高度な研究機材の数々。
それらを見回しながら、仮面の男――白き翼総帥リヴァンケは仰々しく呟いた。
「……後にも先にも貴様だけだろうな」
「それはそれは、光栄の極み」
 心底不愉快そうに吐き捨てた白髪の中年――LWOS所長、バルハトロス・レスターの言葉に、リヴァンケは敢えて慇懃な言葉を返す。
その態度に元より眉間に皺を寄せ不機嫌そのものであったバルハトロスの表情は更に険しさを増す。
「ふん……そう思うならその『仮面』を外せ。その仰々しい喋り口も止めろ。リヴァンケ、いや――ラスアーク・アズ・リアン」

 そう言いながら、バルハトロスは目の前の男を睨みつける。
敵意の多分に混じった視線を受けてリヴァンケは仮面の奥の目を一瞬細め、観念したかのように息を吐くと、無言で仮面に手を掛け、ゆっくりと外した。
その下から現れたのは均整の取れた男の顔。白き翼という秘密結社の頂点に立っているとは思えない程の若々しさに満ちており、
目の前に立つバルハトロスが還暦も間近といった年齢であることもあって、その若さはより際立っていた。
「やれやれ……お気付きでしたか。いや、貴方なら遅かれ早かれ気付くとは思っていましたがね」
 フッ、と苦笑した様に呟くリヴァンケの表情にバルハトロスは激発しそうになるも、臨界点一歩手前で怒りを押し留める。
「それが判っていて良くも私の前に姿を現せたモノだ……この裏切り者め。マハコラでの件、忘れたとは言わせんぞ」
 とても同盟者に対するものとは思えない憎悪に満ちた言葉を投げ付けるが、リヴァンケは苦笑を浮かべたままであった。
「それはそれは。申し訳無い事をしました」
 瞬間、バルハトロスはリヴァンケの襟元を掴み上げるとそのまま壁へ押さえつける。

「いい加減にしろよ、ラスアーク……! ドブネズミの分際でセファリエを誑かし、あまつさえ拐かした挙句死へ追いやった貴様がッ――」

 隠し切れない憎悪と殺意、そして劣等感がない交ぜとなり、狂気滲む形相で呪詛のように言葉を絞り出すバルハトロス。
その全身は怒りに震え、今にも目の前の男を縊り殺さんばかりの勢いである。事実、目の前に立つのが海千山千の古強者であるリヴァンケでなければそうしていただろう。

「……誑かしても拐してもいない、と言っても信じてはもらえないでしょう。
彼女の優しさに甘え己の目的に邁進するあまり、その死を看取ることすら出来なかったのは事実。
その不甲斐なさは弁解のしようがない。私では彼女を幸せになど出来なかった。しかし、それでも……それでも彼女は私を選んでくれた。
貴方、いや、お前の言葉は、アイツの想いすら踏みにじっている。そんなことも判らない程に耄碌したか、レスター」

 普段の慇懃な立ち居振る舞いからは考えられない程に語気を荒げたリヴァンケの眼光がバルハトロスを貫くが、それでも彼は怯まない。
能力者、それも超一流の威圧や殺気というのは単なる心理的なものに留まらない"圧力"を有している。そんなものを受けてなお、抵抗の意思を見せる。
――非能力者ではあるものの、バルハトロスもまた数多くの修羅場を踏み越えてきた男であった。

『――』

 沈黙と膠着、そして、沈静。剥きだしの感情は鳴りを潜め、再び仮面に覆われる。

「――ふん、久しぶりに見たぞ、貴様のその"顔"。ここに至って、あまつさえ彼女のことにさえそのふざけた"仮面"を被り続ける気だったなら本当に縊り殺していた」
 掴まれ乱れた襟元を正し、仮面を被り直すリヴァンケを一瞥しながら吐き捨てるバルハトロス。その声色からは隠す気のない侮蔑の感情が読み取れたが、
先程のような怒りに沸騰し狂気すら滲ませたものではなかった。むしろ相手<リヴァンケ>に対する――ある種の歪んだ――信頼を基とした憎まれ口に近い。
「高貴な方々を相手にする内に身についた処世術ですので、そう簡単には変えられませんよ。しかし、ドブネズミの作法が命を救うとは、世の中何があるか判らないものですね。
それで、この度はどのようなご用件で? まさか宿怨を再燃させ、あわよくば私を葬り去ろう、などというためだけにここまで招いた訳ではないでしょう?」
「ふん、当たり前だ。これを見ろ」
 そう言いながら、バルハトロスはタブレット端末を放って渡す。受け取ったリヴァンケは内容を一通り読んだ後、はあ、と深く溜息を吐く。
「……諦めが悪いですね、貴方も。ここまでやられてまだ抗うと?」
「諦め? 貴様やヴァンフレムを叩き潰すと決めた時にそんな言葉は忘れた」
「――LWOSという組織全体がSFESの管理下に置かれているこの状況で我々が協力するのはリスクが大きく、リターンは不透明です。
これはつまり、最低限の対価として我々が成果を如何様に扱っても構わない。そう受け取っても構いませんね」
「貴様にとっての神魔と同じだ。年季が違う。この程度くれてやる」

――『処刑人の改良に関する諸案』。
リヴァンケが手にするタブレット、その画面に映し出された文書のタイトルである。

秋葉原隔離区 - イスリス

2015/08/12 (Wed) 09:09:06

  超鮮西部、平壌
  ゴールドマサデイ宮殿

 
「ウリナラマンセー!!」
豪奢な謁見の間で玉座に座り、右腕を掲げ角ばった声で叫ぶ眼鏡デブ。

「ウリナラマンセー!!」
同じく右腕を掲げて叫び返すのは厚化粧の中年男。
スーツ姿とは不似合いな、星の付いた魔法少女ステッキのようなものを腰に提げている。

「良く来たニダ! 超酋長ノムヒョン!」

「ウリに如何なる御用件ですニカ? 超指導者ゴールドマサデイ将軍閣下。
 遂に憎き日本(イルボン)へ攻め込み積年の恨(ハン)を晴らすのですニカ?」
超鮮南部の元・超韓民国…現・超韓地方の民を纏める超酋長ノムヒョンが寝惚けた事をのたまう。

「……空気読めニダ。何の為に獣人王国を使っているのかと……
 ヘタレ日帝は良いとして問題はEUニダ。
 聞くところによるとドイツだかフランスだかがウリナラにプロの間諜を送り込んでいるとか…」

「ファビョーーーーン!!!!
 けーーしいからぁああんニダ!!
 なんったる…!! なんっっったるッ!!!
 世紀の超指導者、全人類の偉大なる父、王の中の王、
 ゴールドマサデイ将軍閣下に向かってェエエエ!!」
ファビョる超酋長。

「発見次第、拘束するニダ!
 そいつの家族や友人も拉致し、見せしめにするニダ!」

「ははぁーー!!」
超指導者への手土産である冬ソナDVDを渡すのも忘れノムヒョンが平伏するが、
当の超指導者はノムヒョンへの指令が終わって一息付いたのか、
ノムヒョンを無視して玉座から立ち上がり窓の近くにて独りごちる。
「EUの連中も目当ては恐らく八姉妹の結晶…
 流石にウリとSeventhTrumpetの関係は知らないだろうが、
 ウリナラの動きを
 アメリカは既に大名古屋国の復興だか何だかで既に回収に乗り出しているニダ。
 ウリナラも遅れを取る訳にはいかんニダ!
 八姉妹の結晶にSFESの遺産…其の両方が日本如きの許にあるなど許せんニダ!
 世界の中心は須らくウリナラにあるべきニダ」

「日本に八姉妹の結晶が…?
 カオス・エンテュメーシスは偽物だったと聞いて…」
小泉の発表を其のまま受け入れていたノムヒョンが困惑するが、
超指導者は呆れたように眉を撓める。
「日本の妄言を信用すんなニダ。
 本物のお宝がまだあるニダ」
「其れは初耳ですニダ。
 ウリはてっきり、この機に乗じて日本を制圧するだけの予定だったのかと…
 何処からそのような話を?」

「…或る筋でな……
 ……ってゆーか、そもそもオメーが玲佳を超韓から逃がさなければ、
 八姉妹の結晶もウリナラのモンになってたかも知れんだニダ! そーに違いないニダ!
 どうしてくれるニダ、この白丁( ペクチョン)!!」
蟹股歩きで…然し歩幅大きく超スピードで、平伏したノムヒョンの許へ行き、
有無を言わさず其の顔面にヤクザキックを叩き込む超指導者。

「ぶげへっ!?
 …お、お許しを! 超指導者ァアア!!」

「許さんニダ!!」

一旦助走を付けての強烈な超指導者ドロップキックを又もや顔面に食らった超酋長は、
「ぱう!?」とか言って壁際まで吹き飛ばされ、血の泡を吹きつつ白目を剥き気絶してしまった。

適当に超酋長をボコってストレス解消した超指導者は、
親衛隊にノムヒョンを宮殿の外へ捨てて来るよう命じてから玉座に戻り、
今後の秋葉原隔離区を中心とした快進撃と、其れを礎にした日本制圧を夢想し独りほくそ笑む。

「楽しそうだね」
玉座の横に佇み、事の一部始終を無言で見届けていた少女が、此処で初めて口を開く。

「キョッキョ! お前も同じじゃないかニダ? 『闇』。
 お前には感謝しているニダ。これからも良いネタを頼むニダよ。
 そうすればウリが八姉妹の結晶を独占して世界の超指導者となる日も遠くはないニダ」

「私は存在しない闇。あなたの願いをかなえる『魔術』そのもの。
 だけどね、あなたがその願いをかなえることができるなら、私があなたにチカラを貸すの。
 …あなたにはそれだけのチカラがある? 願いが強くてもかなえられなきゃ意味ないでしょ?」

「キョッキョッキョ!! なら心配無用ニダ。
 ウリは全人類を導く事の出来る超絶大器ニダ!」

馬鹿笑いを続ける超指導者を見遣る『闇』の眼には、
ゴールドマサデイが言う様な楽しさなど微塵も浮かんではいない。
ただただ渇き切った其の眼に超指導者が気付く事はなかった。

Re: 秋葉原隔離区 - イスリス

2015/08/12 (Wed) 09:10:10

  ネオス日本共和国、ネオ永田町

 
「ムツゴロウ獣人王国…
 よもや山賊風情が宣戦布告してくるなど」
端末を前にライオンハーティドこと小泉首相が歯軋りする。
ムツゴロウ獣人王国とは、嘗て北海道・中標津で獣人を研究していたムツゴロウ研究所が前身である自称王国…
実際のところは所員が反乱を起こして周辺領土を不法占拠しているだけのテロリストの事だ。
当然、即座に反乱鎮圧の為の部隊が編成されたものの、
最悪のタイミングで大名古屋国大戦が勃発してしまい、有耶無耶になってしまっていた。
そして其のツケが今や戦争という形でもって回って来た訳だ。

《熊本の山本帝国もこれに乗じて宣戦布告を…》

「其れは無視して構わん」

勝手に熊本県の山中で帝国を名乗っているバカと遊んでいる暇など無い。
やってる事こそ獣人王国と同じ山賊だが、
こちらは黙殺出来るような貧弱な組織…と呼ぶのも烏滸がましい程度の集団でしかなく、
現時点では放置しておいたところで何の問題にもならない。
日本皇国が西を収めていた頃こそ猛威を奮っていたものの、
破滅現象の激化を境にすっかり落ちぶれてしまったらしい。
「長引かせて国内をこれ以上乱す訳にはいかん。速攻だな」
何しろ大戦の傷跡が未だ残る最中に破滅現象という泣きっ面に蜂状態だったのだ。
こんな山賊の自称王国ですらも今のネオス日本にとっては大きな脅威となる。
戦力云々ではなく、社会の混乱という点で楽観視はできないのだ。
併し……

《そのムツゴロウ獣人王国ですが…
 先行者から成る機動兵器を配備し始めています。
 其の数、およそ500》

「馬鹿な……高が山賊にそんな兵力があるか!
 何処から支援を受けている?
 転送リングを用いる事も出来ない筈だろ」

八姉妹の遺産でもって確立された転送技術の産物・転送リングといえど、
転送の際には大なり小なりエーテル波がセンサーによって補足される事となる。
東日本には転送リングを多数使用した宙港もある為、エーテル波のセンサーはしっかりと機能している。
こんな大規模な兵団を送るとしたら即座にバレる。
其れを一朝一夕に…しかも周囲に気取られずに送る事は不可能だし、
山賊国家如きが軽々と用意出来るようなものでもない。

《衛星からは中標津港に集結した国籍不明の潜水揚陸艦を多数確認していますが、
 いずれも何処からどのようにして来たかは……
 ……幾ら破滅現象で軍の眼がズタボロになっていたとはいえ…》

「ヴォイドステルス技術か? だとしたら相当結晶技術水準の高い所がバックにいるな。
 ……この様子ではムツゴロウ獣人王国は傀儡か」

《如何に各国が当面の危機を前に結束を強めたように見えても……》

「所詮は相容れぬという事だ。
 (然し……今攻めて来るという事は……隔離区調査を行わせない腹積もりか?
  いや、其れにしては動きが速すぎる。
  隔離区とは無関係……よもやカオス・エンテュメーシスを見抜かれた訳でもあるまいに……?)」
北海道の争乱に頭を抱える小泉に、更なる凶報が齎された。
「総理! 超鮮から……ゴールドマサデイ将軍からの無慈悲なメッセージです!」
「何だと?
 まさか……おい、私に回せ!」
相手は隠す気さえないらしい。
其処までコケにされているという怒り以上に、
実際其れでどうにもならないという自国への失望を感じつつ、
小泉はゴールドマサデイ将軍と直接会話に臨んだ。
「お互い忙しかろう。手短に行こうじゃないか。
 ……一体何の積りだ?」

《江口とかから聞いてないニカ?
 おめーら日帝の蛮行に義憤を燃やしたウリナラが独立国家・秋葉原に助力してやるっちゅーニダ。
 既に無慈悲に人民軍を派兵してるニダ。秋葉原人民を蹂躙せんとする悪虐な自衛隊は即刻撤退するニダ》

「キサマっ…!これは侵略行為だ!
 秋葉原隔離区は我がネオス日本共和国の歴とした国土である!」

《ああンぅ? んなもんどーでもいーニダ。
 大体国境とか意味ねーニダ。そんなモンで分け隔てるから戦争が起こるニダ。
 国境とか無くなれば戦争とか無くなるニダ。おお!ウリまじスゲ天才?》

「たわ言を!侵略者が抜け抜けと妄言を!」

《侵略侵略って、そんなものは政治努力でナントカすべきニダ。
 ナントカ出来ない自分の無能を棚上げすんなボケ。
 ごっこ遊びがしたいならキッザニアでやっとれニダ》

「この……」

《……ってオメーの国の一般人……つか逸般人が言ってるそうニダね。
 あ、一般から逸脱しているって意味ね。逸般人。
 ぷぷぷ……小泉ぃ、おめぇマジで政治家向いてねぇニダ。
 国民に首輪も着けられないで何がライオンハーティドニカ?
 ほれ、ウリとの無慈悲な実力差を思い知るニダ》

画面に映るゴールドマサデイ総書記の前に、屈強な人民兵がずらりと立ち並ぶ。
《お手!》
其の場でコンマ一秒のバラつきも無く同時に総括的且つ革命的且つ無慈悲にお手をする人民兵達。

《お回り!》
其の場でコンマ一秒のバラつきも無く同時に総括的且つ革命的且つ無慈悲に回ってみせる人民兵達。

《よし!》

其の場でコンマ一秒のバラつきも無く同時に総括的且つ革命的且つ無慈悲に排尿を始める人民兵達。

《どや?
 α症候群起こしまくりな、おめぇの愚民共とは比べものにもならんニダ。
 無慈悲な現実突き付けちゃったけど、無慈悲に反省しませーんニダ》

言い返したい言葉の百や二百はあるが、小泉は何も言えない。
戦争アレルギーは既に過去のものだが其れでも、
ネオス日本共和国に於ける特定国家に対する反戦ムードは依然として高く、
国土であるはずの秋葉原隔離区を蹂躙されようが、
遺憾の意を発する以外の手段は未だに取れないかも知れない。
《ま、しょーがねーニダ。
 お前らは日本皇国を取り込んでウリナラと隣になっちまったニダ。
 ウリナラん中じゃ、日本皇国を滅ぼした黒幕はネオス日本だなんつー妄言も出てるくらいニダ。
 そして遂には自衛隊を動かすっつーんだから、こりゃもーウリナラが無慈悲に動くのも仕方ないニダ。
 確たる独立国家・秋葉原を侵略しようとする自衛隊はウリの地球から出て行けニダ!》

Re: 秋葉原隔離区 - イスリス

2015/08/12 (Wed) 09:11:25

  ロシア連邦、中央連邦管区、モスクワ
  クレムリン宮殿

 
大統領の執務用デスクに備え付けられたモニターには、
日本列島の北部『ムツゴロウ獣人王国』が南のネオス日本共和国に攻め入ったという情報が映されており、
モニターを見下すロシア大統領ラスプーチンは、口の端まで裂けたような不気味な笑みを浮かべていた。
其の隣に控えたペットのメドヴェージェフが怯えまくるのも眼中にない様子だ。

「超鮮のバカ共め……手玉だな。これでは我々に気付くものなど居はしまい。
 EUですらも超鮮に注目しているというのだから話にならん。
 中国も最新式の先行者軍団を超鮮に貸し出したりして……
 ……超鮮の負け戦にそんな大きく張って良いのかなぁ? 君らも食われるよ? くっくっく…」

ロシアが行なっているのは、超鮮が傀儡・ムツゴロウ獣人王国へ物資を供給する為のルート確保だ。
一介の協力者に見え、実際のところ彼は戦争の行く末を予想出来ていた。
共倒れという結末を。

「幸先の良い始まりではないか、ラスプーチン大統領閣下よ」
声を聞き、ラスプーチンがデスクから視線を上げて真正面を見据える…
が、其処には何も見えない。一瞬遅れて思い出すとラスプーチンは立ち上がり、
デスクに隠れてしまった其の人陰を見下ろすのであった。
其処にいたのは六反田だ。
広げた扇子で口元を隠しながら上目遣いで大統領を見詰めている。

「くっく、君からの情報も中々有意義に使わせて貰ったよ」
対する六反田は無表情で…併し有無を言わせぬハッキリとした口調で言う。
「では、約束通り」

「ん?…ああ、
 約束通り、君を日本の女帝として最大限支援しようではないか。
 暫くは私の『助言』に耳を貸して貰うがね」

「十分だ。世話になる」

「なぁに…同情出来る話だ。
 西日本のバケモ…あ、いや…六条天皇崩御からの僅かな期間であのSFESに取り入り力を付け、
 皇国再興を果たそうという君の熱い意思は、この極寒の地でも…否、だからこそ一層熱を感じるものとなって私に伝わったのだよ。
 これからも宜しく頼むよ、六条君」

「閣下、六反田と呼んで頂きたい。
 今の妾には六条を名乗る資格などないのでな」

「殊勝な事だ…ああ、解ったよ六反田君。これからも宜しく頼む」

と言いつつ、ラスプーチンの頭の中では、
全てが終わった後、どうやってコイツを始末するかというシミュレーションが行なわれていた。
この愚かな少女の残る使い道は、日本支配を潤滑に進める為の傀儡でしかない。
用済みとなったら余計な手間を掛けさせる前に、この世から消えて貰うのが一番手っ取り早い。
何にせよ…ロシア大統領ラスプーチンにとっては、六反田など取るに足らない捨て駒であった。
「(捨て駒といえば、少し前に日本に送り込んだ駒が麻原を名乗り、
  Ω真理教なる宗教を立ち上げて日本を支配しようとしていたようだが…やはり失敗だったな。
  航宙機のレーザー砲でΩ本部諸共消滅したから死体を確認してはいないが、
  どうせメロンばっか食べてデブったから、機敏に動けず殺られてしまったに違いない。
  ふん、オリジナルとして情けなくなるわ。
  所詮クローンはクローン…オリジナルには遠く及ばないのだろう)」
其処でメドヴェージェフが初めて口を開いた。
「ところで指導者同志。
 オセロット隊長の処遇ですが…」
「ん? 本来なら粛清して然るべきだがなぁ、
 ニコライ派の増援……いや、あれはもうエンパイリアン確定だろう。
 全滅せずに其の情報を持ち帰った事に免じ、命だけは勘弁してやろう。
 つーかオセロットに構ってる暇などもうないぞ。
 我々、人類がエンパイリアンの存在に感付いたとバレたのかも知れん。
 恐らくニコライはエンパイリアンに取り入って私の排除に乗り出すだろう。
 アメリカの情報によれば例の巨大戦艦は姿を消してサンクトペテルブルクから東南に進んだらしく、
 一時はロシアを脱出するのだろうが、遅かれ早かれ私の前に立ち塞がってくる。
 其れまでに奴等に対抗できる切り札を! 奴等と同じ遺産を! 力を!
 この手に、ロシアに!」
「はっ!
 (私もそう考えていたのだがな……
  だが違った。ニコライはラスプーチンなど歯牙にも掛けてはいない。
  何をする気かは解らんが、まずは対抗する為の力が無ければ……)」

Re: 秋葉原隔離区 - イスリス

2015/08/12 (Wed) 09:17:51

  ネオス日本共和国、秋葉原隔離区

 
《……では、纏めて貰ってやろうではないか!》

書多ポピーの携帯端末に映っているのは、
カンドーラと呼ばれるイスラム共栄圏の白衣を纏った青年だった。
本来、P-RANE社の社長が客の一人と直接連絡するなどありえないのだが、今回は客が客だった。
イスラム共栄圏の稼ぎ頭・大企業KCの社長『海馬(バハルヒサーン)』である。
だが、KC社とP-RANE社には何の繋がりもないし、個人的な面識さえもごく最近まで何一つとして無かった。

「毎度毎度。でも解らないものでしゅねぇ……
 まさか、最初見た時はチャッキー人形か何かみたいだった、あの子がねぇ~
 でも其れ以上に海馬しゃんが此処までドハマりしたっていうのが驚きでしゅよ」

《うむ。古代イスラームの法学者もこう仰っていた。
 「美少年にハァハァなんかしないなんぞと寝言ホザく奴は法螺吹き野郎で、
  そいつを信じ得るケースがあるとしたら、そいつがクリーチャーであって人じゃねぇ場合だけだ」
 ……全くの真理だと痛感させられた》

意味不明な会話に興じる変態2名。
全く経緯は見えないが、兎にも角にも海馬の身内が女装を始め、海馬が轟沈し、
そっちの世界に足を踏み入れたところ、沼より手を伸ばしてきた書多ポピーに捕まり、
一緒に沼の奥底まで沈んでいった……という事らしい。

「済みませんねぇ、皆様。
 すぐ終わると思いますから、もう暫く御待ち下さい」

書多ポピーの隣に座っている秘書フォーミィは、
そんな社長には目もくれずに、周囲へと愛想笑いを振りまく。
秋葉原隔離区の男の娘喫茶「ミュークト」の円卓に座す錚々たる面子は、
全員、書多ポピーの友人達だった。

物語を想像しなくては呼吸さえままならぬという悲運の超作家…よるるん。

理不尽不条理解釈不能超展開の超市民…RS。

火星タルシスの人面岩にロボが埋まっている!と言って憚らない超考古学者…ドクトル・シャック。

そして、ついさっき意気投合したというコスプレ中の超仙人…カイト・シルヴィス。

……また、カイトに面識は無いが、
イスリスなる人物も、此処に来る予定だという。

「はいはい、お待たせしましゅた!
 ……でぇさっきの続きでしゅが、
 御二方も早々に『こっちの世界』に飛び込むべきでしよ!
 今日日、男の娘の一つや二つ食わずにやってけないしー」

「とか言われても百合成分がないしー?」

「あー、それもう駆逐しちゃいました」

「許さない、絶対にだ」

現在の秋葉原隔離区の客層は、
P-RANE社によるプッシュもあって7割程がショタもの。
2割が従来美少女もの。他は全部纏めて1割と言う惨憺たるバランスだった。
この惨状の根底には、秋葉原隔離区の財政問題がある。
第三次世界大戦時に魔女国家S-TAから撃ち込まれたアルファベット兵器により、
異形の怪物バイオヲタが発生…国に見捨てられてしまった其の時から、
隔離区内部の社会を維持する為の金策は、この都市の最重要課題となっていた。
P-RANE社の躍進を逸早く見抜き、隔離区での活動を早期から勧めて支援しているのも、
隔離区の主VNF主導による金策の一環だった。

「ボクは此処をP-RANE社の新拠点として、
 全世界に少年愛を伝道していく所存でしゅ!
 もう少数派の変態なんて言わせない……いや、こっちが正統となるんでしゅよ!
 今までの全ての属性は、ショタの傍流と化すのでしゅる!
 ……恭順の意を示すなら今の内でしゅよ?」

世紀末覇王風にリアル化して、宗旨替えを迫るポピー。
友達への対応じゃねぇ。

「構わないんで、古代火星文明調査の資金プリーズ!」

動じず資金提供を呼びかけるドクトル・シャック。

「火星帝国の馬鹿野郎共に干されて、今じゃ掘っ建て小屋暮らしなんですよ?
 ポピーさん金持ってるし、ちょっと融通して貰っちゃおっかなー?……って思ったら、
 地球なんかに行っちゃっててコンタクトに苦労しましたよぉ」

「しょーがないでしゅ。
 折柄のリゼルハンク問題発生でゴタゴタしちゃってねぇ……
 リゼルハンクの株持ってたってだけで火星警察に聴取とか受けて鬱陶しいったらありゃしない。
 ……でも古代火星文明でしゅかぁ~。イマイチ興味が湧かないでし」

「其処を何とか。学生時代に撮った学園祭の女装写真送ってあげたでしょ?」

「んんぅ~? ありゃボクの守備範囲をオーバーしてまし。
 残念でしゅが、その程度じゃあ……」

耳を穿るよーなジェスチャーをして、気乗りしないアピールするポピーに、RSがぼそっと呟く。

「少年型『守護者』が見つかるかも知れませんね」

いきなりポピーの眼の色が変わる。
ちょろい。

「……ほほぅ、少女型『守護者』が見つかっているという話は聞いてましが、
 少年型というのは実在しているんでしかねぇ、ドクトル・シャック?」

「え?
 い……いやぁ、どうかなぁ?」

「VNFしゃんからは、
 デリング大統領への釣針として魔女っ子ショタものを提案されましたが……
 俄然、興味湧いてきたでし。メカ系無表情ショタっ子……いける!
 お……お尻辺りに何かの差込口あるとか良くね?」

すっかり其の気になったポピーが色々妄想を膨らませている。
虚心坦懐……とはいえ、こうもおピンク色な内面を赤裸々にされてもと眉根を顰めるような人間は此処にいない。
ポピーの駄々漏れ脳内妄想の奔流に小動もせず、日常風景と一体化させている。
カイトに至っては寧ろポピーに感応していた。

「(こいつとは他人という気がしねえ)
 其れも良いが、ちと突っ走り過ぎてて大衆が追い付けるもんじゃねぇな。
 尻じゃなくって臍とかはどうだ?
 臍チラから「こっち」に入って来る奴が期待できるだろうよ」

「……やはり、そうでしか。其の卓見!
 キミを此処に連れて来たボクの眼力も捨てたもんじゃないでし」

解る者にしか解らないであろう不敵なニヤリを交し合うポピーとカイト。

 
「……おや、イスリスさんが見えたようですね」

何を受信しての発言かは定かではないが、
RSの呟き直後にミュークトの入り口が開き、
わざとらしい演出としか思えない逆光の中、
一人の人物が両手を腰にやって堂々と入店し……
其の血と脳味噌と歯を周囲にブチ撒けた。

「? ぽへ?」
直ぐ傍を掠めて飛んでったイスリスの眼球(視神経付き)を認識できたのかできなかったのか、
何が起こったのか解らず立ち尽くす書多ポピー。
理解をさせる間など与えないとばかりに、
1秒前までイスリスなる人物であった死骸を蹴倒し、
武装した超鮮人民兵がミュークトへと雪崩れ込んで来るではないか。

「きゃあああ!!」

男の娘喫茶の店員が、目の前の惨状に悲鳴を上げるも。

「うっせーぞチョッパリ」

ほぼ問答無用で射殺された。

「ちょっと勿体無いか?」

「構わん。
 ウリナラの偉大で無慈悲な整形技術を以ってすれば、
 男の娘なんぞ幾らでも生産できる。
 其れより早く同志・笑福停の意に沿わぬ反動分子を排除し、
 秋葉原国内を反ネオス日本で統一させねばならん」

Re: 秋葉原隔離区 - イスリス

2015/09/03 (Thu) 23:43:37

「エーガ様、これは……」

秋葉原隔離区でも一際目立つ40階建て高層ビルの屋上まで登って、周囲を一望する。
彼方此方で上がる火の手と煙。距離が距離だけに悲鳴と血飛沫までは確認できない。
閉じられたままの門の前では一層激しい戦闘が行われている。
門の外で自衛隊を待ち構えていた隔離区の戦士達も、突然の事態に狼狽えるばかり。
そうやって様々な情報を纏めた末に、エーガは時間切れを悟ったのだった。

「……まー解ってた事とはいえなぁ、
 でもネオス日本共和国の自衛隊って、あんなだったっけか?」

ネオス日本共和国の自衛隊による潜入作戦の成功&戦闘開始……にしては妙だ。
隔離区に缶詰となり、自衛隊が攻めて来るという街宣を何度も見る破目になっていた為、
多少のバイアスが掛かっている事は否めないが、
其れでも、今現在、隔離区を襲っている部隊の行動は過激過ぎる。
まるで恨みでも晴らすかのような、前時代的で野蛮な攻撃だ。

「当然、逃げるんだよね?」

「……だな。
 ドゥネイールには悪いが、この混乱に乗じさせて貰いますか」

個人で八姉妹の結晶を集めるのは難しい。
そう考えて八姉妹の結晶を狙う組織セレクタに所属していたエーガだったが、
どうも話が巧くいかない。
それどころか話が大きくなった挙句にとんでもない化物と戦う破目になるわ捕虜になるわ、
遅蒔き乍ら、危険に過ぎるネタと判断し、撤退を決め込むのだった。

「今なら北側が手薄だな。
 自衛隊の連中が隔離区の兵隊を蹴散らして中央に進撃してる。
 北門に陣取ってるのは極少数、門の外にも敵兵無し」

自衛隊の戦車さえ無いというのは少々引っかかったが、
この機を逃すのも馬鹿馬鹿しいと思い、
エーガは重力操作で盗賊団全員を自身諸共、北門側へと牽引していく。

「おい!
 そんな装備で大丈夫か?」

「大丈夫だろ、問題ねぇよ」

あの青銅鎧風のコスプレをしたまま、
エーガ達は中央部の兵達を飛び越えて北門へと向かう。
流石に気付かれて集中砲火を受けるものの、大幅なショートカットに成功。
これ以上は良い的になる為、地上に降りて北門前にて待ち構える兵達を蹴散らし脱出……
……できれば最高だった。


Re: 秋葉原隔離区 - イスリス

2015/09/24 (Thu) 00:03:36

エーガ達の突撃に恐れをなして後退る人民兵達だったが、
其の中に一人、逆に歩みを進めてエーガ達と相対する少女がいた。

「ほぅ、少しは気骨のありそうなチョッパリが来たな」

黒髪を風に靡かせ、纏った北超鮮人民軍軍服の肩に付けた、大きな一つ星の階級章が陽光に輝く。
大胆不敵な秋葉原隔離区攻め総司令官チェ・サンジュ少将が怪しげな構えを取って攻撃態勢に移った。

「もえもえ~」

「あ゛?」

チェ総司令官の両手が、左胸の前でハートマークを形作る。

「きゅん!」

瞬間、其のハートマークより、
道路を覆い尽くさんばかりの桃色破壊光線が放たれた。
銃弾や魔力弾を想定し、即座に回避できるよう心掛けていたエーガだったが、
此処まで広範囲を攻撃する能力者とかち合ってしまったのは不運と言う他無い。
エーガの装備していたコスプレ衣装の青銅鎧は瞬く間に破砕、四散した。

「!!?」

相手は自衛隊などではなく、この国の民に一切の容赦を持たない敵国の兵である事を理解するも、
そのようなものに何の価値も無く、次の瞬間には己の命もまた砕けてしまう事も理解できてしまった。
拙速に過ぎた。
今までずっと隔離区に閉じ込められていた為、
この騒動を千載一遇のチャンスと見て逸り過ぎたのだ。
後悔先に立たず、覆水盆に返らず。
だが……

《……は言っている。死ぬ定めではないと》

Re: 秋葉原隔離区 - イスリス

2015/09/24 (Thu) 08:10:54


 ネオス日本共和国北部、北海道、標津郡。


高層ビルの代わりに蟻塚のような生体建築物が卒塔婆の群れ宜しく乱立する光景は、
見る者にソコトラ島の如き異世界を思わせるかも知れない。
この異様な景観が誕生したのは日本の東西分裂とほぼ同時期。
第三次世界大戦中の日本国が、
獣人の研究施設の一つとして建造したムツゴロウ研究所が其の前身となった自称国家……
ムツゴロウ獣人王国の領土である。


ムツゴロウ獣人王国首都、ムツ王城。


「どうです? 良い所でしょう。
 見た目で受け付け難いかも知れませんが、慣れれば天国ですよ?
 LWOSは『瓢箪』の住宅バージョンだと説明していました」

眼鏡を掛けた温和そうな老人……国王ムツゴロウが自慢して見せる。
『瓢箪』とはLWOS製の怪鳥型フウイヌム(乗用異形)であるキリムの通称だが、
このムツ王城そのものがキリムの一種なのだという。
通常のキリムのように動き回ったりする事は出来ないが、
住人の老廃物・排泄物やゴミなどを選別して食料とし、
ベリオムとは比べものにならない慎ましやかなものながら再生能力も持っている。
LWOSとの繋がりは建国時からあり、
前支配者が大名古屋国を介して活動していた時期からの付き合いだ。

「素晴らしい! 何と革命的なんだ!」

大仰に賞賛しているのは、第二世代と思しき獅子型の獣人だ。
王城の床から瘤状に隆起した形の椅子に腰掛け、ムツゴロウと対話している一団の一人である。
其れは日本皇国滅亡後、消息知れずとなっていた獣人解放戦線の面々だった。

荒廃した日本皇国の復興に尽力し、
理想郷を実現しようと考えた獣人解放戦線司令・尹の狙いは、
最初の一歩から呆気なく崩れ去っていたのだ。
ネオス日本共和国による迅速な支配と、ゲリラを警戒しての徹底的な治安維持に締め出され、
破滅現象の混乱を受けて宛ても無く逃げ回った末に辿り着いたのが此処だった。
国王ムツゴロウは獣人の人権を認め、
日本の中に第二のアステカ首長国連邦……デミヒューマン国家を築こうとしており、
獣人解放戦線に対しても実に友好的且つ協力的だった。
此処なら獣人解放戦線の拠点として申し分ない……というより此処くらいしか居場所が無い。
彼等が、この異形の都市に身を寄せているのは自然な成り行きだった。

「本当に感謝しております国王様」

猫獣人の少女、尹司令が国王ムツゴロウに礼を述べる。

「いえいえ、良いんですよ尹さん。
 けしからんのは東日本の連中ですよ。
 昔に戦争の為に作った獣人を此処まで冷遇するなど……
 獣人を創造したのは西日本であり東日本は無関係だなどという言い逃れでもする積りなのか、
 腹立たしい限りですよ」

大三次世界大戦時に東日本にあった生体研究所で、獣人は生まれた。
戦争用の道具として使用された彼等だが、本来の用途は違ったらしい。
とはいえ其れを知る手立てはもはや無い。
軍事機密化に加えて東西分裂のどさくさに紛れて資料が紛失してしまい、
エーテル先駆三柱と称される天才ごとりん博士を迎え入れて『ごとりん研究所』と改名し、
研究内容の大幅な変更が加わった上、第四次世界大戦の直前に崩壊してしまった。
獣人が本来、どのような目的でもってデザインされたのか……
全ては最初の創造者のみぞ知る。

「でも此処では何の心配も要りませんよ。
 共に東日本と戦いましょう!
 今は『アジアの友』が我々に力を貸してくれていますし、
 後、アイヌモシリから助力の提案がありました」

「アイヌモシリ……ですか」

其の実態は北超鮮の傀儡国家である。
最初の内こそアイヌ民族の自立云々といった名目があったようだが、
現在は構成民族同士で分裂、交戦中……という、
実に厄介な、というかお前ら人の事より自分の心配をしとれという存在であった。

「どちらの皇でしょうか?
 確か、カンイラ皇とサンクリック皇で戦っていたと聞きましたが」

「カンイラ皇ですよ。
 アイヌモシリの動乱は最近収まりました。
 反逆側のサンクリックさんが褥で何やらショックな事があって涙目逃亡したとか」

「……畏れながら、
 ロシアが、このような動乱を見逃すとは思えないのですが」

尹司令が言いたい事はムツゴロウ王も解っていた。
日本分裂に乗じ、無防備都市宣言されていた札幌を武力制圧し、
ヴァストカヤスクとか名付けて自国領としてしまったロシアが、
今回のゴタゴタを、指を咥えて見ているだけのはずがないと。

「ええ、解っていますとも。
 ですが……」

ムツゴロウ王が一転、憤怒の相と化す。

「もうニンゲンは嫌だ。
 あまりにも身勝手、あまりにも独善、醜悪!
 皆さんなら解るでしょう? ニンゲンの社会に従っていても獣人の権利など何一つ得られはしない。
 『力』によってでしか解決できないのです!
 獣人の権利を確立できるのであれば、ニンゲン社会の思惑など知った事ではありません。
 ロシアだろうが超鮮だろうが使えるものは何だって使いますとも!
 傀儡になろうとも今よりはマシです。
 アステカ首長国連邦は、革命に成功したら連邦の一員として庇護するとまで言ってくれています!」

「!?」

洒落にならない。
人類国家の全てを敵に回しているアステカを理想として目指すのみならず、
既に通じているなど……
流石の獣人解放戦線でもぎこちない笑みを返すだけで精一杯だった。
……一人を除いて。

「革命的ッ! 圧倒的革命的ィ!!
 これは日本の獣人史に残る偉大な一歩となる!」

其れこそが先の獅子型獣人……
獣人解放戦線の副司令『モーガン』である。 
前司令ロイエルの息子であり、革命に情熱を注いでいるのは良いのだが、
熱意に実力が追い付いておらず、
結果的に「前司令の子」という点だけを強みとする無能になってしまった。
戦死した前司令ロイエルの求心力を維持すべく、
モーガンを神輿として担ぎ出した事を無言で後悔しているのは、
獣人解放戦線の参謀、兎獣人の長峰だ。
興奮するモーガンをジト目で見遣りつつ、
何とか暴走するムツゴロウ王を止められないかと、言葉を慎重に選んで説得しようとする。

「ですが国王様、
 アステカは、つい最近ルドラサーム神国とさえ絶縁したと聞きます。
 人間社会との断絶は、やや急ぎ過ぎな気もするのですが?」

ルドラサーム神国が推進する自然保護活動という名の侵略行為により、
ALG保護領と呼ばれる自然保護区域は南米をほぼ制圧し、
中南米のアステカ首長国連邦と交流を始めたのだが……
アステカ側はこれを「デミヒューマン=動物=保護対象とする独善的差別」「侵略の下調べ」として拒絶、
ALG保護領=ルドラサーム神国の国際問題担当部署HWFの人員を虐殺した上、
其の様子を生放送、動画サイトにもアップロードして反・人類の意を示した。
人類に味方がいないのだ。
そして現在アメリカ合衆国による攻撃を受けて劣勢……
だが、長峰の問い掛けにムツゴロウ王は再び温和で余裕に満ちた顔を見せた。

「良いんですよ。アステカには『奥の手』があります。
 アメリカでさえ迂闊に手が出せない程のね。
 この戦争で勝てば我々も其の恩恵を受ける事が出来るのです。
 今を逃す手はありません。何としてでも東日本を制圧してアステカの助力を得なければ……!」

Re: 秋葉原隔離区 - イスリス

2016/03/09 (Wed) 17:53:29

  ネオス日本共和国、秋葉原隔離区


「ななな……」

続く言葉がひり出る筈もなし。
転がるイスリスの眼球を軍靴の踵で「ぷちゅり」と踏み潰す人民兵が、
銃口を向けて一同を睥睨している。

「制圧完了」

人民兵達を従えた長髪美形の人民兵が、
部下の報告を聞き満足げに頷く。恐らく隊長だろう。

「良く聞け秋葉原解放区の人民共よ!
 偉大にして聡明なるゴールドマサデイ将軍様が、
 其の慈悲の念で、貴様等の独立を支援して下さるぞ。
 たった今から貴様らは偉大にして尊き慈愛溢るる将軍様に忠誠を誓い、
 悪辣なる圧政者ネオス日本共和国と敵対する革命戦士となったのだ」

「な、なに訳の分かんない事を……」

「主体(チュチェ)っ!」

異論を唱えようとしたのか、単に戸惑って口を突いて出ただけなのか、
オタ客Aが何か言い掛けたが、其れを隊長は許さなかった。
まるで瞬間移動したかのように唐突にオタ客Aの眼前に現れた隊長が、
眼前で硬直している男の両肩を掴んで引き寄せると、
有無を言わせず其の首筋に喰らい付いた。
屠殺される家畜の断末魔とはこういったものなのだろうかと、
身動ぎ一つ出来ずにいたポピーらは呆然とそんな思考を脳裏に過らせる。
やがて声を絞り出し切ったオタ客Aを床へと打ち捨て、
部下に口元をハンカチで拭かせながらほくそ笑む人民軍隊長。
すると……何と言う事でしょう。
暫く痙攣を繰り返したオタ客Aが覚束ぬ足取りで立ち上がり……

「ごごごごごごご……ゴールドマサデイ将軍様マンセーーーーー!!!!」

……支配者への忠義を示す咆哮でもって新生を遂げた。

「革命戦士でないものに用はない。
 見込みのない反動分子は処分し、
 ある者は我等の下僕『レッサー』になって貰う。
 ……何か意見はあるか?」


嘗て朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国と呼ばれていた地域は大きな変化を遂げた。
超韓民国と名を改めた大韓民国によるクローンの大量生産及び大量廃棄に伴う東アジア大混乱……
通称『クローンマゲドン』による騒動で、当時のネオス日本共和国に於ける対韓感情の悪化は、
後に『日本皇国』という極右国家を日本西部で誕生させるに至った。
この皇国が超韓民国を攻撃。結果……超韓民国は北の朝鮮民主主義人民共和国に吸収されてしまった。
北超鮮やら統一超鮮やら「United Korea(通称Un-K)」などとも呼ばれているが、
正式名称をどうするかで内輪揉めを延々と続けて久しいが……
此度の秋葉原隔離区攻めの声明でもって其の名が明らかになった。
『イナズマ帝国』
其れが統一超鮮の新しい名である。
そして今回、長らくヴェールで隠されていた北の兵団も姿を現す事になったのだが……

「きゅ……吸血鬼っ!!?」

……北の主力は人外『吸血鬼』であった。
人外国家アステカ連邦の息は明白と言える。
幾つか、その予兆はあった。
超鮮の人間が、日光を示す日本皇国の旗を見るなり発狂して暴れ回る話は有名だ。
其の度合いは時を経るにつれ悪化し、其の常軌を逸した態度に人々は首を傾げたのだが……
これなら納得というものだろう。

脱兎の如く逃げようとするポピー達だったが、
ポピーを抱えた秘書フォーミィは其のお荷物によって行動が出遅れ、
隊長吸血鬼に退路を阻まれてしまった。
シャックスは既にレッサーヴァンパイアと化したオタによって拘束され、
R.Sは果敢にも人民兵に立ち向かっていって足を捻って捻挫で死亡した。
因みによるるんはイスリスの死体に躓いて額を床に強打……死亡した。

「?……何だこいつら?」

2名程が勝手にしかも意味不明な死に方をした為、訝しむ人民兵。
隙が生まれればと僅かながら期待したフォーミィだったが、
吸血鬼とは、アステカを構成する人外種の中でも上等な類。
間違っても一般人レベルの相手を取り逃がすような事など無い。
……一般人レベルなら。

「……」

フォーミィは抱えていたポピーを床へと降ろすと、
其の紫色の眼を人外達へと向け、決然とした口調で告げる。

「ぽぴゅっち、ちょっと眼を閉じ……!?」

二の句は継げなかった。
いつの間にかフォーミィの前に、あの少年……カイト・シルヴィスがいた。
アニメのコスプレをしたまま人民兵の銃口の前に立つ。
如何に幼い少年といえど其の恐ろしさが理解できない訳はない。
が、フォーミィの予感は告げていた。
どういう力を用いたのかは兎角、カイトの姿は偽りであり、
其の中身は……自分よりも得体の知れない何かであると。

時系列・リゼルハンク崩壊前 - イスリス

2016/01/20 (Wed) 23:17:23

水槽の脳という懐疑主義的思考実験がある。
今体感している世界そのものは単なる夢幻に過ぎず、
我々の正体とは水槽の中に浮かんだ脳味噌のようなものでしかないのでは?
……という現世否定。
余人は無意味な仮定・思考であると一笑に付すだろうが、
試す側にとっては貴重な実験でもあるし、当事者からすれば其れこそ己が全てだ。
其の思考実験の概略図通り、
HC(ヒッポリュタスカーボネイト)技術で劣化防止処理を施された其れは、
シリンダー状のカプセルの中で、決して変わる事の無い虚ろな表情を浮かべていた。
レン・バートンという偽名で組織セレクタに潜入していたSFESスパイことネッパー・ブッドの生首だ。
「……ワシの声が聞こえるか?
 ネッパーよ」

カプセルの前に設置されたマイクに向かって、そう問い掛けたのは、
組織セレクタの研究主任ごとりん博士。

《…………ああ、聞こえるとも》

ごとりん博士の声に、合成音でもって答えたのは、
シリンダーの上部……
生首の高さに合わせられたリング状の思考スキャナーだ。
この機械がネッパーの脳から思考を読み取り、音声出力しているのだ。

「成功じゃ。さぁ、好きな質問をすれば良い。
 こやつは全てを洗い浚いに吐いてくれぞい」

ネッパー本人の意識は、強いて言えば、
夢見心地の中で自問自答……という状態を認識している。
自分に嘘は吐けない。
己の現状を疑うような一切の刺激が存在しない。
催眠術でも同等の事は出来るが、
脳を直接有線で支配下に置く、この手法は、
魔力耐性やらを無視できるのが強みとなる。
相応の手間と、脳味噌を弄るという生理的、倫理的な問題もあるにはあるが、
そんなものを気にするほど細い神経をした人間は此処にいない。

「では早速……
 SFESに於ける貴方の立場は?」
セレクタ創立者ミスターユニバースが問い掛けるも……

《SFES最大戦力レギオン第8小隊所属。
 ……だがSFESなどという矮小に於ける立場などどうでも良い。
 主様……『前支配者』の『直属』として、人間の殻を破った超人として、
 前支配者の復活……そして世界崩壊に全てを注ぐ忠実なる使徒ッ!》

SFESの構成員かと思ったら、
異界の魔王・前支配者の手の者だった。

「……ホラー映画宜しくいきなり襲って来やしませんかね?」

前支配者の直属といえば、人外の怪物だ。
ミスターユニバースが怖気づくも、ごとりん博士は冷静に返す。

「相手はクリスタニウム製シリンダーの中の脳味噌だけじゃ。AMFだって作動しとる。
 無駄な心配なんぞしとらんで、さっさと必要な情報を引き出すんじゃ。
 既に死んだこやつを傀儡として蘇らせているだけであって、
 マトモに話を出来るのは6日が限度だぞ」

HC処理によって、生体機能を保ったまま恒久的に保存される状態にあるネッパーだが、
決して、首だけで生き永らえられる訳ではない。
脳そのものの破損が少ない内にHC処理して仮死状態にしたのであって、
記憶を読み取る為に脳のHC処理を解く度に、脳は死へのカウントダウンを始める。

「…ふぅむ。
 あーあー…直属のネッパーさん、質問にお答え下さい。
 前支配者とは何なんですか?」
《神々無き世界の真なる支配者。
 自分を直属として下さった唯一の主。
 偽り無き幸福に満ちたる新世界の造物主。
 三千世界に比肩し得るもの無き絶対者。
 光輝燦たる永遠の……》

「これ、飛ばせない?」

ペラペラと賛辞を並べて、前支配者への傾倒振りを示すネッパー脳。
だがユニバース達はそんな美辞麗句を聞きたくて、こんな尋問などしていない。

「だから必要な情報のみに質問を絞れ」

ごとりん博士が端末を操作すると、ネッパーが押し黙る。
傀儡の傀儡たる由縁は型から外れない言動だとするならば、
其れは正に傀儡と言えた。

「……前支配者とはどのような経緯で誕生しました?」

《『四凶』の一として、
 神々の起こした戦争の駒として主達は創造されたんだ。
 だが神々は隠れ、前支配者は正当なる火星の支配者となった。
 いや、火星のみに留まらない。
 嘗て神々が治めた所は今や全てが前支配者の領土なんだよ》

「はっはっは、こうハッキリと神々って聞くと、こりゃ胡散臭さ大爆発ですねぇ」

とはいえ、セレクタ最初期に接触して来て情報と戦力を提供した謎の男マクシマス・ミリアンから、
前支配者が人類誕生以前の生命である事、
前支配者と戦い封印した『旧キ者』なる存在の情報は既に得ていた。
マクシマスの情報を正しいものと仮定するなら、
恐らく『旧キ者』とは、前支配者を倒して勝利を収めた側の『神々』の事なのだろう。

「其の神々というのは、古代火星人を示すものですか?」

《古代火星人だと?
 あんな蟻共に前支配者が創造されたなんて、
 口にするのも憚られる冒涜だ》

「では神々とは一体何です?」

《前支配者は其れらを神々と呼んでいた。
 創造主ではあるが既に隠れたものと言う。
 光と闇に分かれた神々が戦争を行っていたが、
 結局は双方が世界から姿を消したと言う》

やはり『旧キ者』=神々で間違いなさそうだ。
マクシマスも『旧キ者』は前支配者を封印して『眠りについた』と話していた。
前支配者がいう『隠れた』が同じ意味を持つなら……
「どんな連中だかは知りませんが、
 厄介なモンを造ってくれたもんですし、
 今更ながら復活してくる事態も想定しなきゃいけませんかね」

「では…四凶とは何じゃ?」

《闇なる神々が創りし、4つの駒。
 『数多の混沌』……現在に於いて超獣と呼ばれるもの。
 『霊威の窮奇』……嘗ての前支配者の呼び名。
 『貪る饕餮』………竜骨鬼と名乗りし者。
 『永劫なる橈骨』…封印された黒き従者。
 ……感じられるかい? この不和を!
 現世に至るまで続く不和を!》

Re: 時系列・ネークェリーハ捕縛作戦直前 - イスリス

2016/02/05 (Fri) 07:46:34

セレクタ研究室……
シリンダーの中にはカーボネイト処理されて石のようになったネッパーの生首があるが、
もう以前のように情報を抜き出したりは出来ない。
脳が死んでしまった為、後は魔力や肉体を研究に利用されるだけだ。
前支配者の直属とはいえ、こうなってはもう見るものも無いのだが、
研究室の隅に追いやられた其れは、
ネークェリーハ捕縛作戦の直前に再びスポットライトを浴びる事となった。

「……これが前支配者の直属……ですか?
 人間の生首にしか見えませんけれど」

ネッパーの遺骸に光を当てた張本人が呟く。
纏っているのはドイツ陸軍特殊幼年学校の制服である半ズボンの軍服。
服装通り、彼女……カタリナ・シュミットは年端もいかない少女なのだが、
其れでも生首を前にして無様に取り乱したり顔色を変える事も無い。
改造人間ではないとはいえ、ドイツ軍人として遺伝子レベルの選定を受け、
ドイツ結晶能力機関である祖国遺産協会(アーネンエルベ)で育てられたエリート中のエリート。
高々、この程度で狼狽えては純正アーリア人の名折れという訳だ。

「前支配者の直属ってのは、
 前支配者から力を授かった下僕でしてな。
 元人間というのも結構多いんですわ。
 この、ネッパー・ブッドなんかは元々SFESの人間でしたが、
 前支配者のヘルル・アデゥスという奴の甘言に乗って直属となったそうです」

セレクタ創立者ミスターユニバースが説明する。
いつも通りの軽薄かつ胡散臭い調子ではあるが、
ゴーグルの奥で細められた眼は、彼の苦渋を物語っている。

こんな予定はそもそも無かった。だが必然とも言えた。
腹の内を明かさぬままSFESと前支配者の追及に感け過ぎ、
支援者であるドイツが、とうとう痺れを切らせ強硬な態度に出始めたのだ。
セレクタに派遣された監視員カタリナ・シュミット……
彼女を懐柔しようとセレクタ側も様々な手を打ってはいたが、
この堅物少女は誘惑の全てをけんもほろろに拒み、ドイツ本国へと報告を続け、
遂には直々に「これまで入手した破滅現情報の提示」を要求して来た。

「(口尚乳臭あり。適当にダラダラしときゃ良いものを……)」

カタリナ……というかドイツは、
セレクタがSFES総裁ネークェリーハの捕縛ないし排除で満足し、
以後ドイツにマトモな協力をしなくなるのではないかと危惧していた。
これまで破滅現象対策を蔑ろにしてSFES&前支配者の追及ばかりやってきたのだから、
其のセレクタ評は概ね間違っていない。

「甘言……ですか?
 一体、どんな条件を出されたら、
 世界を崩壊させる尖兵になどなれるのやら」

「何でも、前支配者共は、
 世界崩壊後に新世界を創造するそうです。
 んで、直属には相応の地位を約束するとか」

「現世否定の宗教ですか? 思ったよりも俗っぽいですね。
 ……其れを実際にやりかねない力があるというのが何とも……」

単なるビッグマウスならどれだけ良かった事か。
この前支配者と言う化物は実際に世界を滅ぼしかねない程の力なのだ。
そんなものを匿っているSFESは狂気の沙汰に違いないが、
曲がりなりにも暴走させずに置いていたのもまたSFES。

「さて、準備は出来たぞ。
 そろそろ良いか?」

録画装置を弄っていたガウィーの言葉に、カタリナは「どうぞ」とだけ返す。
この部屋で録画されたネッパー尋問の様子を再生し、
破滅現象に関する情報を得ようというのだ。

まずネッパーの立場、ネッパーが前支配者の直属であるという事、
前支配者の誕生……神々の戦争と四凶なる前支配者と同等の超存在達についての情報が示される。
マクシマスの情報はカタリナも聞いている為、其れほどショックは受けなかったものの、
異界の魔王・前支配者の上に君臨する超存在が、前支配者の直属の口から語られた事実は軽くない。
そして映像は其の先、破滅現象への聴取に移る。

《ネッパーさん、破滅現象ってのは何です? どうやって起こしたんです?》
《前支配者『ゼムセイレス』様の御力『破壊能力』のほんの一部。
 極小にまで分割したゼムセイレス様の精神分体を、
 我々が活動地域に撒き、前支配者の意思一つで破滅させられる空間を多数設置した。
 そして同じく前支配者『アウェルヌス』様が其の融合能力で、
 人間共の航宙機101便のレーザー砲とゼムセイレス様の御力とを融合させた。
 レーザー砲に込められたゼムセイレス様の御力が地球深くにまで達したと同時に、地球の環境そのものと融合。
 大地や大気にゼムセイレス様の破壊能力を含ませ、地球そのものを破滅させられるよう計画したのだ》
《……ゼムセイレス……》
《地球を……か。これまたスケールの大きい奴が出て来たな》
《……で、どうやったら破滅現象を止められるんじゃ?》
《止められるも何も、ゼムセイレス様を含めた前支配者が全員SFESによって封印された今、
 前支配者の意思も途絶え、破滅現象は自ずと沈静化してしまうだろう。
 だがSFESには前支配者に与する『ライズ』という男がいる。
 奴は同志である直属・藤原と、サリシェラとかいう小娘を使って、
 前支配者が封印されたカプセルを奪取し、我等に献上すると約束した。
 くく……前支配者復活の日は近い。
 そうなれば最早、何者にも破滅現象による地球崩壊は防げまい……》
《は? ライズがぁ?》
《……ワシの私見じゃが、100%ホラじゃな。
 ライズめ、恐らく前支配者を封印された直属達が暴走せんよう、
 言い包めておったんじゃろう》

「破滅現象は自ずと沈静化……
 ほほぅ……成程、成程」

カタリナが喜色を露わにする。

「……言っておくが、客観的な情報は得られんぞ。
 このネッパーが素直に喋ればひり出てくるであろう情報に過ぎん事を忘れるな」

ごとりん博士が一応、釘を刺すも、
傍から見ても苦しい言い分である事は変わらない。

「ですが前支配者直属の言葉です。
 信憑性は高いのでは?」

そう。デルキュリオス発、『青』経由の「前支配者の封印」情報だが、
後に『青』とエドワードによりSFESのアヤコ・シマダからも肯定され、
そしてネッパーという前支配者側の人間からまで裏が取れてしまったのだ。
もう確実としか言いようがない。
そして其処に付随した「破滅現象沈静化」の情報こそドイツが求めていたもの……
この情報を得たドイツが、今後もセレクタに便宜を図るとは到底考えられない。

「(まずったかぁ?
  ……まぁ頃合いかも知れませんがね)」

セレクタとしても、ドイツという協力者の喪失は惜しい。
だが敵……SFESは謎の崩壊、前支配者は封印状態。
真正面からやり合う予定だったというのに、勝手に敵が酷く弱体化してしまった。
火星帝国との繋がりも強まったし、此処でドイツが抜けても別段問題ないかも知れない。
だからユニバースも、次にネッパーが口にする情報についても止めなかった。

《…いや、地球崩壊を防ぎ得る輩がまだいたな。
 可能性があるとすれば『四聖』だろう》
《「『四聖』?
 まぁ……想像はつくな。
 『四凶』と戦った側の切り札か?》
《そう。『四聖』は光なる神々の創造物。
 だが『四凶』による汚染を受け瓦解した上、『玄武』『朱雀』の2体は『神域』へと去った。
 この世に残ったのは『青龍』『白虎』だが、
 『監視する白虎』以外は特に気に掛ける程でもないだろう》

神代の怪物の使徒より齎される神代の情報。
其れを理解するには彼等はあまりにも無知過ぎた。
何百万年以上も前の……恐らく火星の……歴史など知る者さえ居ない。
結局、この人外の話を鵜呑みにする他無く、
真の無知には選択肢一つ与えられはしないのだった。

「……これはムーヴァイツレン閣下に急いで報告しなくてはなりませんね。
 有難う御座います、セレクタの皆様。
 ホントにこの人達、地球救う気あるのかなーとか、
 心の中で詐欺師だのイカサマ野郎だの罵っていたりしましたが、
 感動しました。まさか本当に有益な情報を持って来れたとは……」

何か感涙を滂沱の如く流さんばかりの勢いで感じ入っているカタリナに、
ミスターユニバースが朗らかな笑みを浮かべつつ言った。

「はっはっは、張っ倒して良いですか?」

今後、ドイツはセレクタから離れて破滅現象の現地調査に重きを置くだろう。
もしかしたら『四聖』なる遺物の調査をセレクタに依頼する事もあるかも知れないが、
正直、望みは薄いだろう。
ネークェリーハ捕縛作戦の参加も見送るかも知れない。
前支配者の直属から情報を得た彼等からすれば、
最早、SFESの後処理になど興味ないに違いない。

Re: 時系列・リゼルハンク崩壊前 - イスリス

2016/02/19 (Fri) 09:02:44

ネークェリーハ捕縛作戦後

火星、アテネ、デジタルバタス本社ビル

 
暗闇に包まれた廊下を進む彼等の井出達は、
火星帝国立ロボット技術研究所で採用されていた、魔導災害にも耐え得る結晶防護服であり、
全身をすっぽりと覆う其れの為に体型も、男女であるかも傍目からは見極められない。
だが其れでも、やがて辿り着いた扉を前に彼等が表した動揺は隠せないでいた。

「まさか、いや……やはりというべきか」

「防護服……大丈夫だろうな?」

扉の向こうから漏れ出す気配に、
呼吸を落ち着け、懐の武器を再確認する。
防護服を着たままでも使える特製の大型拳銃……
バーニングホイールでも一撃で殺してしまえそうな程の得物だが、
全幅の信頼を寄せるには至らない。
この先の部屋にいる以上、相手は『流れ』に関わる手練れ。
つい最近、『絶対勝てる』と思っていた戦いに臨んで『流れ』の最先端に衝突し、
手塩に掛けて育て上げた組織を捨てて逃げ出さざるを得なかった彼等にとっては、
こんな拳銃で安心など出来る筈もない。
だが、今まさに突入しようとした彼等の緊張を嘲笑うかの如く、
先んじて扉は開け放たれた。
張り詰めた緊張の糸が切れると同時に、
危うく発砲しそうになる己が指を何とか抑え込む彼等を前に、
部屋から出て来た男は、あっけらかんと言ってみせた。

「んちゃーす、遅かったな」

ハーティス・ポルフィレニス博士。
組織SFESからセレクタに移籍したマッドサイエンティストであり、
生体兵器D-キメラの亜種『DNGナンバー』の創造主だ。

「安心しろって。
 俺様はまだセレクタから抜けた訳じゃあない。
 んで、部屋のAMFは既に作動済みだ。トルの監視には引っかからない。
 そんなゴツいモン脱いで、さっさっと入って来いよ」

Uターンして部屋へと戻る博士の背中を暫く無言で眺めていた一同だが、
こうして呆然としていても仕様が無い。
最低限の警戒は其のままに、結晶防護服を脱ぎ去る。

原初の能力者、セレクタ創立者…ミスターユニバース。
原初の能力者、セレクタ技術開発部長…ごとりん。
原初の能力者、セレクタ情報管理参謀…ガウィー。
そして、ごとりん博士の助手であるフルーツレイドだ。

だが、この4人の肩書も今や無意味なもの。
組織セレクタはマーズ・グラウンドゼロによって壊滅。
ミスターユニバースの『能力無効化』によって何とか結界を破って脱出に成功した彼等は、
長年、手塩に掛けて育て上げた組織を見捨てたのだ。
人は成長と共に幼い頃の夢想を捨てなければならない。
未来の為に重荷を捨てなければならない。
彼等にとってセレクタは大事な手足ではあったが、
マーズグラウンド・ゼロの際には、
セレクタと自分の命とを秤に乗せなくてはならなくなった。
ユニバースにしてみても、自分の組織を端から捨てる気などなく、
脱出経路の確保さえ済めば、組織の者達も一緒に……などと考えてはいた。
併し、ユニバースが大結界に穴を作った時には、
結界内でセレクタを含むネークェリーハ捕縛部隊は最期の時を迎えていた。
結界の上方に広がった魔力の太陽が落ちてきた其の光景……
ユニバースもごとりんも、セレクタの壊滅を確信して脱出し、
地を揺るがす轟音と結界の破砕、押し寄せる爆風を何とか耐え凌いで、
元の場所を見遣れば、其処には巨大なクレーターしか残されていなかった。
結界内にいた細川小桃は転送魔法持ちだが、
あれだけの人数を救えたとは思えないし、何より結界で転送も阻まれる。
しかも、あのクレーターだ。
大結界まで破壊してしまう程の爆発に巻き込まれては、
生存の可能性を思考するのも馬鹿らしい。
……ただ、ごとりん博士だけが気付いて行えた思考もある。
あの怪獣が掲げた魔力の塊は確かに凄まじかった。
併し、大結界まで破壊する程には見えなかった。
リゼルハンク崩壊と同様、得体の知れない力がまたしても働いていた。
何はともあれ、ユニバース達はセレクタを失った。捨てた。
だから彼等は得るものがあった。
其れは『新しい力』。
大結界を脱出した際、ミスターユニバースに同行していたのは、
ごとりん博士、ガウィー、フルーツレイド、
そしてデュスコ・ステュパル将軍と火星帝国高級将校に護衛された……シュタインドルフ皇太子。
全てが終わった時に、巨大クレーターを眺めながらシュタインドルフが浮かべた笑み。
『新しい流れ』の誕生であった。

 
部屋の中は、以前にセレクタが使用していた研究機材が山と積まれていた。
リゼルハンク崩壊の混乱に乗じて、リゼルハンク跡地の傍にヤサが欲しかったセレクタは、
このデジタルバタス社ビルをアジトにして機材も持ち込んだのだが、
本格的に使う前に、D-キメラ・ナナシ捜索の一件やらクロノ・ファグル少年の一件やらが起こり、
更には元総裁ネークェリーハ捕縛作戦が行われてしまった為、
結局、大して使われもしないまま放置されていた。
しかし此処には決して無視できない重要物が転がっていた。
ハーティス博士の相方であるキメラ少年マジルナや、
助手としてセレクタがつけたティルシェルチェの姿は見当たらない。
だが、この破天荒さの中にも冷静冷徹な一面を見せる男が、丸腰で動くとは考えにくい。
何処かに潜ませている可能性も考慮し、強張った顔で周囲を警戒するユニバース達だが、
ハーティス博士はというと、其のおっかなびっくりとした態度をゲラゲラ笑いながら、
元セレクタ幹部を落ち着ける為か、先ず己が目的を明かす。

「隠してもしょーがねーから先に言っとく。
 俺様のターゲットは……こいつだ」

そう言ってハーティス博士が指さしたのは、
比較的、最近のものと解る綺麗なクリスタニウム製シリンダーだ。
ガラスのように透き通った其の中には、
リスタコス結晶液に浸された羽虫が、細かい気泡に包まれながら浮かんでいた。

「もう9割方再生してやがる。
 確かエレオス……だっけか?」

ハーティス博士の問い掛けに、ユニバースは微妙に間をあけて返答する。

「……ええ、クロノ君の説明では、
 其の羽虫こそが『黒き奴隷』サーヴァントの分体だそうです」

ユニバース達も『これ』を確保すべく戻って来た。
SFESは崩壊し、前支配者は封印され、
手掛かりとしていたネークェリーハさえも何処かへと消え去った。
捕縛作戦の唯一にして最大の成果は、トリアが齎した情報……
古代火星文明期から続くエンパイリアンとトル・フュールの因縁だ。
其れこそがSFESの原点である事は解った。
だが前支配者についての情報は未だに少なく、トルについては何が何やら。
サーヴァント・デルキュリオスから齎された情報も、
『サーヴァント=前支配者から生まれたもの』という火星神話の裏付けのみで、
活動中である『憑依するサーヴァント』については知らないという有様だ。
このエレオスだった羽虫が、残された唯一の手掛かり……

「……」

……ではない。
トリア。
あの少女こそが最大の情報源だった。
寧ろSFES及び前支配者の追及を本当に行うのであれば、
トリアの勧誘に乗るというのも一つの手だったのだ。
巧くすればSFESの持っていた全ての情報を手中に収められたかも知れない。
話に乗る振りをして情報を抜くだけ抜いてから始末すれば……というのも甘い考えだった。
あの時には反SFES・前支配者組織セレクタの身内やらがいた手前、
強硬な態度を示さなくてはならなかった。
さもなくばトリアを迎え入れるよりも早く、先走った莫迦に殺されかねない。
何しろリゼルハンク崩壊で拳の降り下ろし先に困る程パンパンに『溜まった』連中揃い。
特にレシルやライーダ辺りなど、いつ暴走してもおかしくはない。
其れでもトリアが辛抱強く交渉を行えば何とかなったかも知れないが、
トリアはあっさりと……本当に軽い調子で1500人の皆殺しを選択。
結果がアレだ。
到底、価値観を共有出来る相手ではない。
ほんの一時でも共にいられない程の嫌悪感。異種族。異物。
とどの詰まり、ユニバースがトリアに対して予感した不の感情は全て当たっていた。
……八姉妹オルトノア……その予感も或いは。
併し、ユニバースには其れ以上にトリアとの会話を遮らねばならない理由があった。
『セレクタとは新しいSFESである』
これはトリアのセレクタ評ではあるが、
セレクタ創立者であるユニバースからしても強ち間違った解釈ではなかったのだ。
だが其れを構成員達の前で大っぴらに語られては……困る。
SFESへの復讐。前支配者の復讐。
そんなものはセレクタに人間を集める為の方便に過ぎない。
ミスターユニバースが組織セレクタに求めていた役目……其れは、
SFESの持つ古代遺産の奪取。
其処を疑う身内が出てこない内にトリアを黙らせなければならなかったのだが……
セレクタ崩壊が其の代償とするならば高い買い物だったと言わざるを得ない。

「(……
  まぁ、今は取り敢えず、この羽虫ですな)」

ハーティス博士が羽虫(エレオス)を確保しに来た理由は……正直、把握出来ていない。
だが、マーズ・グラウンドゼロが齎した情報がトリガーとなっている事は間違いないだろう。
何しろ互いにトルによる監視の対策を念頭に置いているのだ。
あの一件で巨大な情報の『濁流』を受け、
これまでの『流れ』は悉く『染まって』しまった。
たとえ最善と思える行動であろうと、其れが他者の意図によって引き起こされたのならば悪手も同然。
もう旧セレクタが用意してきた手札の幾つが有効なのかも解らないような状況で、
属する『流れ』の性質が不明なハーティス博士は用心に値した。

「D-キメラに関しちゃ碩学を誇る俺様だったが、
 流石にサーヴァントとかいう連中についちゃ赤子の如くだ。
 よちよち歩きから始めるのも面倒臭ぇーし、此処は負んぶに抱っこしたい訳よ。
 D-キメラの核…『幾多の混沌』超獣、
 高津式D-キメラの素体…『貪る饕餮』、
 ……とくればD-キメラに残りの『四凶』が絡んでいると見るのは自然だろう?」

D-キメラの核として使用されている素材『超獣の核』については、
高津博士、ルクレツィア女史の『高津式』も、ハーティス博士の『ハーティス式』も変わりない。
核の質や使い方に違いがあるというが、其の辺りはユニバースの知った事ではなかった。
だが……高津式D-キメラにはハーティス式にはない、もう一つの素材があった。
其れが『貪る饕餮』……『四凶』の一。
SFES内部に於いて『竜骨鬼』と呼ばれていた存在だ。
全ての高津式D-キメラの大本。
この竜骨鬼を複製して生み出した劣化コピーの素体に、超獣の核を移植したものこそが高津式。
『四凶』の内、2つを使用して生み出されたという超人である。

「サーヴァントが使われているかもって事か?
 ハーティス博士にしては思考の飛躍が過ぎるぜ」

「へっへーん。
 常識とファッションセンスは人後に落ちる俺様だが、D-キメラの情報に関しちゃ貪欲でな。
 SFESの『プロジェクト・キメラ』についてちょっと……ほんのちょーーーーーっとイケナイ事してたのだよ」

要は機密情報を抜いたのだろう。
どういう手段を使ったか……現状、問うのは無粋に違いない。

「そもそもキメラ計画はSFESであまり重要視されてなかった。
 超獣の核にせよ、竜骨鬼にせよ、制御に難があり過ぎる。
 どんだけ強くてもJK-112の例の如く暴走を許す可能性がある以上は商品化出来ない。
 だがSFESの幹部ライズがどういう訳か、このキメラ計画をヨイショし始めた。
 組織の中でも発言力の高い奴だ。
 そいつが絡んでからD-キメラという新型が売り出された。
 『セイフォート由来の肉体、前支配者由来の精神』とか抜かしてな。
 前者の肉体ってのはアレだ。四凶に連なる超獣や竜骨鬼の肉体と言えなくもないって感じだな。詐欺臭ぇが。
 問題は後者の精神だ。
 俺様はD-キメラの肉体に関しちゃ色々調べたり研究したりしたが……
 精神についちゃ全く考えてナイ。つか盲点」

「詰まり、高津式D-キメラってのは、
 四凶の内2つを使った肉体に加えて、
 前支配者や『憑依するサーヴァント』辺りが精神に使われてるかも……と?」

自然な発想……なのかも知れない。
併し、其れではSFESは『四凶』の半分以上をとっくに手中に収め、
四凶を融合させたような『新種』の製造に着手しており、
其れこそがD-キメラ……詰まりアルベルト・ジーンや紅葉であるという事になる……のだろうか?
だが、此処でガウィーが至った結論はまた違った。

「いや、ハーティス博士よ。
 アンタが言ってるのは『精神領域接続用』の事か」

「……ほう、其処のグラサン。
 お前もSFESから情報を盗んだクチか。やりおる」

アカシックレコードコピーSFES仕様。
凄腕のハッカーHNグラッドことジードと共に、
ガウィーがネークェリーハ・ネルガルのアカウントでSFESのデータバンクに侵入した結果、其の情報が得られた。
SFESはアカシックレコードなるものに接続し、何かをダウンロードしているのだという。
そして其のダウンロードにも専用に特化したD-キメラが使用されている。
SFESがダウンロードして蓄積させた其れこそが、アカシックレコードコピーSFES仕様という訳だ。
そして接続には『精神領域接続用D-キメラ』が必要とされる。

「前支配者に由来する精神……ですか。
 SFESが前支配者を受け入れていた理由が、
 前支配者を研究する事で精神領域接続用のD-キメラを生み出す事にあったと見るなら、
 ……彼等を封印したのは、もう『用済み』になったからなのかも知れませんね」

フルーツレイドが述べた推論は、
その後のSFES内部に於ける前支配者の扱いを考えれば妥当なところかも知れない。
異界の魔王・前支配者……
SFESが行っていたのは異界の研究なのだろうか。
そもそも異界とは何なのか。
地球、火星や宇宙などとは別の舞台が、古代火星文明の時代から存在して、
SFESは其の舞台に上がろうとしている?
そんな、ごとりん博士の取り止めのない思考は、
ハーティス博士の問い掛けで遮られる。

「キメラは兎も角、精神領域接続用はトップシークレット中のトップシークレットだ。
 良く外部の人間が其処まで至ったというべきか、SFESのガードが甘かったというべきか。
 ……もしかして、お前ら、
 前に脱走した精神領域用キメラの試作品とか捕獲とかしてね?
 してたたら是非とも俺様の検体にして欲しーんだがなぁー? どーよ?
 高津型のジップロックって名前の女キメラなんだけど」

「知りませんなぁ。
 …………いや、待て」

其の聞き覚えの無い名前に、何か引っ掛かるところを感じ、
ミスターユニバースは過去の記憶を手繰り寄せる。
聞き覚えは無いが、見覚えならあった。
Dキメラ紅葉が以前、セレクタに出した協力条件である『ナナシ捜索』の一件で、
ハイシンカだかハンシンカだかいうヤツを調べた時に、
何やらそんな名前に触れたような……


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